世界文化遺産と冬の雨(前編)
昨年(2013年)、富士山が世界文化遺産に登録されました。世の中の興味は、そこに三保松原が含まれていたとか、にわか登山者が集中して遭難者が急増しているとか、入山税をどうするとか、そんなことが騒動となっているのですが、そんなことよりも全く別の心配をしている人たちがいました。世界文化遺産に登録されて観光客が急増し、地元が必要以上に裕福になって、この地にたくさん残っている古いものとか打ち捨てられたものとかが、全部真新しい綺麗なものに買い換えられてしまったらどうしよう。そしてまた、世界文化遺産に登録されて外国人がたくさん来るようになり、見た目の汚いものが綺麗さっぱり廃棄されてしまったらどうしよう。そんな心配があったからなのか、実はそんなこととは全く関係がないことなのか、サルベージ隊の伏見広報部長から、「真冬で寒いんですが、富士山の近くでサルベージさやります」と電子メールが届きました。
(写真は、特記したものを除き、富士宮市で2014年2月2日に撮影)
最初の写真は本文とは関係ありません。
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撮影:山中湖村(2011)
今回のサルベージとは全く関係ないことなのですが、この写真のローザも、2013年夏に同じ場所を訪問したときには、綺麗さっぱり姿を消していました。
デフォルトはこのような状態でした
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この日のサルベージは、早朝6時30分に集合、7時から開始という、真冬にしては早すぎるスタートでした。
現場は雑木林の奥の廃車ヤードで、奥まった敷地へと入ってゆくと、下水管用のフレキシブル管に押しつぶされそうな状態で、金産ボディっぽい後ろ姿を拝むことができました。
なお、リアガラスのガムテープは、破損を防ぐため作業前に既に準備されていました。
日産の縦目です
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前から見ると、こちらは富士ミルクの廃コンテナに押されてかなり窮屈そうな状態になっています。
「おい、押すなよ」と言っているようです。
バスから見て右側のフェンダは失われ、左側も欠落寸前ですが、縦目の独特の形状から1960年代の日産自動車製であることが分かります。
事前ミーティング
作業開始前のミーティングです。
怪我をしないように、無理をしないように、などの話の後、伏見さん(中央)がスケジュールについて参加者に伝えます。
「これから開始して、10時までには積み込みさ終えようと思います。積み込んだら東名を経由して、なるべく早めに仙台さ帰りつきたいと思います」
明日は月曜日なので、伏見さんは普通に仕事の日です。
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外してしまえ
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外れそうな左フェンダを、思い切って外してしまいます。
サルベージの際の決まりごとですが、外れそうなものをブラブラさせておくと危ないし、それそのものが落ちて壊れては元も子もないので、あらかじめ外すのが賢い方法です。
手順その1:頭上の障害物を撤去する
バスとコンテナの上に積まれたフレキシブル管をショベルカーで撤去します。
上のほうにあるものから順番にどかしてゆくことにします。
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作業は順調です。ショベルで手前に引っ張ったり、下に引き落としたりしながら、あっという間にだいぶなだらかになりました。
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ありゃりゃ、最初の状態よりバスの上にたくさん乗っかっています。
フレキシブル管の山を崩す衝撃で、こちらに雪崩落ちてしまったようです。
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「ダメなら手で押してみよう!」
コンテナの上から伏見さんの指示が飛びます。
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しかし、自分で動かそうとバスの屋根に飛び移った伏見さん。「う〜ん、やってみると重いもんだなあ。こりゃあ無理だ・・・」
そして、「やっぱワイヤーで引っ張るのが一番でしょ」 ショベルにワイヤーをつないで、上のほうから順に引っ張り上げていきます。
ゴロン、ゴロン。
再び順調に作業が進み始めました。やはりちょっとの手間は惜しまずに、順序良く作業を進めるのが効率的です。
作業の合間はうまく使え!
邪魔な障害物が取り除かれると、今までできなかった作業が可能になります。
屋根の上に堆積していた土砂をほうきで掃き飛ばします。
ほうきで掃いているのは、このバスの廃車体の発見者である赤木さんです。赤木さんが発見し、サルベージの段取りをつけたそうです。
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手順2:コンテナの脇からバスを引き出す
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まずは埋もれている後輪を動かします。
ショベルカーが斜面を下りてきて、バスの右側面が見えるように顔を出しています。キャタピラーの能力を見せ付けられます。
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固着状態の後輪を動かすため、ワイヤーを巻きつけて引きます。さあ、動くか・・・。
この柔らかい地面の状態では難しそうです。
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次にフロント部分にワイヤーをつなぎ、ショベルカーで前に引っ張り出す作業です。
後輪は固着状態のままですが、そろそろとバスは前進します。
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尻振りを防ぐため、後部でバスを押える下河原さん。
ホイッスルが響きます。
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危険個所にいつも目を光らせる児玉さん。
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しかし、右後輪の下の地面に崩落の危険が・・・。
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「そのまま引っ張ってみよう。大丈夫!」
伏見さんの無鉄砲な指示が飛びます。
「左側がコンテナに当たりそうです!」
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「右側が落ちそうです!」
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それでも、左右をうまく微調整しながら、左のコンテナにも当たらず、右の崖下にも落ちず、バスは何とかこのスペースからの脱出を果たします。
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狭いスペースから引っ張り出した後、ハンドルを左に切るように指示が出ました。
そして、ワイヤーをフロント部分につなぎ替えると、ショベルカーで一気に牽引していきます。
この間、たったの3分弱。これまで経験してきたサルベージでは、林道を延々と5kmに渡って牽引してきたこともありましたが、あまりにもあっけない瞬間に、「物足りなさ」さえ感じてしまいました。
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ショベルカーを自在に操る澤田社長。
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硬いハンドルを力技で回す篠さん。
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バスを引っ張った軌跡がはっきりと残っています。
急カーブを描いています。これだけ引きずったあとがつくのは、タイヤが固着しており、回っていないからです。
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手順3:固着したタイヤを回す
ショベルで引っ張ってみる
バスのタイヤは4輪とも固着しており、押しても引いても回りません。この状態のままだと、運搬するためにセルフローダーに積み込むのも難儀ですし、もちろん下ろすのにも手間取ります。そこで、地面に置いた状態で、タイヤを回す必要があります。
まず最初に、ホイールにワイヤーを巻き、ショベルカーで引っ張ったり、持ち上げたり、下ろしたりしてタイヤを回すことを試みます。
しかしかなり頑固な固着状態で、ワイヤーが切れてしまいました。失敗です・・・。
頑丈な鉄の棒でやってみる
ワイヤが切れてしまうのなら、頑丈な鉄の棒を突っ込んでしまえばいい。
と言うことで、敷地の中をみんなでうろうろしながら、適当な鉄の棒を探してきます。
最初の棒は曲がってしまったので、2本目の棒はホイールの穴に突っ込んで、車軸を押します。
しかし、タイヤは回りません。
機械がダメなら人力だ
もうこんなまどろっこしいことはやってられん!
と言うわけで、人力の力技です。「えいっ!」「やっ!」「えいっ!」「やっ!」
・・・動きました。
後輪の固着を解く
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前輪が回ったことを祝って、お茶を飲んでしばし休憩した後、今度は後輪の固着を解く作業に入ります。
車軸の下に廃タイヤを置いて後輪を浮かせ、やはりショベルにワイヤーを引かせるという地道な作業です。
そうこうしているうちに、雨がかなり激しく降り始めました。それでも雨宿りしている暇も、雨合羽を羽織る暇もありません。決着がつくまで作業は続きます。
実はかなりの雨でした(イメージです)
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写真だとその雨の様子が全く伝わらないので、浮世絵風に雨の線を加えてみました。こんな激しい雨の中で、タイヤを回そうとする人たちです。
それにしても、この地域のこの日の天気予報は、「明け方から雨が降り出し、昼ごろには上がるでしょう。その後天気は急速に回復する見込みです」でした。
まるでサルベージの時間帯を狙い撃ちしたような前線のいたずらです。
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