バス廃車体全国版

関東地方3(京成グループ)

京成グループは、千葉県を中心に茨城県、東京都を含む鉄道、バス事業者が参加する資本グループです。
関東鉄道や千葉交通のように、既存の交通企業に京成電鉄が資本参加してグループとなった企業と、千葉海浜交通やちばレインボーバスのように京成電鉄からの分離子会社とが存在します。

廃車体
BU05

撮影:千葉県(2018.11.22)

千葉交通 いすゞBU05

下半分は塗り替えられていますが、シルバー基調の千葉交通カラーが残る廃車体。
北村製作所製ボディの前中引き戸車で、ウィンカーの形状から1970年式くらいだと思います。
ちなみに千葉交通というのは無難な社名ですが、元は成宗電気軌道という老舗の企業です。

廃車体
RE100

撮影:茨城県(2018.11.22)

千葉交通 日野RE100(1971年式)

こちらは千葉交通カラーを今に残す金産ボディの廃車体。正面に郵便受けがついています。
仕様は上の北村ボディと同じで前中引き戸で後面に方向幕を持っています。
車番は5152。頭の5は銚子営業所、1は1971年を示すようです。

廃車体
BU10

撮影:栗原大輔様(千葉県 2012.8.15)

小湊鉄道 いすゞBU10(1968年式)
BU10

撮影:栗原大輔様(千葉県 2012.8.15)

小湊鉄道の廃車体。後部を見ると点検蓋が取り払われ、エンジンは抜かれています。
富士重工製ボディでは、BU05では整った窓配置になるのですが、BU10だと後ろのほうに窓柱が広い箇所があります。この時代のバスボディと言うのは、こういう不規則な窓配置が多かったのですが、特に誰も疑問を感じていませんでした。

廃車体
RE140

撮影:千葉県(2018.11.22)

千葉海浜交通 日野RE140(1973年式)

帝国ボディの3扉車。前ドアがオーバーハングいっぱいの広幅になっているものの、そこにある窓は通常幅のものが前寄りについているという変形仕様。広幅ドア初期に見られたもの。
一部分に元カラーが見えるため、千葉海浜交通だと分かります。海浜ニュータウンの団地輸送のため、長尺の3ドア車が採用されていました。年式は推定。

廃車体      千葉海浜交通 日野K-RC321
RC321

撮影:筑西市(2012.12.1)

鬼怒川の鉄橋脇に置かれた千葉海浜交通の3扉車。全部で6台ありますが、そのうち3台がここから見えます。
大型方向幕を採用し、直結冷房を取り付けたため、強力型エンジンを搭載しています。前輪脇にサイドウィンカーがありますので、1980年式以降の車両。
(2015年以降に撤去済み)

廃車体
RC321

撮影:筑西市(2012.12.1)

千葉海浜交通 日野K-RC321

上の写真では中央のトタン屋根の右側にある1両。コの字形に3両が置かれています。その3両はいずれもK-RC321
下の1979年式と比べると、屋根上のダクトが短いのが分かります。
(2015年以降に撤去済み)

廃車体
RC321

撮影:筑西市(2012.12.1)

千葉海浜交通 日野RC321(1979年式)

この1両だけは堤防の内側の河川敷側にありました。
仕様は他の車両と同じですが、前輪脇に、後付けと思われる縦型のウィンカーがついています。巻き込み防止のために、標準仕様になる前に取り付けていたのでしょうか。
(2015年以降に撤去済み)

廃車体
RC321

撮影:筑西市(2012.12.1)

千葉海浜交通 日野RC321(1979年式)

後面の方向幕も大型になっています。
前輪脇の縦型のウィンカーは、右側にもついています。
(2015年以降に撤去済み)

廃車体
MP117M

撮影:長野県(2018.8.12)

成田空港交通 三菱MP117M(1978年式)
MP117M

撮影:長野県(2018.8.12)

遠く長野県ですが、この流れでご紹介します。
成田空港交通カラーを残しており、3扉や屋根肩の大きな方向幕が特徴的な車両。
空港線専用車で、出入口表示や自動ドア表示に英語を併記しているほか、側面の大きな方向幕は、前側が日本語、後ろ側が英語を表示していたようです。

注意事項
本ページは、「廃車体は文化遺産である」と言う趣旨によって作成しております。当サイトを訪れる方は、この趣旨を御理解いただける方だと思いますが,万が一,本ページの悪用による廃車体への損傷等があった場合は,本ページ及び関連する事項は即刻削除いたします。
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80s岩手県のバス“その頃”