1970年代奥の細道
岩手県南バス1(ボンネットバス・キャブオーバーバス)
板橋不二男様から頂いた1970年代撮影の岩手県南バスの写真を、カテゴリー別に掲載します。まず、ボンネットバスとキャブオーバーバスからです。
1973年時点ではそれなりの数のボンネットバスが存在したようですが、その後廃車が進み、1976年の岩手県交通成立時点では、県南バス出身車ではボンネットバスが日野車3両、キャブオーバーバスがいすゞ車3両のみ残存していたようです。
岩2く1374
撮影:板橋不二男様(げいびバスセンター 1973.11.3)
岩手県南バス 日野BH15(1963年式)
岩手県南バスのボンネットバスで、帝国ボディを持つ車両。正面窓が箱型バスと同じで連続窓になっているため、近代的に見えます。
そういえば、1970年代末期にバス機器メーカーのクラリオンが作成したボンネットバスポスターに、このスタイルの岩手県南バスが出ていました。私も持っていたんですが、いつの間にか捨ててしまったようで、見当たりません。
岩2く1391
撮影:板橋不二男様(水沢営業所 1973)
岩手県南バス 日野BH15(1963年式)
撮影:板橋不二男様(水沢営業所 1973)
上の写真と同型の帝国ボディのボンネットバスの車内です。
車掌が乗車して精算するため、料金箱類はなく、運転席横はシンプルです。
シートは、前半分がロングシート、後ろ半分が前向きシートの混合タイプ。紺色のビニルレザーです。
岩2く1430
撮影:板橋不二男様(げいびバスセンター 1973.11.3)
岩手県南バス 日野BH15(1964年式)
撮影:板橋不二男様(げいびバスセンター 1973.11.3)
やはり帝国ボディのボンネットバス。県南バスには、このボディスタイルは相当数あった模様です。
帝国ボディの後ろ姿は、3枚の窓を目いっぱい大きくしたスタイルが特徴で、丸形のボンネットバスの中では明朗なイメージを持っています。
岩2く1454
撮影:板橋不二男様(遠野営業所 1975頃)
岩手県南バス 日野BH15(1964年式)
金産ボディのボンネットバス。帝国ボディの連続窓スタイルよりボンネットバスらしく見えます。
この車両がこの後一旦廃車になった後、1982年の東北新幹線開業時に「弁慶号」として復活することになります。
岩2く2106
撮影:板橋不二男様(げいびバスセンター 1973.11.3)
岩手県南バス 日野BH15
安全車体製ボディのボンネットバス。前ドア車です。
ナンバーが2000番代なので、東部バス(釜石市)に納入され、1966年の合併で岩手県南バスに移籍した車両。
方向幕の「長坂」は猊鼻渓の隣のバス停名。
岩2く2109
撮影:板橋不二男様(大東営業所 1973.11.3)
岩手県南バス 日野BH15
撮影:板橋不二男様(大東営業所 1973.11.3)
やはり安全車体製ボンネットバス。安全車体は、スタンディウィンドウの高さが薄く、雨樋との間にスペースがあるのが特徴。リアの窓も、高さが浅く、ずんぐりした印象です。
東部バスから岩手県南バスに書き換える際、バスの部分をそのまま使ったようで、社名のバランスが微妙です。
年式は不明ですが、ナンバーから1963年式より前であることは分かります。方向幕が抜かれていますので、廃車予定車かもしれません。
廃車体
撮影:板橋不二男様(一関営業所 1973.11.3)
岩手県南バス いすゞBX731E
営業所の隅に置かれた北村製作所製ボディのキャブオーバーバス廃車体。
この時川崎ボディの1963年式がまだ現役でしたので、1960〜62年式あたりだと思われます。型式は推定です。
岩2く1420
撮影:板橋不二男様(水沢営業所 1973.11.3)
岩手県南バス いすゞBXD30E(1963年式)
岩手県南バスにそれなりの数があったと思われる川崎ボディのキャブオーバーバス。ボディスタイルは、当時の箱型バスの標準で、後面は中央に非常口のある3枚窓。正面は、エンジングリルがあるので、窓が小さめになっています。
岩2く1426
撮影:板橋不二男様(高田営業所 1976頃)
岩手県南バス いすゞBXD30E(1963年式)
撮影:板橋不二男様(高田営業所 1976頃)
上の写真と同じロットのキャブオーバーバス。異なる角度からお見せするとともに車内の写真もお見せします。
キャブオーバーバスは、運転席横に大きなエンジンフードがあり、これを開いてエンジンの点検ができるようになっています。
緑色のビニル張りのシートですが、赤色のビニルシートの車両もあったようです。
撮影:板橋不二男様(高田営業所 1976頃)