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 キイとアッシュは回線の接触不良箇所を探るためと理由をつけて、建物内を歩き回った。これは、支社長も知っていることである。何も心配することはない。
 それをいいことに、キイとアッシュはあちこちに罠を仕掛けて回った。スイッチひとつで回線を切るもの、煙を吐き出して視界を奪うものなど。
 一方、機械室に残されたレシアとメルティも、すでに罠を完了している。アッシュたちが出て行くのをどこかで確認したあと、すぐに、ローカーソンが入ってくる。やあ、と声をかけながら、後ろで鍵をかけた。
 にらみつけたいのを我慢して、メルティは笑顔で迎えた。
「まあ、社長さん、何か御用で?」
「ああ。きみたちの仕事ぶりを見てみたくてね」
 ローカーソンは笑みを浮かべ、作業をしている2人のもとに歩み寄る。
「さすが、支社長さんなのにこんな作業をご覧になられるとは、熱心ですね。こういうのに興味を持たれているのですか?」
「ああ、興味あるね。でも、きみのほうがもっと興味深い」
 ローカーソンがのぞき込む。レシアは視線を合わせないようにしていた。
 そのとき、不意に、そばの機械から煙が噴き出し、男は驚いて跳び退いた。軽い火傷にうめきながら、視界を奪う煙から逃れようとする。だが、彼の後退するほうには、メルティが金属の棒を手に待っていた。
「くぉのスケベオヤジ!」
 ゴン、と鈍い音がした。ローカーソンは白目をむいて倒れ込む。
「今は、これくらいで許してあげますよ……
「レシアちゃん?」
 冷たい目で足もとにのびている男を見下ろすレシアに、メルティは一瞬ギョッとした。だが、レシアはすぐに顔をあげ、振り返る。
「キイたちに合図しましょう。これで任務完了です」
 サイレンが鳴り響いた。それを合図にキイとアッシュが罠を作動させる。火事が起きたように見せかけ、職員を外に出し、その間に倉庫に跳び込むという作戦だ。
「私が倉庫に行かなければ。あなたは脱出してください」
「気をつけて」
 レシアは支社長の懐から見つけた鍵と暗号カードを手に、メルティを残して機械室を出た。騒ぎが起こっているらしく、ざわめきが聞こえてくる。
 倉庫のほうから走ってきた警備員が、少女を見つけて足を止めた。
「火事だ! 非常口がどこにあるか知ってるか? 早く脱出を」
「私は大丈夫。それより、支社長がどこにいるかわからないそうです、早く探して!」
 実際、今ごろ側近たちが必死にローカーソンを探していることだろう。警備員は急いで、おそらく支社長の執務室へ向かって走り去っていった。
 邪魔者は消え、レシアは1人、倉庫に向かう。
 だが、そのとき、轟音が地面を揺らした。衝撃で思わず床に倒れ込む。
 キイたちが罠を仕掛けているとはいえ、殺傷力のある爆弾など用意していない。それに、その揺れはかなり強力な爆弾が近くで爆発したくらいでなければありえない。一体何が起きたのか――身を起こして視線を上げると、半ば崩れた通路の向こうに、存在するはずのないものが見えた。
 燃えるような赤と鮮やかな銀が目立つ、翼の先端のようなもの。
 そして、ひしゃげて地面に倒れた倉庫への分厚いドアの向こうに、人影が現われる――。
 その正体に思い当たったレシアは、茫然と相手を見つめるしかなかった。
 そこに現れた男は、20代半ばほどの青年だった。頭に派手な赤や青の布を巻きつけ、重そうな、ポケットがたくさんついた上着を着ている。
 彼は、通路にへたり込んでいる少女に気づいたらしい。チラリとそちらを見やると、鋭い表情から一変して笑顔になり、ゆっくりと歩み寄って来る。
「やあ、驚かせてしまったね。大丈夫かい、お嬢さん?」
 言って、手を差し出す。レシアは少し迷ったあと、その手を取った。
「綺麗な子だ……オレはレックス。きみは?」
 上機嫌できく青年に、少女は迷ったように倉庫のほうを見た。その視線に気づき、相手の手を取ったまま、奥にエスコートする。
「なんだ、これが気になるのか? こいつはオレの船、ノルンブレードさ。ASっていう強力な兵器を搭載した、最強の船だ! よかったら、一仕事終えたあと宇宙の散歩と洒落こまねえかい?」
「一仕事……?」
 ノルンブレードは小型宇宙船だった。その姿は、獰猛な怪鳥を思わせる。
 考え込んだ様子で見上げる少女の横で、レックスは口笛を吹いた。
「いい声だ。……ああ、ここの連中、オレたちを縄張りから追い払おうと罠を張ったのさ。首謀者は秘書みてえだけどな。そこの船も、ここの連中の罠に使われたやつだ。ったく、あとで壊してやりてえよ」
 ノルンブレードの向こうを見やり、レシアは絶句した。
 そこには、小型宇宙船が駐機していた。見馴れた姿だ。あまりにも、見馴れた……
 思わず涙が込み上げてくるのをこらえながら、レシアはレックスをにらみつけた。突然のことに、レックスは気圧された様子である。
「本当なのですか!? あなたたちがサリウ支社に協力していたのでは!?」
「ま、まさか! オレたちは連中に攻撃されたんだぜ。それでブレードもダメージを受けて、あいつらの船やGPの連中を叩き潰すのにダミーを使わなけりゃいけないくらいだったんだ。ま、たいした連中じゃなかったけどな」
『キャプテン』
 突然、別のものの声がかかり、レシアは愕然とした。レックスの方は、平然と振り返る。
「なんだ、ブレード?」
『気をつけて。その少女はAS使いです』
 レックスは目を見開いてレシアを見た。少女は後退り、チラリと青の翼の船のほうを見る。
「きみは一体……
 問いかけるレックスから離れ、レシアは走った。あの船のもとに辿り着けさえすれば、あとは無理矢理ASを使ってでも何とかできる。
 床に散ったガレキに気をつけながら、彼女は走った。何を感じたのか、レックスも慌てて追いかける。
 あと少し。あと少しで、その翼に触れる――
 そこで、彼女は転倒した。レックスが後ろから動きを封じる。
「役得、役得」
『ふざけていないで。その娘は絶対に怪しい。……さあ、まずはASを出しなさい。話はそれからです。素直に従わなければ、そこの好色男の好きにさせますよ』
「おいおい……
 言いながら、一応少女を解放する。逃がさないよう、しっかりと手首を捕まえてはいるが。
 レシアは、あと少しで手が届く見馴れた翼を名残惜しそうに見やり、次に、冷たい目で紅の翼をにらんだ。だが、そうしていてもどうにもならない。観念したように溜め息を洩らし、同時に口を開く。
「ASを出すのは不可能ですよ。私の今の本体がASだから。この身体をサーチしてみればわかるでしょう」
 レックスは戸惑ったように自身の船に目をやった。ブレードはすぐに答を出す。
『確かに彼女の言うとおりです。人間ではありません。もともとはコンピュータプログラムです』
「なんだって!? お前と同族かよ!」
 驚愕するレックスの前で、その少女の姿は、白い顔に自嘲めいた笑みを浮かべる。
「わかりましたか? 私は、その船の制御AIです。私たちもあなたたちも、それにGPも、皆騙されていたんですよ!」

 爆音と、窓から見える見覚えのない宇宙船が示す予定外の事態に、キイとアッシュは急いで機械室に向かった。だが、その途中、玄関ホールで、奇妙なものを目撃する。
 30歳前後のスーツに身を包んだ男が、部下たちを指揮していた。
「さあ、シャトルは裏だ、早く積み込め! くそ、倉庫がああならなければ、あの船を使えていたのに」
 慌てた様子の男の横から、一人の女性が不安げに顔を出す。
「本当に支社長を探さなくていいのですか?」
「ああ、すでに脱出したと連絡をいただいた。重要な荷物を運び出すのが私の役目だ。きみたちも早く脱出しろ」
「は、はい」
 キイとアッシュはこれはおかしいと、顔を見合わせる。ローカーソンがすでに脱出できているはずはない。でたらめを言って、支社内の重要な荷物を運び出そうとしているこの男の目的は――。
「アイツは秘書のリスバーグだ。野郎……盗人め!」
 アッシュが駆け寄ろうとしたそのとき、リスバーグは気づいたのか、外に走り出す。警備員たちがそれを守るようにして、出口の前で壁になった。
「どけろ! 盗みの手伝いをする気か!」
「盗みだと!? 馬鹿を言うな、荷物を安全な場所に運ぶという大事な役目を受けておられるのだ!」
「アイツの言うことを鵜呑みにするな、支社長はまだなかにいるんだぞ!」
「嘘を言え!」
 アッシュが警備員と押し問答になっているうちに、キイは左の耳につけたままのイヤリング型通信機に触れた。もし作戦がうまくいっているなら、そろそろ通信ができてもいいはずだ。ただ、作戦がうまくいっていること事態は期待できない。倉庫に海賊船が突っ込んだことは、彼女も把握している。
 だが、思いがけず、久々の合成音声が彼女の耳に届いた。
『お久しぶりのようですね、キイ! この時をどれほど待ち望んだことか!』
「私もだよ、ゼクロス」
 突然の大声にわずかに顔をしかめながら、それでも喜びを声に含ませてキイは応じた。
「海賊がいるんだろう? よく無事だったね」
『ええ、海賊もいますよ。彼らは私やGPがサリウ支社に協力してはめたのだと思っていたようですが、実際には、ここに潜伏している〈スキャナー〉が首謀者で、我々をまとめて出し抜こうとしたのです。社内のシステムを調査しましたが、GPに囮捜査を持ちかけたのもこの会社からです』
……ってことは、あのリスバーグが〈スキャナー〉のリーダーか。狙いはASか? 実際危ういところだったからな」
『あわよくばASを奪おうとしていたのは確かでしょう。そうでなくても、宇宙船の部品はそれなりの値で売れるでしょうね……
 半壊した倉庫のなか、ゼクロスは話しながら機体の状態をチェックしていた。そして、次々と異変に気づく。
『レーザーが使用不能です。光子魚雷の装置が丸ごとありません。重力波発生装置も一部取り外されているようです。どういうことでしょう』
……おそらく外して売るなり載せ替えるなりしたのでしょうね』
 何か不吉な予感を感じている様子で、ブレードが横から答えた。
 キイはその声に驚くこともないが、むしろ、ゼクロスの様子に、ブレードが感じたような不気味さを覚える。
「ゼクロス?」
『許せない。腹が立ってきました』
「まあ、あまり熱くならずに……
『たっぷりとお礼をしてあげましょう……キイ、外に避難することをお勧めしますよ』
 ゼクロスは勝手に通信を切った。そして、ゆっくりと上昇を開始しながら、沈黙するブレードのブリッジに声をかける。その声はあくまでいつも通りに――いや、いつも以上に穏やかで優しく、美しい。
『そこの海賊、怪我をしたくなければ早く脱出したほうがいいですよ』
 ブレードのブリッジで、レックスは驚いたように顔を上げた。声は穏やかで敵意のカケラもないが、それだけに、どこか鬼気迫るものがある。
 気圧されながらも、レックスは倉庫から離れようとするゼクロスに声をかける。
「どうするつもりだ?」
 ゼクロスは、やはり穏やかに、短く応じた。
『ぜんぶ壊す』

「大丈夫か」
 建物の外に脱出したキイたちのもとにウェリスがエアカーで駆けつけた。ホルンが車を降り、キイのとなりまで来て、茫然と立ち尽くす。
 暗い空を背に、見馴れた紺の翼が舞っていた。CSリングを使い、建物を突き崩していく。まるで、砂の山を壊す子どものようだ。
 キイが仕方なさそうに、通信機のスイッチを押す。
「ゼクロス、証拠書類くらい残して置けよ」
『ガレキの中から探してください』
「そんな……
『延焼が防げていいじゃないですか』
 すでに、辺りはだいぶ見晴らしがよくなっている。その、ガレキの山と化した向こうから、2つの大きな飛行物体が飛び出した。ひとつはシャトルで、もうひとつはそれを追いかける、海賊船ノルンブレードだ。
「あいつら……逃げられるぞ! 大丈夫なのか!?」
『そんなに慌てなくても大丈夫ですよ』
 シャトルは空の彼方に向かって急上昇していく。それを追うブレードに、シャトルは魚雷を放った。ブレードはバリアでそれを防ぎ、何事も無かったように追跡を続ける。魚雷はもともとゼクロスに搭載されていたシステムだろう。
 間もなく、建物の解体作業に満足したのか、ゼクロスも上昇を始めた。それと同時に、どうしたことか、シャトルとブレードが停止する。
 疑問を口にする前に、地上の人間たちはその理由を知る。暗い空の向こうから、白い鳥に似た宇宙船が接近して来るのを見つけて。
『支社内のシステムに残っているデータをつけてGPに通報しておいたんです』
 あっと言う間に、シャトルは3機の船に取り囲まれた。何事かと周囲で見上げる人々が目を丸くするなか、それにまぎれ、ホルン教授は苦笑混じりにつぶやく。
「頭に来たAS搭載船が3機……終わったな」

 すべては、支社内のシステム内にあったデータと、シャトルでかろうじて破壊を免れた盗品が物語っていた。暗殺者を雇い、さまざまな惑星を渡り歩いていた強盗団〈スキャナー〉は、証拠の山と怒り狂ったAS搭載船に叩き潰されたのである。
 GPとしては、海賊も逮捕したいところだったろうが、ノルンブレードはシャトルを撃墜したあと、素早く姿を消していた。
『まったく、最悪です! 私の武器システムはほとんど壊滅状態ですよ!』
 コントロールを失ったシャトルを近くの飛行場に誘導し、デザイアズとゼクロスもまた、そこに着陸した。その少し前に連絡を受けていた〈リグニオン〉のスタッフが到着し、損傷を受けたゼクロスのシステムの応急処置に当たっている。
 それを見ながら、キイは座り込んで遅い昼食をとっていた。
「そういうきみも、魚雷をオシャカにしたじゃないか」
 シャトルに搭載されていたゼクロスの魚雷システムは全壊だった。AS搭載船が本気になれば消滅は免れないのだから、一応命を助けられた〈スキャナー〉のメンバーに比べても、割に合わない。
「まあ、帰ったらもっといいのを付けてやるから、そう怒りなさんな」
 武器システムの確認をしながら、技師のマリオンがなだめる。
『早くオリヴンに帰りたいです。疲れました……GPから逃れるのは面倒ですが』
 ゼクロスのとなりには、大きな戦艦が控えている。そちらを見やると、キイは肩をすくめた。
 話を聞いていたのか、GP最強の船デザイアズが声をかけてきた。
『今回の件については私自身も証言者になる。それに証拠もそろっているから、尋問も長くはかからないだろう。問題はそれよりあの海賊だ。海賊のアジトが船の墓場にあるなら、確認して欲しい』
『どうして? それはべつにGPの権限でできることでしょう? ねえキイ、それくらい土地所有者の許可がなくてもできますよね』
「許可なくても囮作戦やってたじゃないか……
『あれは、サリウ支社が許可を取っているはずで……
『そんなの言い訳ですよ!』
『言い訳なんて、そんな』
 収集がつかない会話に、キイはマリオンと顔を見合わせた。キイのほうは、その原因については思い至っている。
「2人とも、船の墓場に行きたくないんだな。ゼクロス、そんな調子じゃホルン教授やメルティを送っていくこともできないぞ。デザイアズも、それじゃあいつになっても海賊を捕まえられないだろうに……情けない」
『そんな! たいしたことないですよ!』
『海賊くらいすぐに捕まえてみせる!』
 馬鹿にされたのに反発するゼクロスとデザイアズのことばに、キイは嬉々とした様子で立ち上がった。
「よし、じゃあ行こうじゃないか。ベンダイン艦長、いいですね?」
『そうだな……
 何を思ったか、デザイアズのブリッジにいる艦長ベンダインは、キイのことばに外部スピーカーから賛成の声を出した。
『艦長! こんな意味のないことには反対です!』
『キイ、私も嫌ですよ! やめてください!』
「2人とも、子どもみたいなこと言わないで。いいから来るんだ」
 キイはゼクロス機内に入り、ブリッジに到着するなり操縦を手動に切り替えた。おそらく、デザイアズのほうも同じ処理を受けただろう。
 まもなく、心配そうなマリオンらを残して、2機の宇宙船は上昇を開始する。
「うまくいけばいいが……

 ハイパーAドライヴを起動し、キイは船をネラウル系に向かわせた。サブモニターで、デザイアズも遅れずついてくるのを確認し、天井を見上げる。
「大人しいね。気分はどうだい?」
 そのことばに、ゼクロスは一呼吸置いて応答した。
『最悪です……元に戻って最初のドライヴがこんなことになるなんて……
「自分で操縦したかったかい? まあ、これが終わったら、きみの好きなところに行こう」
『どこにも行きたくありません。〈リグニオン〉に戻って休みたい。今すぐにです』
「これが終ったらだ」
 キイは深い溜め息を洩らした。そして、サブモニターのもうひとつの船に目をやる。
『わかっているんです……私がしっかりしないと。しかし、恐ろしくて……
……しっかりしなくてもいいから、ただ、あの場所を見るんだ。ほら、あそこだ」
 衛星ミルド上空に浮かぶ、棄てられた宇宙船たち。その間を抜けて、2度の襲撃を受けたあの場所に向かう。その空間に到着すると、キイは機体を停止させた。デザイアズもそのとなりに滑り込む。
『怖い……早くここから離れてください! キイ!』
「待て、待つんだ、ほら」
 メインモニターのなか、闇の中から、見覚えのある船が姿を現わした。円柱状の、人工衛星に似た宇宙船だ。
『嫌です、早く離れて!』
「落ち着け、ゼクロス。あれは海賊が操作しているダミーだ、きみも知っているだろう」
『しかし……!』
 ゼクロスが怯えるそこへ、通信が入った。
『やあ、皆さんおそろいで。来ると思っていたよ……正直、すまなかった』
 宇宙海賊のレックスの声が響く。
『勘違いでひどいことをしてしまった。でも、オレたちだって立場は同じだったってことを覚えといて欲しい。オレたちも攻撃されて、あんたらがサリウ支社と手を組んでるもんだと思ったのさ』
「すべては誤解のせいだね。それぞれが敵だと考えていた……
 キイとゼクロスはともかく、GPとしては、海賊を捕えるのも任務のひとつだろう。しかし、ダミーと知って無駄だと思ったのか、ベンダイン艦長は何も言わないでいる。
『わかってくれてありがとう……では、ごきげんよう。GPはともかく、縁があったらまた会おう。それとゼクロス、もし良かったら今度AS使ってあの姿になって、一緒に食事――』
『交信終了』
 ブレードの素っ気ない声を最後に、通信は途切れた。ダミーの船は、再び深淵の彼方に姿を消していく。
 わずかな間の沈黙のあと、キイがようやく口を開いた。
……なかなか愉快な連中だな」
……そうですね。すべては誤解が生んだことです。まだここから逃げ出したくてたまりませんが、誰も恨むことはありませんよ。少し落ち着きました……
「そうかい? 私はひとつ、納得のいかないことがあるのだけどね」
 と、キイはサブモニターのひとつを目で示す。
 ゼクロスを撃沈したのは、一度目はデザイアズであり、二度目は海賊のダミー船だ。なぜ、デザイアズが攻撃してきたのか。いくらキイとゼクロスがGP上層部に疎まれているとはいえ、そこまでする理由はないはずだ。
『いいんです、そのことは。私は、デザイアズが庇ってくれたのだと思います』
「そうかな? 本人に確かめなくてもいいのかい?」
 訝しげなキイのことばにも、ゼクロスは調子を変えずに応じた。
『いいのです。私はそう信じたい。それに、今の様子を見ていると、そう思います……キイ、通信が入っています』
 キイが、ああ、と答えると、メインモニターの映像が切り替わった。ベンダインを初めとするデザイアズのクルーが映し出される。
『キイ、きみにはかなわないな。世話になった』
……どういう風の吹き回しですか」
『本心だよ。私も、本当にすまないことをしたと思う。任務にばかり気を取られて、大切にしないといけない何かを忘れていたと思う』
 悪びれずに言ってのけるキイに、ベンダインは苦笑混じりに言った。どうやら演技ではないらしい……演技をする理由もないが。
……あなたみたいなのは、いずれGPを追い出されますよ」
『おいおい……。それより、デザイアズも、何か言うことがあるんじゃないか?』
 と、ベンダインは天井を見上げる。デザイアズはためらいがちに声をあげた。
……ありがとう、キイ、ゼクロス。それに、すまなかった』
 やけにしおらしい――と、キイがからかおうと口を開く前に、ゼクロスがことばをはさんだ。
『いいんですそんなことは。それより、大丈夫ですか? もうここにいても何ともないですか?』
 やけに嬉々としてきくゼクロスの様子にその狙いを読み取り、キイはぎょっとした。
「ゼ、ゼクロス……ついにデザイアズまでオトそうと……
『うるさいですよキイ。カウンセラーとして当然の処置です』
「〈リグニオン〉に帰るぞ、休みたいんだろう」
『何言ってるんですか! 好きなところに行くって言ったでしょう? ちゃんと録音しましたからね!』
 すっかり平気になったらしいゼクロスの調子に、キイは頭を掻いた。
「まったく……きみだって、どこまで本気かわからんよ」



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