加賀見山旧錦絵 菊之助初役のお初 2005.10.7

5日、歌舞伎座昼の部を見てきました。

主な配役
中老尾上 玉三郎
召使お初 菊之助
岩藤 菊五郎
剣沢弾正 左團次
大姫 隼人
求女 松也

加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)のあらすじ
序幕 
営中試合の場
今日は桃の節句。多賀家では息女の大姫が、亡くなった許婚・木曽義高の菩提を弔うために剃髪したいと父の大領に願い出るため、使いに出した中老尾上を待ちわびている。

奥向きをとりしきる局の岩藤らが居並ぶなか、帰ってきた尾上は大領から下された袈裟を差し出し、剃髪が許されたことを伝える。大姫は義高から貰った「旭の弥陀の尊像」を尾上に託し、いずれ近江の義仲寺へ納めて欲しいと頼む。

元町人の娘である尾上が姫の信頼を得ていることを快く思わない岩藤は、尾上に嫌味を言い「姫を守るためには当然剣術の心得があるはず」といじわるく問い詰め、立ち会うようにと迫る。武術の心得がない尾上をはずかしめようという魂胆なのだ。

これを見かねた尾上の召使・お初が、自分を主人の代理としてたち合わせて欲しいと進み出る。お目どおりできない低い身分のお初を尾上は下がらせようとするが、岩藤はこれを呼びとめ、まず自分の腰元たちと立ち会わせる。

武士の娘であるお初は見事に全員を打ちのめしてしまったので、今度は岩藤が立ち会う。岩藤の小手を打ち据え、とどめをさそうとしたお初を、尾上に止められる。お初が岩藤に竹刀を返したその時、岩藤はお初の足を払って、卑怯にも散々に打ち据える。尾上は本心ではお初の活躍を喜びながらも、これ以上争わないようにとお初をたしなめる。

皆が去った後、お初は尾上の優しさと比べて、岩藤の意地の悪さを思う。

二幕目
奥殿草履打の場
多賀家の奥殿に、岩藤の兄・剣沢弾正が、大殿の使者として大姫剃髪の儀式に使う蘭奢待の香木を受け取りにやってくる。ところが蘭奢待を預かっていた尾上が、弾正の前に差し出した箱の中には、蘭奢待はなく、替わりにあろうことか岩藤の草履の片方が入っていた。

そこへ岩藤の腰元が、尾上の部屋にあったと言って、もう片方の草履を持ってくる。自分で香木を盗み、その罪を岩藤になすりつけようとしたのだと極めつけられ、尾上は困惑する。

岩藤が日ごろの恨みをはらそうと、その草履で尾上をしたたか打ち据える。無実の罪を着せられ、満座の中で恥をかかされ、尾上は弁明もできずにじっと耐える。

皆が去った後、泣き伏していた尾上は、岩藤の草履を袂へいれ、悄然と部屋へひきあげる。

三幕目
長局尾上部屋の場
尾上の部屋ではお初が帰りが遅い主人を待ちわびていた。偶然岩藤と弾正のお家横領の悪巧みを立ち聞きしてしまったからだ。そこへ尾上が打ち髪を乱して沈んだ様子で帰ってくる。お初が着替えの世話をしていると尾上の袂から草履が落ちる。

尾上は持病の癪が起こったのでさすって欲しいとお初に頼む。尾上の様子を心配するお初は、さすりながら「忠臣蔵」を引き合いにだして、短慮をおこさないようにと尾上に訴える。

一人になった尾上は手紙を書いて草履と一緒に文箱にいれ封をする。そして今夜のうちに実家へ使いにいくようにとお初を呼ぶ。

尾上の身を案じるお初が明日の朝にしたいと言うと、従わないのなら暇を出すと尾上。お初は仕方なく使いに出る。

後に残った尾上は弾正一味の悪事を書き残し、岩藤に受けた辱めのために自ら死を選ぶ。お初に託したのは両親にあてた書置きだったのだ。

塀外烏鳴きの場
尾上を一人にしておくことに不安を感じながら使いに出たお初は、烏が鳴いたり、草履の鼻緒が切れたり不吉なことばかり起こるので気が気でない。そこへ悪者一味の牛島と求女の家来伊達平がやってきて、斬りあいになる。

暗闇でお初も一緒になって揉みあううちに、文箱の封が切れ、中身が転がりでる。それが遺書と草履だと気づいたお初は、いそいで尾上のもとへと引き返す。

元の尾上部屋の場
だが時はすでに遅く、尾上は自害していた。机の上には「御前様御披露」という封書があり、手紙を読むと旭の弥陀の尊像も岩藤に奪われたとある。

お初は尾上の無念を晴らそうと決意し、尾上の懐剣と、草履を取り上げる。

大詰
奥庭仕返しの場
館の奥庭では岩藤が家来に主君調伏の人形を埋めさせている。そこへお初が姿を現す。尾上の持病の具合が悪いので見舞ってやってくれないかというお初だが、岩藤は聞き入れない。そこでお初が岩藤のもっている旭の弥陀の尊像を貸して欲しいというと、岩藤はあわてる。

一時は尾上の部屋へ行くことを承知した岩藤だが、頭痛がするので止めるという。するとお初は頭痛のおまじないだと尾上の恨みのこもった草履を岩藤の頭に載せる。

全てが露見したと知った岩藤がお初と斬りあっているうちに、岩藤の傘から旭の弥陀の尊像が転がり出る。尊像を取り戻したお初はついに岩藤を討ち、これを草履で打ち据える。

主人の仇を討ったお初は、自害しようとするが、そこへ多賀家の家臣・求女がやってきて、お初のおかげで悪事は全て露見して弾正一味がとらえら、蘭奢待もとり戻せたので、自害する必要はないと話す。お初は求女に旭の弥陀の尊像を差し出す。

お初は忠義を認められ二代目尾上を拝命することになり、多賀家には再び平安が訪れる。

容楊黛作「加賀見山旧錦絵」は1782年に初演された浄瑠璃で、歌舞伎にうつされてからは、三月に大奥の御殿女中が宿下がりするのにあわせてよく上演されたそうです。

菊之助の生き生きとしたお初がとても魅力的でした。菊之助はまず声が良く、尾上が自害した後、血のついた短刀を草履を半分に折って拭くところなど、糸にのった動きもきっぱりとしていて凛々しく、惚れ惚れとするような役者ぶり。これには最近増えてきた立役の経験が影響しているのではと思いました。

玉三郎の尾上は、菊之助のお初と本当に気心が通じ合っているように見えました。使いに出されるお初が神仏に「どうか自分が帰るまでご主人が無事でいますように」と懸命に祈っているのを聞いて、尾上が泣き崩れるところでは、お初をいとおしく思う心情があふ出ていて、思わず涙がこぼれてしまいました。

死ぬことを考えながらとぼとぼと部屋へ帰っていく尾上には、全身から絶望感がにじんでいましたが、それでいながら歩く姿のあくまでも美しいことにはつくづく感心しました。このときの玉三郎は前の場より、唇を白くぬっていたようです。

死ぬ前の独白もじっくりと演じていましたが全くだれることなく、どこからみても文句のつけようのない素晴らしい立女形だと思いました。

菊五郎の岩藤はとりたてて憎憎しげな顔つきにしていませんでしたが、どっしりとしていて堂々たる敵役。しかしながら草履をふりあげて極まった時は、女形というよりは明らかに男が前面にでていました。声もほとんど太い地声そのままでした。

初日から4日目の観劇でしたが、全員きちんとセリフが入っているばかりでなく、テンポよく隙のない展開で一時も目を離すことが出来ない面白さでした。

「女の忠臣蔵」もといわれる、女たちが大勢出てくる芝居ですが、尾上の白地に垣根と菊の花などの打掛に対して岩藤は黒に藤の模様の打掛、尾上方の腰元の鴇色の着物に対して、岩藤方の腰元の群青色の着物と対比も鮮やかです。

草履打ちの場では一転して、尾上は青みがかった鉄色に朽葉の模様の打掛(これはとても素晴らしい衣装でした)にたいして、岩藤は鶏の頭に竜?のような猛々しい模様の打掛、腰元たちは紫色に対して若草色と、場面場面で替わるのも見逃せません。

良い方の腰元と悪い方の腰元では髪の形も島田と片はずしと違い、帯の結び方も片や矢の字、かたや文庫と何から何まで違うのも面白かったです。悪いほうの腰元の一人を菊十郎が演じていましたが、いつもながら味のある役者さんだと思いました。

ところで矢の字結びのことですが、今回すべての場面で腰元もお初(外出の時)も左を上にして結んでいました。矢の字結びには右が上の場合もあり、外出する時は逆さになるかなと興味を持って見ていたのでちょっと不思議に思いました。

前に観た時は尾上が自害した後に岩藤が部屋へやってきて尊像を取ったようでした。今回は尾上の書置きに旭の弥陀の尊像を取られたと書いてあるわけですが、ちょっと辻褄あわせのような感じがします。

岩藤が生きながらドロドロと亡霊のようになるのは、後の「加賀見山再岩藤」を思いおこさせます。今回の「加賀見山旧錦絵」は、尾上の、お初、岩藤の三人がそれぞれの役の魅力を充分に発揮していて、見ごたえがありました。悪役の腰元たちの活躍も愉快でした。赤っ面の敵役を演じた薪車も、出ていたのは短い時間でしたが、くっきりとした顔だちが目立っていました。

その他は「廓三番叟」。芝雀の傾城千歳太夫(翁)、亀治郎の新造梅里(千歳)、翫雀の太鼓持藤中(三番叟)。思い切り変わった趣向の三番叟ですが、それぞれが役の雰囲気とあっていて見ていて楽しかったです。

この日の大向こう

この日(5日)、掛け声を掛ける方は大変少なく、皆さん遠慮勝ちでした。女の方が二三人かけていらっしゃいましたが、おひとりは何と掛けていらしゃるかがはっきり判らず、そのつど頭を悩ませてしまいました。

一階の真ん中で掛けていらしたのですが、押し殺したように低く「おとわ」をつぶやくように言い、「や」だけを急に高くおっしゃるユニークな掛け方は、どうにも気になりました。遠慮しながら掛けるというのは、どうも良くないようで、三階から心ゆくまで大きな声でお掛けになるようにお勧めしたかったです。最後のころになって三階または幕見上手のほうに、きっちりと掛けてくださる方が現れ、ほっとしたしだいです。

翌日の6日に「加賀見山」だけ再見しましたが、このときは会の方も6人みえていたそうで、一般の方もたくさん掛けられて前日と違いたいへん賑やかでした。しかし中にお一人、他の方がだれも掛けていない尾上が自害する前の緊迫した場でも、「やまとや」と尻上がりの声をやたらと掛ける方がいらして、玉三郎さんが本当にお気の毒でした。こういう場面には沈黙がふさわしい気がします。

反対に回数は少なかったけれども、良いところでびしっと気合の入った声を掛ける方もいらして、こちらは聞いていて気持ちが良かったです。女の方も果敢に声を掛けていらっしゃいました。

私も6日は三階でしたので、尾上が仏間へ入ろうとする時と、お初が仇討へ出かけるところ、岩藤と戦っているお初が花道七三に一人で走り出てくるところで声を掛けました。

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