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新しい軌跡
「せんせい、あたしも行くー! 置いてかないでー!」
ミアは必死に、ドアを叩いた。それを壊してしまえば先生と一緒に旅に出ることができると思い、思い切り叩いた。
しかし、まだ十歳にも満たない少女の小さな手は、ドアを壊すどころか、赤く腫れるばかりである。
「ミア、やめておくれ、怪我をしちゃう。先生も、きっといつか帰ってくるから」
宿屋の女将のことばに、嘘だ、とミアは思う。
先生は、旅が好きなのだ。本当なら、身寄りを失いさまよっていたミアを引き取ったりせずに、もっと早く旅に出たかったのだ。そうせずに三年間、一緒に過ごしてくれたことは感謝しているが、置いて旅に出てしまったことは本当に恨めしかった。
一緒に過ごす間、先生は旅先での話、旅で役に立つ知識などを、色々と教えてくれた。それを聞いているうちに、ミアも、先生に負けないほど旅が好きになっていた。
『いつか、あたしも旅に出たい』
そう言った少女に、先生は優しい目を向けて、
『そのときは、これがきっと役に立つよ』
と、地図をプレゼントしてくれた。
その地図を眺めながら、何度、先生と一緒にあちこちを旅する自分を想像しただろうか。
「旅は危険なんだよ。きっと、あの人もミアに安全なところで暮らしてほしいのさ」
数年間のミアの分の宿泊費を受け取っている女将は、なだめるようにそう言う。
ミアは地図を抱きしめ、心の中で、安全なんていらない、と叫んでいた。
五年の月日が流れ、少女は、長く働き、世話になった宿の女将に別れを告げた。女将は止めたそうにしていたが、ミアが一度言い出したことはどうやっても変えない頑固者だと知っていたので、弁当を持たせて送り出した。
「さて、まずはこの村かな」
広げたのは、先生にもらった地図だ。何度も広げたので少しくたびれているが、地図としての用を成すのに問題はない。
「水と食糧を調達しないといけない距離だ。ほかの選択肢はないね」
旅の知識は、先生に教えられ、あるいは先生が残していった本などから充分たくわえている。
ミアは旅をしながら、先生の足取りを追った。
「ああ、その人なら、だいぶ昔に来たよ。アマナの町に行くっていってたよ」
だいぶ昔のことだが、先生は必ず誰かに行き先を告げてから去って行くらしく、あとを追うには苦労しなかった。たまに遠回りをすることになるが、それでもしばらく情報を集めてると、次の行き先に辿り着く。
ミアは旅をしながら、道順を地図に書き入れていった。
先生の行方を追ううちに、さらに数年の月日が流れる。少女は、もはや熟練の旅人となっていた。
しかし、やがて、砂漠の町で、先生の手がかりは途切れた。
「やっぱり駄目か〜……」
髪が汚れるのもかまわず、ミアは砂漠に大の字に寝転んだ。
どんなに先を急いでも、先生とミアの間には、旅立ちに五年という大きな壁が立ち塞がっている。広い世界で自由に旅をする一人の人間を捜すのが困難だということは、彼女も最初から覚悟していた。
それでも旅を続けるのは、それが楽しいからだった。急ぐ理由がなければ、もっとじっくり、旅を楽しめただろう。
早く、見つけないと。
今まで行ったことのない町を捜そうと、だいぶボロボロになった地図を広げる。
「あ」
地図が逆さまになっていた。
そこに、少しはみ出した線があるものの、文字列が浮いている。
『ここから先は、きみ自身の足で描きなさい』
地図に浮いた文章をさっぱりした気分で眺めながら、少女はようやく面白いいたずらに気がついたような表情で、しばらくの間、声を上げて笑っていた。
※モノカキさんに30のお題「きせき」回答