#DOWN
決意 ―背神者たちの〈追走〉― (2)
「森で出会ったのは、偶然じゃない。あなたは、吸血コウモリが飛んできた方向にいたわ。それも、すぐ近くに」
「システムの異状もあります。わたしには、見えなかったのかもしれませんよ」
「戦いの物音くらい、聞こえたはず。あなた、あたしたちに何をさせたいの?」
ようやく振り向き、彼女は問うた。
「目的は、説明した通りですよ」
不思議そうに二人を眺めるステラのとなりで、かすかな苦笑を浮かべ、ローブ姿のハンターは穏やかに応じた。相手の疑問から、逃げも隠れもしないというかのように。
「ただ、あなたたちについて、いくつか確かめたいことがあるだけですよ。あなただって、裏表がないわけではないでしょう」
わずかに目を細める彼の前で、〈銀の妖精〉は、一瞬表情を変えた。
「あなた、まさか……」
少女の問いかけが、歌声に消され、途切れる。
次の曲が始まったらしい。ギターの音が声に続いて響き始め、郷愁を誘うメロディーを紡いでいく。
「あたしも、確かめさせてもらうわ」
近づいてくるウェーターを見ながらつぶやいた、己の耳にも届かないリルのことばが伝わったのか。
シータはほほ笑み、小さくうなずいた。
彼らの間に漂う、かすかな緊張を含んだ雰囲気に気づいた様子もなく、ワールドのプログラムの一部であるウェーターが、注文した料理をテーブルに並べた。青年は軽く会釈して、カウンターの奥の厨房に消えていく。
入れ替わりに、クレオが戻って来た。
「このショーが続いてるうちは情報集もできなそうだし、とりあえず食べてようか」
「いただきます」
ステージから目を離さず、リルはスプーンで、とても人が口にするものとは思われないほど赤黒いカレーをかき回した。
その様子に気づいたクレオが、ムッとしたようにステージを振り向く。
吟遊詩人の青年が、ギターを弾きながら歌声を響かせていた。美しくも物悲しい旋律に聞きほれ、人々はじっと彼に見とれている。
その姿を見ていると、クレオは、とうに忘れ去ったはずの、幼き日の両親の笑顔を見たような気がした。今の彼が見ることのない、世界が希望に満ちていると思っていたころの、父と母の面影だ。
そんなはずはない――そう思い、目をこする。だが、胸にこみ上げてくる奇妙な懐かしさは、気のせいではない。
何かがおかしい。
まるで、うたたねに入る瞬間のような感覚に襲われた途端、少年の心の一部が警告を発した。それが、精神撹乱系の魔法をかけられた時の感覚に似ている、と。
「ちょっと……みんな、なんともない?」
自分の頬をつねって正気を保つクレオを、シータとステラが不思議そうに見る。リルも、カレーを口に運びながら、視線を戻す。
「何のこと?」
キョトンとしたように言われ、クレオはことばに詰まる。
「ええっと……いや、その……つまり、魔法的なものを感じないかと……」
「そういえば、周囲の人々の様子が変ですね」
話しているうちに自信を失いつつあった少年に、シータが同意した。
他の客のうちのほとんどは、彼らと同じく、ワールドに参加しているプレイヤーが扮する冒険者だ。その、レベルもクラスも様々な者たちの多くが、ステージ上から目を離せないでいる。
「確かに、怪しいと思う。でも、魔力は感じないし……」
クラスの技能を使ってもっとよく調べてみよう、と、彼女が目を凝らすと、丁度、最後の弦が弾かれたところだった。
青年は今度は帽子を取らず、頭を下げる。途端に、拍手と歓声が店内を満たした。
客席の一角から口笛が響き、ステージを降りる詩人が手にしたカゴに、次々と金貨が入れられる。まだ拍手が鳴り止まない中、彼はテーブルの間を歩き回った。
「お兄ちゃん、上手いね。名前はなんてぇんだい?」
おひねりを渡しながら、ベテラン風の女剣士が声をかけた。
クレオらのテーブルの、となりのテーブルだった。四人の少年少女は、手を止めて耳をそばだてる。
それに気づいているのか、いないのか。
「オレは、キダム。さすらいの吟遊詩人ってところさ。またどっかで会ったら、ひいきにしてくれよ」
「もちろん、こっちから追いかけたいくらいさ」
気さくに相手とことばを交わして、キダムという名らしい男は、慌てて料理を食べるのを再開する四人のテーブルに近づいてくる。
金貨を用意しているリルの前で、キダムが足を止めた。そばにいてさえも、その目は、帽子のつばに隠れて見えない。
「いい歌だったわ」
言って、少女は金貨をカゴに放る。
リルがそれ以上干渉しない様子なので、同じく金貨をカゴに入れながら、クレオが相手の進行方向を遮るように身をのり出した。
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