落武者伝説殺人事件

・第3話


「大神くん、大変よ!」
 あやめが大神のもとに駆け寄った。
「あやめさん、どうしたんですか?」
「それが…、アイリスと紅蘭がどこを探してもいないのよ!」
「何ですって?」
「…約束の時間になっても二人とも戻ってこなくて…。それから30分くらい待ったんだ
けど、それでも戻ってこないのよ! アイリスはとにかく、紅蘭は約束の時間に遅れる、
なんてことはまずないのに…」
「…あんなことがあったばっかりだというのに…。一体どこへ行ったんだ!」
「村の人たちに話したら、何人かが一緒に探してくれる、って言ってたわ。とにかく、私
たちも探しましょう」
「はい!」
 そして大神とあやめは揃って二人を探しはじめた。
    *
「すいません。眼鏡をかけたお下げ髪の女の子か、頭にリボンをした金髪の女の子を見か
けませんでしたか?」
「さっきもそう尋ねてきた人がいたけど、見かけなかったなあ」
「そうですか…。ありがとうございます!」
 大神はそう言うと、向かい側の家で二人の行方を尋ねていたあやめと落ち合った。
「…どう? 大神くん」
「いえ、こっちには来てないそうです。あやめさんのほうは?」
「こっちも手がかりなし。きっと二人はこっちのほうには来ていないのよ。アイリスも紅
蘭も特徴があるからすぐに気が付くと思うんだけど…」
「自分もそう思います。あとは…」
「あとは?」
「…神社の方だけですね。でも今からじゃあそこも暗くなってるんじゃ…」
 そう、いつの間にかあたりは暗くなっていて、よほど近づかないとお互いの顔もわから
ないくらいだったのだ。
「…とにかく行ってみる必要はありそうね」
「わかりました! じゃ一旦家に戻ってカンテラを取ってきます!」

 一度家に戻った大神はカンテラを持つと再び外に飛び出した。
「じゃ親父。もし二人が戻ってきたら頼むよ!」
「わかった。一郎も気をつけろよ」
「わかったよ!」
 そして大神は外で待っていたあやめの元に駆け寄る。
「じゃ、大神くん、行きましょう」
「はい!」
    *
 そして二人は神社の元へとやってきた。
「あやめさん、行きましょう!」
 と、大神が言った時だった。
「…大神くん、ちょっと待って!」
「…どうしたんですか?」
「あれを見て!」
 そしてあやめの指差した方向に大神がカンテラの明かりを向けた。
 階段の隅に何かどす黒い液体のようなものがこびりついていたのだ。
「これは…」
 大神はそれに近づくと指を付けてみた。
「…血だ!」
「何ですって?」
 大神は自分の指先にカンテラの明かりを近づける。
 確かに大神の言うとおり、それは血のようであった。
「だとしたら…」
「行ってみましょう!」
「はい!」
 そして大神とあやめの二人は階段を昇っていった。

「あやめさん、足元に気を付けてください!」
 大神とあやめはカンテラの灯りを頼りに石段を昇っていく。
 そして神社の前に着く二人。
「大神くん、あれっ!」
 あやめがカンテラの灯りをその方向に向ける。
 本田の隣にある建物の前に一匹のぬいぐるみが転がっていた。
「あれは…?」
 大神がそれに近付き拾いあげる。そのぬいぐるみには大神もあやめも見覚えがあった。
「アイリスのジャンポールだ…」
「ということは…」
 一瞬二人の脳裏にアイリスと紅蘭が物言わぬ死体となって転がっている光景がよぎった。
「…いや、そんなことは絶対にない!」
 大神は大袈裟に首を振ってその考えを打ち消そうとした。
「…とにかく、中に入ってみましょう」
 あやめのその言葉に大神が頷く。
 そして二人はその建物の扉の前に立った。
「…行きますよ」
 大神の声に頷くあやめ。
 そして大神は一回深呼吸をすると、勢いよく扉を開けた。
 そして大神の持つカンテラに映し出されていたのは…
「アイリス! 紅蘭!」
 そう、アイリスと紅蘭が後手に縛られ、床に転がされていたのだ。
 大神とあやめは二人の側に行くと縄を解く。
「アイリス、アイリス!」
「紅蘭、しっかりして!」
 二人が肩を揺らす。と、
「…う、ううん…。あ…、あやめはん…」
 紅蘭が気が付いたようだ。程なくアイリスも、
「あ…お兄ちゃん…」
「二人とも怪我はない?」
「だ、大丈夫や」
「いったいどうしたんだ?」
「どうした、って…。後からいきなり抱きかかえられて、それで口に何や湿ったもんを押
しつけられて…」
「…アイリスもか?」
 大神がそう聞くとアイリスも頷いた。
「何か眠り薬のようなものを嗅がされたのね…」
 そしてあやめの手助けで紅蘭たちが起き上がったときだった。
「…これは!」
 大神が何かに気づいたようだった。
「どうしたの、大神くん?」
「…血だ…」
 そう、大神がカンテラで照らした先には血だまりが出来ていたのだった。
「これは…」
「あ、そのことやけどな…、うっ!」
 そういうと紅蘭は再び頭を押さえてしまった。
「どうしたの?」
「まだ頭がボーッとしとるわ…」
「…とにかく、後は大神くんの家に戻ってからにしましょう」
     *
 大神の家。あやめが部屋から出てきた。
 あやめが静かに障子を閉めるのを待って大神は、
「…どうですか? あやめさん」
 大神が小声で聞いた。
「…大丈夫よ。今は二人ともぐっすり眠ってるわ」
「そうですか…。すみません、あやめさん。自分の監督不行届です」
「ううん、大神くんは悪くないわ。責任は私にだってあるわよ」
「…それにしても、何で犯人はあんな事をしたんでしょうか?」
「あんなこと、って?」
「あやめさんも見ましたよね? あそこの床に血があったのを」
「確かにそれはみたわ。でも、アイリスも紅蘭もどこも怪我をしている様子はなかったし
…」
「となると、あれはおそらく他の誰かの血、と言うことになるんですが…。でもあそこに
はアイリスと紅蘭の二人しかいなかったし、二人があれだけで済んだ、と言うのがわから
ないんですよ」
「あれだけで済んだ、って?」
「つまり、あの現場でアイリスと紅蘭の二人は何かを見かけた、と言うことになるんです
よ。だとしたら二人は殺されてもおかしくなかったのに、何で睡眠薬をかがされ、縛られ
ていた程度で済んだのかがわからないんですよ」
「確かにね。あの状況だったら、二人は殺されてもおかしくはなかったはずよね」

 と、そのときだった。不意に障子が開くと、
「あ、あのな、大神はん。ちょっとええか?」
 紅蘭が顔を出した。
「紅蘭、寝てなきゃ駄目じゃない」
「あ、もう大丈夫や、あやめはん」
 そう言う紅蘭の顔色はまだすぐれている、とは言えなかった。
「…それより、どうしたんだい?」
「いや、二人に話したいことがあるんや」
「話したいこと?」

「…なんだって?」
「それは本当なの?」
 紅蘭から話を聞いた大神とあやめは驚きの声を上げる。
「本当や。それでその後でウチ、誰かに眠り薬をかがされたんや」
「でも、あそこに死体なんてなかったわよ」
「でもこの目でちゃんと見たんや。それはアイリスもちゃんと見とるから間違いないで」
「…でも、そうと考えないと、あそこの血だまりの説明が出来ませんよね」
「確かにあそこに落ちていた血は、紅蘭の言う首無し死体のものと考えれば納得いくけど、
だとしてもまだわからない部分が多いわね」
「そうですね。確かに紅蘭たちがその首無し死体を見た、と言う時刻から我々が紅蘭を見
つけるまでかなり開いているから死体を動かすことは可能かもしれませんが、だとしても、
何で犯人はそんな事をしたんでしょうか?」
「二人に見られては何かまずいことでもあったんじゃないかしら?」
「でも、そうだとしても、自分が犯人だったら口封じのためにアイリスと紅蘭を殺してま
すよ。そんな事をしないでなんで二人があんな風に眠り薬をかがされていただけで済んだ
のか、わからないんですよ」
「…確かにね。考えれば考えるほどわからなくなってくることばかりだわ」
「…ところで紅蘭、その、紅蘭たちが見た死体、って何か特徴あったか?」
「特徴言うてもなあ…。さっきも言ったとおり、首がなかったし、辺りは暗くなりかけて
たし、服装くらいしかわからん買ったわ。その服装かてこれと言った特徴はあらへんかっ
たし…」

 と、そのときだった。
「大神さん、ちょっといいですか!」
 不意に大神の家の玄関から声がした。
「どうしたんですか?」
 そういいながら大神が玄関に行くと、
「大変なことが起こったんですよ!」
「大変なこと?」
「それが…、田村さんの死体が見つかったんですよ!」
「田村の、ですか?」
「とにかく来てください!」
「わかりました」
「大神はん、ウチも行くわ!」
 話を聞いていた、紅蘭が大神のところに来た。
「紅蘭、君はここにいろ」
「それはそうやけど、死体を確かめたいんや。ウチやアイリスが見たのと同じかどうか」
「でも…」
 と、話を聞いていたあやめが、
「大神くん。アイリスの方は私が面倒を見るから、紅蘭も連れて行ったら?」
 その言葉に大神はちょっと考えると、
「…わかりました。紅蘭、ついて来い!」
「わかったわ!」
 そして二人は家を飛び出していった。

 やがて二人が案内されてやってきたのはとある草むらだった。
 既に大勢の野次馬が集まっている。
「あ、大神少尉!」
 見ると昼に大神の家にやってきた警官が大神を呼んだ。
「田村の死体が見つかった、と言う話なんですが」
「あ、こちらです!」
 そしてその警官は大神を手招きで茣蓙が敷いてあるところまで招いた。
「先ほど村人から連絡があったんですが」
 と、その警官は足の方からその茣蓙をめくった。
 さすがに切断された部分を見せるのはまずいと思ったのか、胸から上の部分は茣蓙で覆
ったままだったが、それでも衣服についている血でどれだけのものだったか想像ができる
と言うものである。
「…この人は…」
 死体の服を見た紅蘭が呟いた。
「どうした、紅蘭?」
「…この人や。ウチらが神社で見た死体、間違いなくこの人や」
「本当なのか?」
「間違いないで! 服が同じやったからな」
「…となると、この死体は田村、ってことになるのか」
「そういうことになりますな」
 そういうとその警官は茣蓙を元に戻した。
「…ところでひとつ聞いていいですか?」
「なんでしょうか?」
「…田村の首は見つかったんですか?」
「いや、それが今捜しているところなんですが、まだ見つかっていないんですよ」
「見つかっていない?」
「はい。もしかしたら何処かに埋めたのかもしれませんが…」

「…西田と横川も行方不明だし、一体どうなっているんだ…」
 大神にはどうも今回の事件が今だによく理解できていなかった。


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