NO.4 異変の明日 - PART I

 周辺宇宙域でも最も高度な科学文明を有する惑星、オリヴン。ギャラクシーポリスの宇宙戦艦なども、8割はここで造られている。腕のいい技術者と研究者がそろい、資源も豊かで、街はどこも賑わっていた。
 なかでも最も栄えているのは、首都ベルメハンだ。いくつもの大規模な研究施設が並び、工場も多い。環境システムも高度なもので、自然に害を及ぼすものが大気に排出されることはない。
「とりあえず、簡易チェックでは異常はないな」
 ベルメハンの上空を飛ぶ小型の浮遊ステーション〈リグニオン〉も、研究施設の一種である。地上は人口の過密化が激しく、こういった変わった場所にある施設はひとつではない。そのステーションの影は、地上に闇を落とすこともなく、やはり高度なシステムにより中空を自動運行している。
『自己診断でも異常はありません。セルフモニター自体のチェックもここのシステムで診断済みです』
 白を基調とした広大なゲート内に、美しい声が響く。清潔感漂う内部にいる人間は、ただ2人だった。
「もっとちゃんとしたチェックをするなら、スタッフが帰ってくるまで待つんだな。まあ、たまに帰って来たんだし、ゆっくりしていくといい」
「ありがとう、アスラード博士」
 金属の柵に背をもたれていたキイは、白衣の青年に礼を言った。
 普段、ここでは50人近いスタッフが働いている。しかし、透過モードで青空を映す壁からの光に照らされたラボには、今はこのカート・アスラード博士を含む5、6人程度しか姿が見えない。
「緊急の会議や、事故にあった宇宙船の修理のための協力要請なんかがあってね。申し合わせたかのように、みんないなくなったんだ」
『珍しいこともあるものですね。いつも皆一緒という印象でしたが』 
「まあ、みんなそれぞれ仕事があるからな。こんなこともあるさ。そろうまで2日はあるだろうが、それまでどうする?」
『久々に地上に降りてみてはいかがですか? 私はここで仕事の情報でも集めていますよ』 
 ゼクロスはゼクロスで、この惑星での過ごし方というものがあるのだろう。キイも、久々に行ってみたい場所などはいくつかあった。
「では、降りてみるとしよう。博士、そろそろ昼食の時間でしょう。一緒にどうです」
「喜んで」
 博士はほほ笑み、街のエスコートをかって出た。

『所属不明の武器搭載船が3機、惑星エリエルを襲撃している模様。宇宙海賊と思われる』
 緊迫した空気が、GP――ギャラクシーポリスの本部内のゲートを包んだ。
 アナウンスが流れたとき、本部に付属のレストランや自室でそれぞれ昼食をとっていたロッティ、レオナード、テリッサの3人の刑事たちは、呼び出しを受け、慌てて2番ゲートに向かう。
 しかし、それは徒労に終わった。
 GP司令部は、今回の敵はランキムの手に余ると判断。デザイアズのみに出撃の指令を下した。
「なんか、納得いかない……
「ま、しょうがないさ」
 内心テリッサのことばに同意しつつ、ロッティは肩をすくめた。
『代わりの任務が入っています』
 相変わらず冷静な声で、ランキムはプラットフォームの人間たちに告げた。
「別の任務……?」
 きき返す3人に、ランキムは任務を説明する。
 それは、一種の期待をもって聞いていた人間たちを落胆させる内容だった。

『これで、晴れて自由の身ですね』
 検査が終了すると、ルータはさも嬉しそうに言った。
 長い任務のためシグナ・ステーションを旅立つ予定が延期になり、数日前の事件で一時的に異常をきたしたルータは、エルソンの中央ステーションのドッグでようやく精密検査を終えた。結果はすべて異常なしである。
「一体あれは何だったのか……
 どうしようもないことだと知りつつ、クライン艦長が芸術品と呼ばれる宇宙船を見上げる。
 何が起こったのか、説明できない高度な技術が世の中にはある。それはわかっていた。シグナやキイ、ゼクロスたちは何か知っている……しかし、それは追求してはいけないことのようなので、彼らは何もきかなかった。ただ、ゼクロスに説明されたことがすべてでないことは理解している。
 ルータも、ASという強力なシステムについて知らないわけではない。それにゼクロスが当時近くにいたことから、ASにより何らかの影響を受けていて、ゼクロスが解決してくれたのだろう……と、当の本人は見当をつけている。
『私は何ともありませんよ。明日出発ですし、早く準備に取りかからなければ』
「準備は早いにこしたことはないが、明日出発できるかどうかは微妙だな」
 クラインは渋い顔をした。検査中ネットワークから切り離されていたため充分な情報を得ていないルータは、不思議そうな声でそのことばの意味を尋ねる。それに対し、艦長のとなりに立つノード副長が答えた。
「どうも、宇宙海賊が現れたらしい。襲われたのはエリエルだ。それだけならまだ直接関係がないんだが……
 エリエルは、オリヴンには遠く及ばないものの、工業の盛んな惑星である。しかし、オリヴンとは違い廃棄物処理の面の技術が欠けており、また、自然を守るという精神にも欠けていた。そのため、現在エリエルには緑が少ない。
 近年ようやく自然保護に取り掛かっているが、急に改善できるものではない。そのため、技術提供もしているオリヴンに、産業廃棄物の処理を委託していた。この産業廃棄物がオリヴンの技術者などにとっては魅力的なエネルギー源でもあるので、喜んで引き受けている。
 その、オリヴンにとっては宝の山であるエリエルの廃棄物輸送船が、海賊に狙われているというのだ。
「GPのランキムが護衛に当たっているが、安全確保のため、エルソンの軌道を通りたいらしい。もしかしたらそのことで駆り出されるかもな」
『喜んで』
 ルータは宇宙に出れさえすればそれでいいといった調子だった。積荷を運ぶ部下たちを眺めていたクラインは、予想通りの答に苦笑する。
「まあ、エルソンの周囲で海賊が悪さをするとは思えんが」
『でも、護衛くらいはできるでしょう。テスト飛行しましょうよ~』
 待ちきれない、という調子でただをこねるルータに、クラインは再び苦笑した。

 その日は、キイとゼクロスは別々の休日となった。
 ゼクロスは情報収集の後に、様々な分野の専門家を含む知り合いに連絡を取る。その知人は意外に多い。
 というのも、その知名度も決して低くはないからだ。ASを制作した高度な知能を有する人工知能となれば、関係分野の専門家はこぞって彼の意見を聞きたがる。あとはゼクロス自身に興味を持つ者、それに精神科、映像技術の分野の者、純粋な友人。
『地上は何か変わったことはありますか? 半年ぶりくらいですから、色々あったでしょうね』
「確かにな。毒物を使った事件が2件、それと事故で吹っ飛んだ工場があったな……
 自室のソファーに横になったまま、大学院の生物学教授、クレイズ・オーサーが並べ立てた。
……危険な実験台を逃がしてしまったという事件が2件。これはまだ調査中だが、果たして見つかるかどうか」
 オリヴンは、決して治安の悪いほうではない。しかし各都市とも大都市であるがゆえに、色々な人材が集まってくる。よいものも、悪いものも。
『実験台……獣などではすぐに見つかりますね。虫や細菌の類ですか?』
「そんなとこだ。まあ、飲料水なんかは万能の浄化システムがあるし、今のところ大きな問題にはなっていない。それより、例の子どもたちは元気だったかい」
 クレイズは表情を緩めた。もともと優しい合成音声に、ほほ笑みの気配とでも言うべきものがまぎれる。
『ええ、皆元気でしたよ。あなたも何度か会いに行ってくれたのでしょう?』
 十年前、大きな事故があった。
 ある研究所が爆発し、多くの人々が亡くなった。生き残ったスタッフがアスラード博士ら〈リグニオン〉のスタッフである。
 その事故により、親を失った子どもたちも多かった。子どもたちは施設に入ったが、多くの子どもたちはPTSDの症状を発症し、心の病におかされ、内に閉じこもるようになっていた。なかには、一時的に失語症になった子どももいる。
 それが、5年ほど前、ゼクロスにより心を癒された。子どもたちのなかで年長だった者の一部は、親と同じく研究者となり、〈リグニオン〉の一員に加わっていた。
「まったく、あの時は精神科医たちが驚いたもんだよな。ま、それ以上に面白いのが音声関係だ。どうやってその声を作ったのかってな。せっかくだから、歌手デビューでもしたらどうだい」
『やめてください、恥ずかしい……私がこの声を作ったのではないのです』
「歌がうまいのも誰がプログラムしたのか……とにかく、音楽プロデューサーや事務所は、何とかその声を作るなり、きみに歌わせるなりするのに今でも躍起になってるぜ」
『まあ、私たち映像関係のものがどうやってルータを造ったのかと考えたり、その写真を欲しがるのと似たようなものなんでしょうかね……』 
 ゼクロスは困ったように言う。教授はとりあえずうなずいておいた。
「キイ・マスターはどうしてる? まあ、今夜はホテルに泊まるんだろうな」
 教授は、キイとも面識がある。彼は〈リグニオン〉の研究に加わることもあるのだ。生物学者が必要になることもある。
『たまの休暇です。今日明日くらいゆっくりしていてもいいでしょう……』 
 急ぐ必要は何もない。
 その夜は、ゆっくりと過ぎていった。

 翌日の昼、GP本部は驚くべき情報を得た。
 デザイアズがこちらに帰還中、エリエルから出発した輸送船の残骸を発見したというのだ。ランキムとそのクルーたちが護衛中のはずの輸送船の残骸を。
 本部は情報部に命じ、通信を試みたが、何者かに妨害を受け、ランキム、エルソンともつながらなかった。

『システム、周辺状況、進路、すべて異常なし』
 ランキムがブリッジに乾いた声を響かせた。
 GPナンバーツーの戦艦の2倍はある輸送船が、モニターに映し出されている。深淵の宇宙空間の右手、遠くに惑星エルソンが見えた。
「ゴミの山のお守りとはね……
 後ろでレオナードが文句を言うのを聞きながら、ロッティは珍しく同意したくなった。しかし、何とか溜め息をこらえる。
「仕事は仕事だ。気を抜かずに行こう」
 エルソンは目の前に迫っている。その軌道に乗ればもう任務は終わったも同然だ。任務としてやりがいがなかろうが、安全に終わるなら安全に終わるにこしたことはない。
 そのとき、ランキムが告げた。
『エルソンの宙域で出迎えがあります。ルータです』
 そう長い道のりではない。クライン艦長からの通信を受け取り、モニターにエルソン人の姿が出ると、ロッティは感謝の意を伝えた。
『検査後のテスト飛行も兼ねてのことです。気になさらないでください』
 言って、エルソン人の艦長はほほ笑んだ。
 ランキムとルータはエリエルの廃棄物輸送船を挟み、エルソン宙域をオリヴンに向けて直進していく。ランキムと輸送船が無事ベルメハンの宇宙港に降りたのを見届けた後、ルータはシグナ・ステーションに向かう手はずになっている。
 エルソンの人工衛星に隠れて近づく小さな影があることに、誰も気づくことはできなかった。

 キイ・マスターはアスラード博士とともに〈リグニオン〉に戻った。昨日はなかったいくつかの姿がステーション内に戻ってきている。
「キイ、お久しぶり。元気そうね」
 ゼクロスの機体のそばで待ちかまえていたオペレーターの金髪の女性が、親しげに声をかける。
「ああ、エイシア。そっちも元気そうで何よりだな」
「もちろん、私は……」 
 エイシアが笑顔で応じようとしたそのとき、不意にサイレンが鳴り響いた。
「何ごとだ?」
 アスラードが顔色を変え、大きなモニターを振り返る。その周囲のスタッフたちが答えるまでもなく、画面は宇宙空間の攻防を映し出していた。
『大変です、キイ。オリヴンの周囲で戦闘が行われています』
「それは見ればわかるが……?」 
『敵影は確認できません。砲撃は多方向から行われています。デザイアズ、ランキムの他にルータも巻き込まれている模様です』
 惑星ネットワークでのニュースもあり、輸送船の情報は当然キイたちも承知している。それを狙う宇宙海賊にはAS搭載船が含まれているというウワサがあり、デザイアズの出撃も納得できる話だ。しかし、モニターの映像に肝心の輸送船が映っていない。
『輸送船は自らランキムらを離れ、こちらに向かっています。敵は少なくとも5体はいますね』
「輸送船には爆発物も多いだろう……
 何者かが罠を張っているというなら、と仮定して、博士がぼそっと言う。
「ゼクロス、行こう。調子はどうだい」
『いつでもベストコンディションですよ』
 ゼクロスは喜々として言った。スタッフがゲートの出入り口を開ける。空がのぞく出口の周囲には人工的な空気の層ができており、内外の空気を遮断している。キイは慣れた調子でハッチから機内に入り、ブリッジに駆けつけた。
「では、行って来ますよ、皆さん」
「気をつけてな」
 アスラード博士が笑って手を振る。その後ろでエイシアがコンソールについていた。
「ネットワーク、オンライン。オリヴン警備隊の通信も傍受しましょう。警備隊の戦艦3機が飛び立ちました」
 警備隊にとってもこちらの協力は悪いことではない。こういったことは初めてではないのだ。
 ゼクロスは〈リグニオン〉を介して警備隊の動きも把握しつつ、フォローに動く。大気圏を抜けると機体の周囲をめぐるCSリングを展開。
「ASを持っているというなら、少なくともルータとランキムには手の打ちようがない。幸いそんな気配は今のところ感じないが……
『そうですね。輸送船は遠隔操作されている模様。警備隊が向かっています。高周波ビットを飛ばして船のコンピュータを破壊するつもりのようですね』
 ゼクロスは身動きが取れないであろうルータらのもとへ。
 はるか後方に惑星エルソンをのぞむ宇宙空間に、見馴れた2つの姿がある。半透明な美しい船と、GPの紋章を刻んだ飾り気のない戦艦。
 そして、白を基調とした大型戦艦が、少し離れたところに。
「デザイアズか……
 感情の読み取れない声で、キイはつぶやく。
 そのとき、砲撃がゼクロスの背後に襲いかかった。それはリングに遮られ、機体に触れることなく爆発する。本体には少しの衝撃もない。
 砲撃はデザイアズ、ルータ、ランキムにも同時に襲いかかっていた。デザイアズは砲撃のもとを探り、機首をめぐらす。
『キイ、ASの気配を感知しました。危険です!』 
「ルータとランキムのフォローに回れ」
 デザイアズはAS搭載船である。そちらは放っておいても大丈夫だろうと判断し、ゼクロスはルータとランキムのそばに突進しながらASバリアを展開。その瞬間に、青白い光線が飛来した。
 今度は機体が揺さぶられる。キイは席にしがみついた。
『時間稼ぎですか……キイ、ASで輸送船を操る気のようです』
「急いで戻ろう」
 警備隊が航行システムを停止させたはずの輸送船を無理矢理ASによって操る気なのだろう。ASのない警備隊には輸送船を停止させる方法がない。
 キイはルータとランキムに通信を送った。
 輸送船は撃たれると、砲弾の種類によっては大爆発を起こす可能性がある。オリヴンに近づいたところで輸送船を撃たせるわけにはいかない。そのため、ルータとランキムに砲撃を受け止めてもらおうというのだ。
 クライン艦長とロッティ警部に反論の理由はなかった。砲撃の方向自体は変化していない。その弾道を計算し、幾種類ものバリアを展開したルータとランキムが盾となる。
 そちらを任せてオリヴンのほうへ戻ろうとするゼクロスの前に、白い姿が立ちはだかった。
『また我々の任務に余計な手出しをするつもりか? ここはきみの出る幕じゃない。大人しく引き下がるんだ!』
『そんなことを言っている場合ではないでしょう!』
 デザイアズをかわそうとするゼクロスに、次の瞬間、衝撃が走った。ASでリングを無効化しての、横からの体当たり攻撃。ASによる見えない攻撃を受けたのか、ゼクロスが小さくうめく。
「どういうつもりかな」
 床に転がって受身を取ったキイが天井を見上げ、いつになく険悪に言う。
「ゼクロス、私が誘導する。急がないと地上が危ない」
『そ……そうですね、急ぎましょう』 
 ゼクロスはバリアを張った。キイがゼクロスに代わって舵を取る。デザイアズは、何か殺気のようなものを感じたに違いない。
 キイは去り際、チラリとサブモニターに目をやった。
「今度同じようなことしたら斬るよ……

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