ルミルは白一色だった。
ゼクロスはルミルの軌道上を周回しながら、探査艇を大気圏下に送り込む。追跡中の船は一定の距離を開けて停止している。
探査艇が転送した映像には、一面の雪景色が映っていた。風は弱く、HR基地にも光を注ぐ恒星の熱と明るさで、気温もある程度に保たれている。
「これなら、地上に降りても大丈夫そうだな」
『しかし、肝心の街が見当たりません。雪と氷に埋もれてしまっている模様です。あなたがスコップで掘り起こすならそれでもよいでしょうが』
「いーや。雪かきは御免だね。でも、金庫を探すのには降りなければいけないだろう」
苦笑して、キイは読み終えた本をコンソールの上に置く。チラリとサブモニターに目をやると、席に座り直した。
「掘るのは任せるよ。まずは降下」
『了解』
探査艇をルミルの大気圏内に待たせたまま、紺の翼は白の惑星に降りて行く。それに合わせて追跡している船も動き出したのを、キイは確認していた。
ルミルの緩やかに波を描く雪原を眼下に、数百メートルの高度を取って制止する。
ゼクロスは、街が埋もれた一角を四角く切り取るようにレーザーを放った。雪と氷の壁が蒸発し、白い蒸気が吹き上がる。
そうして、次に地上すれすれまで降下して、CSリングを傾ける。リングが地上に叩きつけられ、雪と氷の破片が飛び散り、ひびの入った氷の向こうに、家が見えた。
空気の塊をぶつけてさらに氷を砕き、重力波で残った破片を吸い上げると、探査艇の精密レーザーで通路を作り出し始める。すでに準備が整ったと見て、キイはブリッジを出、側部ハッチのそばにある狭い一室に並ぶ各種装備から、耐寒機能に優れた特殊作業スーツを選びだす。外観の色は変更できるが、今は雪景色に溶け込みそうな白である。
さすがにベレー帽は取ってそれを装着すると、彼女はハッチの前に立つ。
ゼクロスは作業中の四角い穴のそばに着陸し、ハッチを開けた。キイはラダーが降りるのを待たずに、雪の上に飛び降りる。
『例の船はどうかね?』
穴のほうへと歩きながら、キイはスーツのヘルメット内に付属している通信機で連絡を取る。
『こちらに向かっています。いよいよご対面ですね』
『一体何の用かねえ』
『戦艦のようです……所属も識別できません。まさか、海賊とか……』
かつて、宇宙海賊が全盛を迎えていた時代が存在した。しかし、海賊の標的となる船の防衛機能が高度になり、GP――ギャラクシーポリスの設立や、航宙管理センターによる船の航路管理など監視体制が強化されるにつれ、『割に合わない仕事』になっている。今や、いくつかのグループを残すだけとなり、その存在は半ば化石化していた。
しかし、中には強力な力を持つ神出鬼没の一匹狼や、半ば社会に適応し、事故に見せかけて海賊行為を行うグループもあるという。
『平和的なクルーだと楽だけどな』
キイは穴のふちに立つと、下に飛び降りた。スーツは激しい運動の助けになるようにも設計されており、よほどのことがなければ筋肉を痛めることも無い。
閉ざされたドアに近づくと、探査艇が横に退ける。ドアはスライド式で、機能が完全に壊れていると知ると、彼女は探査艇に場所を譲った。探査艇は細いレーザーを放ち、ドアを長方形に切り抜いていく。
切り抜かれたラインが端を結び、板がガンという音をたてて内側に落ちる。内部は放置された時のままのようだ。
『キイ、船が大気圏に突入しました』
『そうか。早めに済まそう』
ゼクロスの緊張した声に答えて、キイは家の中に入った。中の図面は、地図に描かれている。それを思い出しながら、彼女はリビングを横切って奥に向かう。
右手側の奥にはキッチンが見えた。キッチンの床には、保存食の缶詰の缶が散乱している。キイは左手側、廊下に並ぶドアの手前側、寝室に向かう。
ドアを開けると、ベッドが並んでいた。
『キイ、レーザーで狙われています』
『バリア展開』
反射的に言いながら、キイは床に膝をついた。
叩きつけるような揺れが襲う。天井がギシギシと音を立てた。
とはいえ、それだけである。ゼクロスが穴の上空に移動してバリアを展開し、やり過ごしたのだろう。
『被害は?』
『ありません。ただ、船から誰かが降りて来ます。パーソナルシールドを展開しながらパラシュートでこちらに……信じられない』
相手方は、ゼクロスが人工知能搭載船とは知らないのだろう。船内に侵入してクルーの自由を奪えばかたがつくと考えているらしい。
『今のうちに目的を果たしてください。相手方があなたのほうへ行くと厄介です。ちなみに事態はGPに通報済みです』
『お疲れさま』
ベッドふたつの間を抜け、小さな花瓶が載せられた棚の引き戸を開ける。
そこに、目的の物が収まっていた。
『やっぱりここだったか。結構重いな……思い出だけに、ってか』
『そんなこと言ってる場合じゃないでしょ』
ゼクロスのあきれた声に、爆音が重なった。金庫を落としそうになったキイは、足に落としては大変だと、しっかりとそれを抱えた。
『レーザーでハッチの結合部を焼ききろうとしています。振り落とすわけにもいきませんし、一旦入れてしまいましょうか』
『ああ、任せる』
言って、急いで外に出る。
ドアの外側では、探査艇が待っていた。キイはほっと一息入れて、探査艇の積載部のカバーを開き、金庫を入れる。
ゼクロスの陰になっているので、周囲は暗かった。
『海賊と思われる男3名が侵入。各部屋ロック済み。キイ、船が降りて来ます、退避してください』
キイは慌てて屋内に戻る。海賊船は乱暴に着陸したらしく、ドスンという音がした。揺れで、四角い穴のふちが崩れる。
揺れが収まると、キイはすぐに、穴のふちをつかんで身体を持ち上げ、戦艦を観察する。
雪の中では非常に目立つ、黒光りする船だった。その船の横手から、スーツを着込んだ体格のいい男が2人、機材や武器らしきものを手に近づいて来る。
『ゼクロス、そっちはどうだ?』
家のなかに入り、どうしたものかと考えながら、声をかける。
『貨物室に誘導中です。また、あちらの船のシステムを解析しています。クルーは5人で全員のようですね。そちらの2人はあなたが何とかしてください』
『了解』
麻痺銃をベストの裏ポケットに入れたままにしていたのを後悔しながら、彼女は建物内を見回した。
男たちは穴のなかに飛び込んだらしかった。ドスンという音に、足音が続く。
『さー、そろそろあいつらが上手くやってる頃だろう。こっちも今のうちに進めちまおうぜ』
『こっちはあまり金目のモンは期待できねえかもな。それにしても、あの船だけで大儲けだ。まったく、こんなとこに単独で来る無用心なヤツもいるもんだな』
ことばを掛け合い、男たちは笑う。すでに仕事は成功したというつもりらしい。
だが、家のすぐ前まで来ると、男の一方が緊張した声を出す。
『気をつけろよ。なかに誰かいるらしいからな』
そのことばに、野太い声が笑いながら答えた。
『わかってる。こっちは無用心じゃねえ』
ドアの穴から、勢いよく、重そうな銃器が室内に突っ込まれた。続けて、男が足を入れる。
途端、彼は足をすくわれ、バランスを崩した。
『くそっ!』
足元にしかれていた板が引っ張られたのだと気づき、男は素早く銃口を向ける。しかし、そちらに人の姿は無い。ただ、板の下に置かれていたらしい、錆びた缶詰の缶がふたつ、カラコロと音をたてて転がっていく。
目を丸くした男の上に、一瞬、影が重なる。
『ぐっ』
くぐもった声を上げる男のみぞおちに膝を埋め、キイは横に転がる。ドアの外で銃口を向ける別の男に向かい、うめく男の首を締め上げて盾にした。
外の男はトリガーに指をかけたものの、撃てずに当惑の目を向ける。
『何してる、撃て! それがオレたちのならわしだろ! 怪我するくらいなんでもねえ、こっちは2人だ』
キイは、わめく男の首をしめる腕に力を込める。
しかし、その間に、外の男は意志を決めたらしかった。トリガーを押さえる人差し指に、徐々に力が込められ――
何か暗い銀色のものが、ドアの前を横切った。衝突音とともに、外の男は吹っ飛ばされる。
『こちらも2人なもので』
ゼクロスの声が流れる前に、キイは横切ったものの正体が探査艇であることを理解していた。
『なかなか見上げた海賊根性だったよ、おじさん』
笑ってそう言うと、キイは男の後頭部を膝で蹴り上げ、気絶させる。
『首尾はどうだい?』
『3人は貨物室内の冷凍庫内です。それと、GP船が軌道上に到着したようですよ』
『お早いお着きで』
GPの刑事たちが運ぶだろうと考え、キイは男を残したまま家の外に出た。
見上げると、GPの印章を刻んだ白い機体が降下してくるところだった。
サーニンに戻ると、キイはゼクロスにサーニン内ネットワークを利用してパメラと連絡をつけてもらい、レストラン〈光の海〉で落ち合った。金庫を抱えたキイが着いた時、少女は前と同じ席で、期待と不安の表情で待ちわびているようだった。
キイが席に着くと、彼女は早速口を開く。
「あの……ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」
「いやいや。大したことはしてませんよ」
金庫をテーブルの上に置き、キイはふっと笑う。
パメラは簡単に金庫のロックを外し、上蓋を持ち上げた。
そこには、アルバムらしい大きな本と、何着かのベビー服、色あせかけた額縁入りの写真が入っている。
しばらくそれに見入っていた彼女は、気がついたように顔を上げた。
「それで、その、どうでした? その、これを見つけるのは大変でした?」
彼女が気にしているのは、依頼料のことだろう。
キイは笑みを浮かべ、首を振った。
「簡単でした。臨時収入もありましたし、今日はクリスマスイヴでしょう。依頼料は結構です」
「え……」
パメラは目を丸くした。
しかし、キイのことばの意味を理解するなり、勢いよく頭を下げる。
「ありがとうございます! 本当に……」
「いえいえ」
臨時収入があったというのは本当だった。GPからの、海賊逮捕に貢献したための報奨金である。それも、お世辞にも大きな額と言えるものではないが。
何度も礼を言った後、パメラは周囲の客の視線に気づいて、赤面して座り直した。
「そうだ、キイさん……今日と明日、夕方からパーティーがあるんです。衣装も無料で貸してくれるし、お礼とも言えませんが……一緒に行きませんか?」
「パーティー、か」
キイは、わずかに左を向く。
「さて、どうしようか」
『よいのではないですか? クリスマスプレゼントがもらえるようですよ』
「だそうです」
通信機から流れてきた美しい声にあっけにとられていたパメラは、何度もうなずいた。
少し間を置いて、ゼクロスが付け足す。
『いいですね、プレゼントをもらえて。私には何もない』
つまらなそうなことばに、キイとパメラは顔を見合わせて笑った。
パーティー会場は、中心部にある大広間だった。クリスマスツリーが運び込まれ、飾り付けられた内部には、様々な料理が並べられたテーブルが壁に沿って置かれている。
このパーティーは、地球のある地方の貴族の宴を再現しているという。参加者は正装し、何かひとつ、プレゼントを用意して行く決まりになっている。プレゼントは花の一輪でいいとパメラに言われたが、キイは一旦ゼクロス機内に戻って、詩集を綺麗に包んで持ってきた。
近くの更衣室を出て会場に現れたキイの姿をサーニンのシステムを通して認め、ゼクロスは気の抜けた声を出す。
『どちらさまですか……?』
キイは、イヤリングからの声にわずかに口もとをほころばせる。
彼女は黒いシックなドレスを身につけていた。いつもベレー帽のなかにまとめられた長い黒髪は背に流され、腰の辺りで揺れている。黒に、白い肌と、銀の十字架のネックレスが目立った。いつもの少年のような姿とは正反対の雰囲気をまとっている。
彼女とともに現われたパメラは、逆に白いドレスだった。長い金髪は団子状にまとめられ、清楚可憐な美しさを表現している。
すでに、多くの参加者が食事やダンスを始めている。
簡単な仕組みだが、プレゼントは一度サンタクロースの紛争をした者に預けられ、後で適当に配られることになっている。キイはプレゼントを預けると、いくつかのダンスの誘いを断りながら、テーブルに近づいて料理を取り始める。
『キイはやっぱり、花より団子ですねえ……』
「どんな格好でもお腹は減るしね」
自分の皿の上にフライドチキンを載せながら、キイは当然のように言う。
ひと通り取り揃えると、彼女はパメラのほうを見た。パメラもキイと同じく誘いを断り、隅で固まっているあるグループに近づく。そのなかの、一組の男女が彼女を迎えていた。おそらく、パメラの両親だろう。
パメラは、例のアルバムを両親に差し出す。取り戻せないはずの記憶と再開し、両親は目を丸くし、やがて笑みを浮かべてそれを受け取った。
『あれがクリスマスプレゼントだったのですね』
「そういうこと」
アルバムを開いて談笑する一家を眺めながら、キイはうなずいた。
一機の船が、サーニンを離れていく。
遠くサーニンの行く手には、岩の塊のような惑星にある基地が見える。そこを出発した後には、行く手に未知の場所しか残されていない。それでも、故郷の記憶は住人たちの中から忘れられるわけではなかった。
『楽しそうでしたね、皆。あれなら、気が滅入ることもないでしょう』
ゼクロスはサーニンと逆の方向へ進路を向け、航行していた。すでに、クラゲに似た航宙機は背後を映すサブモニターのひとつからも消えている。
『あなたも、よかったですねえ、プレゼントをもらえて』
羨ましそうな声に、キイは苦笑した。
そして、もらった箱を開け始める。手のひらに載るサイズの箱で、白い包装紙に包まれ、青いリボンがついていた。
『アクセサリーとかでしょうか?』
キイが箱を開き、取り出したのは、小さな猫の置物だった。
『かわいい~。でも、どうして小判を持ってるんです?』
「猫に小判、と言うだろう。ゼクロス、アカシックレコードを読んでたんじゃないのか」
『そんなところまで読んでませんよー。何なんです?』
嬉しそうな、期待のこもった声にキイは苦笑し、立ち上がって置物を棚に飾る。
「これは、お客さんをたくさん呼び込もうって願いが託された置物だよ。招き猫ってやつさ」
『なるほど』
と、ゼクロスはひとしきり感心した後、
『お客さんがたくさん来ても、依頼料がたくさん入るとは限りませんけどね』
「まあなー」
声を低くして言うのに、キイも同意して、小さく笑った。
FIN.
TOP>ムーンピラーズ■ << | >>