八犬伝 鮮やかな変身 2006.8.31 W160

13日と24日、歌舞伎座第三部を見てきました。

主な配役
犬山道節
網干左母二郎
三津五郎
犬塚信乃 染五郎
犬川壮助 高麗蔵
犬坂毛野 福助
犬田小文吾 弥十郎
犬江親兵衛
安西景連の亡霊
松也
犬飼現八 信二郎
浜路
犬村角太郎
孝太郎
蟇六 源左衛門
代官・簸上宮六
馬加大記
亀蔵
伏姫
山下定包
扇雀

「南総里見八犬伝」のあらすじ
発端
房州富山山麓
同庵室
安房の国滝田城城主・里見義実は安西景連にせめ滅ぼされそうになり、飼い犬の八房に「もし景連の首をとってきたら娘の伏姫を与える」と約束する。ところが八房は本当に景連の首を取ってきて、里見方は戦に勝利する。

義実は八房との約束を戯言だとごまかそうとするが、伏姫は八房との約束を守り八房と共に富山(とみさん)へ入っていく。そこで義実は人々が富山へ入山することを禁止する。その後義実は山下定包(さだかね)に滅ぼされてしまう。―

それから三年がたち、ここは伏姫の住む庵室。八房が外に寝ていると安西景連の亡霊が現れ「山下定包をあやつって里見一族を滅ぼしたが、里見家の生き残りである伏姫にも苦悩を味わわせ恨みをはらす」と言って消える。

景連の怨念にあやつられた八房は伏姫に襲い掛かるが、姫が水晶の数珠を突きつけると正気に戻る。その数珠は州崎の明神から賜った品で、8つの大玉には「仁義礼智忠信孝俤」の文字が浮かび上がる不思議な数珠だった。

自分の姿が犬となって川面に映るのを見て驚く伏姫の前に、州崎明神の使い・仙女天香が現れ、犬の姿と映ったのは、伏姫が八房の子を身ごもった顕れで、それは八人の男子で、成長した暁には里見家再興を成し遂げる勇者たちであると告げる。

それを聞いた伏姫は犬の子をみごもったことを恥じ、八房を殺し、自分も川へ身をなげようと決心するが、里見家の家臣・金碗大輔が八房を狙って撃った鉄砲に倒れる。伏姫は大輔に州崎明神のお告げを伝え、八人の勇士を捜すよう頼んで、懐剣で我が身を刺す。すると八つの数珠の玉が中空に浮かびあがり散っていく。

序幕
大塚村庄屋蟇六内
同表座敷
ところはかわって大塚村の庄屋・蟇六の家。このうちの養女・浜路と代官の簸上宮六(ひがみきゅうろく)との祝言がきまって、近所の者が祝いに訪れている。だが当の浜路は蟇六の甥・犬塚信乃に思い焦がれている。

信乃は里見家旧臣の息子で、亡き父から預かった名刀・村雨丸を滸我成氏(こがなりうじ)に献上し、里見家再興を図ろうと思っていた。そのため今夜旅立つ信乃は、別れを悲しむ浜路を懸命になだめる。

この家の下男・額蔵は実は里見家にゆかりの犬川壮助という武士。信乃が「孝」の字の玉を持つのと同じく壮助は「義」の玉を持ち、身体に牡丹型の痣があることを知った二人は義兄弟の契りを結んでいる。

信乃が風呂へ入っている隙に、蟇六が忍んできて、かねて横取りしようと企んでいた村雨丸と自分の刀の刀身を取り替える。ところがその様子を外から見ていたものがいた。宮六と浜路の縁談の仲立ちをした浪人・左母二郎である。

左母二郎は「宮六が五百両の持参金を約束したのでなんとしても浜路を説得するように」と蟇六に言う。蟇六が部屋から出て行くと、左母二郎は蟇六がすり替えた村雨丸を自分の刀と取り替える。

刀をすり替えられたとは露知らない信乃は、ひきとめる浜路をふりきって出発する。嘆き悲しみ自害しようとする浜路を、左母二郎は信乃とともに行ける様に説得してやろうとだまして連れ出す。

その後へやってきた代官・宮六は花嫁の浜路が姿を消したと知り立腹する。蟇六はなんとか勘弁してもらおうと、さきほどすりかえた村雨丸を浜路が帰るまで宮六に預けようと申し出る。しかしそれも偽物とわかり、激怒した宮六は蟇六夫婦を殺害する。

二幕目
円塚山
駕篭で浜路を連れ出した左母二郎は、寂寞道人という修験者が火の中へ飛び込んで人々の願いを叶える行で評判の祭壇の前を通りかかる。すでに陽もくれ、あたりに人影もない。

左母二郎は駕篭かきに暇をやり、悪人の本性をむきだしに浜路を手篭めにしようとする。左母二郎の持つ刀がすりかえられた村雨丸だと聞いた浜路は、隙をみて左母二郎に切りかかるが、逆に左母二郎に切られてしまう。

左母二郎が浜路に止めをさそうとすると、祭壇の火が突然燃え上がり中から寂寞道人が現れ、左母二郎を切り捨てる。寂寞道人、実は里見家家臣・犬山道節。しかも浜路は道節の妹だったのだ。浜路は兄道節に「村雨丸を信乃へ届けてほしい」と頼んで息絶える。

三幕目
滸我成氏館
芳流閣
行徳入江
庚申塚刑場
ここは滸我成氏の館。重臣馬加大記(まくわりだいき)などが居並ぶなか、信乃は成氏に目通りを許されるが、村雨丸がすりかえられたことを話すと、成氏の命を狙う者だときめつけられ捕らえられそうになる。信乃は戦いながら芳流閣の屋根の上へと逃げる。信乃にかなうものがいないので、犬飼現八が呼び寄せられる。

信乃と現八は死力を尽くして戦い組み合ったまま、芳流閣の屋根から下を流れる利根川へ落ちる。

行徳の入り江に、犬田小文吾が夜釣りへやってくる。そこへ漂い着いた一艘の小船。中には芳流閣から落ちた信乃と現八が気を失って倒れていた。気がついた二人はお互いに玉を持っているのを見て驚く。現八は「信」の字の玉を持ち、頬に牡丹の花の痣があったのだ。

おまけに小文吾も「俤」の字の玉を持っていることがわかり、三人は奇縁に驚く。ここに今は出家してヽ大法師(ちゅだいほうし)と名乗る金碗大輔があらわれ、水晶の玉の由来や八人の勇士のことを物語る。

そこへ小文吾の父親が、犬川壮助が浜路ならびに蟇六夫婦殺害の罪で火あぶりになると知らせに来たので、犬士たちは刑場へと急ぐ。薪に火がつけられ絶体絶命かと思ったその時、犬山道節と石坂毛野がかけつけ、道節が村雨丸を抜き放つと、激しい雨が降ってきて壮助は助かる。

大詰
馬加大記館(まくわりだいきやかた)
同対牛楼
滸我成氏の重臣だった馬加大記は成氏を見限り、山下定包に従い待乳山城の主となっていた。そして城中に対牛楼という豪華な楼閣を築き、今日は山下定包を招いて酒宴を催している。

そこへ巷で評判の田楽一座が招かれる。美しい女田楽師・朝毛野にすっかり心を奪われた定包は対牛楼へと座を移す。

対牛楼で、朝毛野は大記に里見の家臣・藍原首胤度の一子・犬坂毛野と名乗って、これを成敗する。伏姫の玉を持つ犬士全員が顔を揃えると、定包に降参するよう迫る。しかし天下を狙う野望を持つ定包は簡単にはあきらめない。道節は後日改めて正々堂々と戦おうと申し入れ、定包もこれを受け入れ、皆は再会を約束して去っていくのだった。

曲亭馬琴原作「南総里見八犬伝」は1814年から1842年にかけて刊行された98巻106冊の江戸読本の大作。歌舞伎では1834年に大阪で初演され、1836年には江戸でも上演されました。

八犬伝といえば化け猫や人間ばなれした悪女が暗躍する、怪奇的な話だと思っていましたが、今回はそういうおどろおどろしい雰囲気があまり感じられない、物語の前半の見所を集めた渥美清太郎の台本で上演。

発端の庵室の場ですっぽんからせりあがってくる安西景連の亡霊を演じた松也には、一瞬これはだれだろう思うくらいすごみがありました。声を無理に作らなかったのがかえってよかったと思います。

伏姫の扇雀はめずらしく敵役の山下定包と二役演じましたが、やはり伏姫のほうがよく、定包は国崩しの悪が効いていたものの、低くおさえつけようとする声の不自然さが気になりました。

犬塚信乃の染五郎は、この芝居の中で随一の二枚目らしいやわらかさと爽やかさがあってはまり役。浜路に横恋慕する代官宮六の亀蔵は、持ち前のあくの強さがぴったりでした。

一番面白かったのは円塚山の場で、三津五郎の演じる悪人・左母次郎がさらった浜路を無慈悲にも殺したあと、不思議な力によって寂寞道人の火の祭壇に引き込まれ、セリで降りていったと思うまもなく寂寞道人・実は犬山道節に早替りし、吹き替えの左母二郎を引き据えてせりあがってくるところで、この変身は素晴らしく鮮やかで見事でした。

六人の犬士によるだんまりの後に三津五郎の道節が幕外に残って、からみをあしらいながら衣装を引き抜いてする大見得も立派で、飛び六方で揚幕へ入っていくところは歌舞伎の楽しさを十二分に満喫させてくれました。

芳流閣の大屋根の上でのたちまわりも変化に富んでいて面白かったです。13日にはハシゴに乗らなくてはならない捕り手の一人が屋根の下までころがり落ちてしまったり、斜面での立ち廻りの難しさを感じましたが、28日には全く危なげないスピード感のある立ち廻りが見られました。信乃が刀をかまえたまま屋根瓦の上を2メートル位滑り落ち、あわやという瀬戸際で止まるという仕掛けは初めて見たものでした。

芳流閣の大屋根が信乃と現八の二人をのせたまま、がんどう返しで90度後ろへゆっくりと倒れ、行徳入江の場へと場面転換するところでは、信二郎が頬に可愛らしい牡丹の痣のある犬飼現八を颯爽と演じました。特に信二郎の朗々と響く声の良さや存在感がこの場では印象に残りました。幕見で観劇すると特に発声の良し悪しがはっきりするのが興味深いところです。

大詰の馬加大記館では、福助の犬坂毛野が女田楽師に化けて敵に近づくわけですが、女に化けている時と地の男をはっきり区別するために、誇張した外股の歩き方はともかく、声を男っぽく太くしようとした途端に響かない声になってしまいました。真女形にとって立役を演じるのはそう簡単なことではなさそうです。

ところで幕の途中なのに定式幕が引かれることが度々ありブツブツと切れる感じがして白けましたが、黒い幕を下ろすだけではなぜだめなのだろうと思いました。

最後は敵の山下定包を成敗せず、一同勢揃いしたところで後日正々堂々と戦おうと再会を約束するという、いかにも歌舞伎らしい大団円でした。

この日の大向こう

13日は大向こうさんはお一人だけ見えていましたが、一般の方も含めて順当に声は掛かっていたようです。

24日は幕見席でみたのですが、序幕で幕見席から2〜3人声が掛かっていました。円塚山のだんまりで高麗蔵さんに「高麗高麗」(こまこうらい)と掛かったのは、初めてきく掛け声でしたが、同じ高麗屋の染五郎さんが出ていらっしゃるので、区別するためにそうかけられたのだと思います。

幕見席から声をかけていらした方たちはなかなか渋いお声でしたし要所だけで余分なところにかけたりなさらなかったので、かなり年季が入っていらっしゃるのかなと思いました。三幕目からは三階席からも声が掛かるようになり、賑やかでした。

歌舞伎座8月公演第三部の演目メモ
●「南総里見八犬伝」 三津五郎、福助、弥十郎、染五郎、扇雀、松也、孝太郎、信二郎、亀蔵

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