女子高生・毛利蘭の殺人

(最終話)


「…ここにいるのね…」
 蘭とコナンは帝丹高校の正門前に立っていた。
「…うん、ここのあそこの教室に新一にいちゃんが犯人呼んでる、って言ってたよ」
 蘭はコナンが教室を見上げていた。
「…コナン君、ここからは私ひとりで行かせて」
 蘭がコナンに言った。
「え?」
「…ここからは私が犯人と対決するんでしょ? だからお願い。ひとりで行かせて」
「…でも…」
「…大丈夫。私には新一がいるもの」
「…わかったよ」
 蘭は帝丹高校の中に入っていった。
(…まあいいか。蘭がひとりならこっちも好都合、ってもんだ)
   *
「その人物」は教室に向かっていた。
 ここ最近、学校に姿を見せていない工藤新一から先ほど電話があって「一寸話したいこ
とがあるから帝丹高校に来てくれ」との連絡を受けたのだ。
 そして、教室のドアを開けた。
 教室の中には一人の人物が背を向けて立っていた。
 スカートを穿いているところからどうやら女性の様だが…。

「…待ってたわ」
 そう言った人物の後姿を見て「その人物」は驚愕した。
 背を向けて立ってはいたが、明らかにここ数日の間、行方がわからなくなっていた毛利
蘭、その人物だったのだ。
「…なんで私がこんなところにいるんだ、って思ってるでしょ? …私は上村先輩殺人の
容疑者だものね。…警察に連絡する、って言うならしてもいいわよ。…でも、それが少し
ばかり遅れたっていいでしょ? 私は逃げも隠れもしないもの」
「…」
「今回、あなたを呼んだのは、私の話を聞いて欲しいからなの。…ね、いいでしょ? 少
しの間私の話を聞いてくれないかしら?」
「…」
「その人物」は立ち去ろうとする様子がなかった。どうやら蘭の話を聞くつもりらしい。
「…今回、私も大変だったわ。身に覚えのない殺人の容疑をかけられて、警察に連行させ
られかけたもの。…でもね、ようやくわかったのよ、今回の事件の真相が。…これは誰か
が私に罪を着せて自分は罪から逃れようと考えていたことだ、って。…そうよね、山本さ
ん!」
 そう言うと蘭は初めて振り返った。
 蘭の目の前には山本典子が立っていた。

「…な、何言ってるのよ、毛利さん。あなた自分が上村先輩を殺したのに私に罪を着せて
シラを切ろうって言うの?」
「…それはこっちの言葉よ。あなたこそ私に罪を着せようとしたじゃないの!」
「…毛利さん、もし私が上村先輩を殺した、と言うのなら証拠はあるの? 証拠を見せて
よ!」
「…証拠ならあるわよ。…山本さん、あなた事件があった日に上村先輩のケータイに電話
したでしょ?」
「…それは鈴木さんにも話したわ。だけどそれがどうかしたの?」
「…園子から聞いたけど、ちょうどあなたが上村先輩に電話した前後に高井君と岩田先輩
が上村先輩に電話してたのよ」
「それが?」
「…二人とも帰宅途中で電話したんだけど、上村先輩は出なかったそうね」
「…そうよ、私が電話したときも出なかったもの」
「…それで、園子と一緒にいたコナン君から聞いたけど、その高井君や岩田先輩の証言と
あなたの証言の間に辻褄が合わないところが出てくるのよ」
「辻褄が合わない?」
 蘭は教室の黒板の前まで歩くと、チョークを取り出して、

 5時少し前 岩田先輩
 5時頃 山本さん
 5時10分頃 高井君

 と書いた。

「あなたを含めた3人がこの時間に上村先輩に電話をしたのは園子に教えたもらったそれ
ぞれの証言や先輩のケータイの着信履歴ではっきりしてるわ。そして岩田先輩は西口の商
店街、あなたは米花駅西口の前、そして高井君は西口近くの公園、とたまたまかもしれな
いけど、米花駅かその周辺で電話をしている…。山本さん、あなた園子達にこう言ったそ
うね。『5時ちょっと過ぎに米花駅西口の前で電車を待っていた時に上村先輩のケータイに
電話した』って」
「…それがどうかしたの?」
「…何故あなた、あのことを園子やコナン君に話さなかったの?」
「あのこと、って?」
「…事故のことよ」
「事故?」
「…昨日コナン君が歩美ちゃんから聞いたんだけど、歩美ちゃんのお父さんがあの事件が
あった日、会社の帰りに米花駅西口の前のロータリーで事故があったのを目撃したんです
って」
「…それがどうかしたの?」
「ちょうどそれと同じ頃に岩田先輩は『西口の方で何か騒ぎがあった』と言ってるし、高
井君もそれから10分ほど経った5時10分頃に米花駅前の公園で救急車が通り過ぎるの
を見た、と言ってるわ。…でもね、山本さん。あなたはそんなこと一つも言ってないのよ。
あなた駅の西口で電話したはずでしょ? 何でそのことを覚えてないの?」
「…」
「それにあなたの証言でおかしい所はもう一つあるわ。事故が起きた日、交通規制が敷か
れて30分くらい通行止めだった、って言うのよ。繰り返すけど5時ちょっと過ぎに帰り
のバスから降りて電話した、って言ったわよね。でも岩田先輩は5時ちょっと前からなか
なか帰りのバスが来なかった、って言ってるのよ。…これがどういうことなのかわかるで
しょ? 5時少し前から通行止めになってるはずなのに、何故あなたが5時少し過ぎに米
花駅の西口でバスを降りて先輩に電話できるの?」

 山本典子は蘭の話を聞いていくうちに俯いていった。
 それは自分が犯人だ、ということを言っているようでもあった。
「…山本さん、教えて。私はあなたが私に罪を着せたことに怒ってるんじゃないの。
…なんであなたが上村先輩のことを…」
「…許せなかったんです。先輩が…」
「…許せなかった?」
「…私、先輩と付き合ってたの」
「…上村先輩と? …それっていつからなの?」
「もう1年以上前から…」
「嘘…」
 蘭は思わず呟いた。何故ならばそんな話を一度も聞いたことなかったからである。
「…知るはずないよね。学校のみんなに一度も話したことなかったもの。でも、先輩が部
活を引退してから私たちは付き合うようになったの。私、とても嬉しかった。…でも…で
も…先輩は…、二股かけてたんです」
「二股ですって?」
「…先輩、大学入ってから同じ学部の女子大生と付き合ってたんです。勿論そんなこと私
に話さずに…。勿論私だって知らなかった。でも、私見ちゃったんです」
「…何を?」
「…先輩が女の人と話しながら歩いていたのを。私、とても信じられなかった。でも、あ
の日、思い切って先輩の住んでいるアパートに行って聞いたの。最初は先輩もしらばっく
れてたけど、私が問い詰めると白状したわ。その女子大生と付き合ってたことを。それか
ら私と先輩は言い争いになったわ。でも先輩は『これから会う人がいる』って言って私を
邪険に扱ったのよ。そして私、先輩のことを…」
「…で、なぜ私のことを?」
「…逃げようとしたときに玄関のほうで物音がしたのよ。私はとっさに隠れたわ。そした
ら、毛利さんの声が聞こえたの。そのときひらめいたのよ。毛利さんに罪を着せよう、っ
て。毛利さんも先輩と部活の運営を巡って揉めていたのは私も聞いていたから、毛利さん
にも先輩を殺す動機があるからね。先輩大学の授業に使うから、ってクロロホルムをアパ
ートに置いてあったの知ってたから、それを使って…」

 やがてコナンが通報したのか目暮警部たちがやってきて、山本典子を連行していった。
「…毛利さん」
 山本典子が蘭の方を振り向いた。
「…何?」
「…ごめんなさい、何の関係もないあなたをこんなことに巻き込んで」
 そういうと蘭に向かって笑いかけた。
 そしてパトカーが走り去っていく。
 それを見送るふたり。と、
「…寂しそうだった」
 蘭が呟いた。
「え?」
「山本さん、なんか淋しそうな笑顔だった…」
「…蘭ねーちゃん…」
「私、自分が罪を着せられてしまったことより、友達がこんなことになってしまったこと
の方が悲しいわ…」
 蘭も淋しそうな表情だった。
   *
 夜十二時近く。コナンは眠れずに部屋のドアを開けた。
 今回ほど解決まで長く感じた事件はなかった。無理もない。蘭が殺人容疑で一度は逮捕
されてしまったのだ。
 コナンは「毛利探偵事務所」と書いてあるドアを開ける。誰もいない、かと思ったらソ
ファの上に人影があった。蘭だった。かすかに寝息をたてている。あの後結局、事情聴取
を受けたから、それで疲れて眠ってしまったのだろうか。
 コナンは毛布を持ってくると蘭の体に掛ける。
 何もすることがないので、ラジオのスイッチを入れた。深夜放送のパーソナリティの声
がする。
「それでは次の曲。東京都の青山くんのリクエスト。…アニメの主題歌のリクエスト、っ
てのは珍しいですね。coba&宮沢和史でポケモン劇場版の主題歌『ひとりぼっちじゃ
ない』」
 前奏が始まり、曲が聞こえてきた。


 海に風が 朝に太陽が 必要なのと同じように
 君のことを必要な人が かならず そばにいるよ
 森に水が 夜には光が 必要なのと同じように
 君のいのち こわれないように 誰かが祈っている

 どんなに遠く長い道のりでも いつかたどり着ける
 歩き出さずに立ち止まってしまえば
 夢は消えてゆくだろう

 恐れないで 勇気捨てないで 君はひとりぼっちじゃない
 いつか ふたりで追いかけた星は 今でも 輝いている
 憎しみが 渦巻く未来が 僕らを飲み込んでも
 信じあい 許しあえる心 いつでも なくさないで


 不思議とこの曲が今のコナンにピッタリと合っている気がした。
 コナンは蘭の寝顔を見る。
(…結構可愛い寝顔じゃねえか…。しばらくこのままいてやるか)
「…ん…いち…」
 蘭の声が聞こえた。
「え?」
 コナンは蘭の顔を見る。
「…新一…ありがとう…。助けてくれて…」
 蘭の頬を一筋の涙が伝って落ちる。
「フッ…」
 コナンは含み笑いを浮かべる。
 歌は二コーラス目に入っていた。

 空に月が 花にミツバチが 必要なのと同じように
 君のことを必要な人が かならず そばにいるよ

 どんなに遠く長い坂道でも いつか登りきれる
 歩き出さずに立ち止まってしまえば
 夢は消えてゆくだろう

 恐れないで 勇気捨てないで
 君はひとりぼっちじゃない
 いつか ふたりで駆け抜けた虹は 今でも 輝いている
 争いが絶えない世界に 僕らが迷い込んでも
 愛し合い 分かち合える心 いつでも 忘れないで

     (coba&宮沢和史「ひとりぼっちじゃない」作詞:宮沢和史、作・編曲:coba)

(おわり)


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