#DOWN
異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(14)
「でも、オレたちはどうしても、アガクの塔に行かなきゃならないんだ。あそこで、友だちが閉じ込められてるから」
クレオが、時折見せる真剣な目をして言う。
危険を承知の上で、友だちを助けたい。止めても無駄と思わせる迷いのない視線を真っ向から受け止めて、シータはほほ笑む。
「どんな強力な魔物が出るかわかりませんよ。近くでファイヤードラゴンを見かけた者もいるそうです……それでも行くんですね」
ファイヤードラゴンは、まだ数組のパーティーしか倒したことのない、強力な魔物のうちの一体だった。最低でも、レベル三〇以上が四人は必要と言われている。ドラゴンを倒した者にはドラゴンスレイヤーの称号が与えられ、他の冒険者の間でも一目置かれるようになる。
いくらベテランプレイヤーでも、倒せるとは限らない相手だった。
それは、クレオも充分理解している。それでも、彼は怯まない。
ただ、彼は少女たちを振り返る。
「リルちゃん、ルチルちゃん、ステラちゃん……成り行きでここまでついて来てもらったけど、嫌なら、止めてもいいんだよ?」
仮想現実のワールドでの死は、あくまでゲームとしての死であり、そうでなくても、仮想現実は安全だ。五年間で、死者は初期に事故死したとされる女性プログラマー一名だけとされていた。
しかし、今はどこまで参加者の安全を守る機能が活きているかわからない。
真剣な目で自分たちの目を直視され、三人は、一瞬息をのむような様子を見せる。だが、すぐにルチルが肘打ちを飛ばした。
「な〜に今更カッコつけてんのよ。ここまで来て、止められるわけないじゃない。あたしたちがいなくなったら、ますます生きて帰るのが難しくなるだろうにさ」
的確にみぞおちを突かれて悶絶する少年剣士をよそに、彼女は仕方なさそうに腕を組む。
「そうね。ヒマ潰しにもなるし」
リルも同意し、彼女が押す車椅子の上のステラも笑顔で、大きくうなずく。
皆、何の関係もないはずのクレオを、疑うことなく協力するつもりなのだ。それを再確認すると、肘打ちの痛みだけが理由ではなく、少年剣士の目に涙がにじんでくる。
その光景を眺めていたシータは、小さく肩をすくめた。あきれているようでもあるが、顔には、温もりを感じさせるほほ笑みが浮かんでいる。
「実は、わたしもあの塔をめざしています」
「今思いついたんじゃなくて?」
リルの即座のことばに、シータは一瞬手にしたカップを落としかけた。
「違います! あの塔には、わたしが会いたい人物もいるのです。町で会うはずが、どこにもいない……ということは、あの塔しかありません」
「へえ……」
クレオの中で、一人でも多く一緒に行ってくれるなら心強い、という期待と同時に、不信感と警戒が頭をもたげてくる。
「それで、あんた、強いのかい?」
答える代わりに、シータは自分のデータを表示させた。
名称シータ・T、クラス・ハンター、レベル四二。
数えるほどしかいないレベル四〇越えのステータスを目にして、クレオはことばを失った。戦力的には、文句のつけようもない。パーティーの安全を考えれば、のどから手が出るほど欲しい人材と言える。
「ハンター……遠距離攻撃を得意とする盗賊系の上位職か。魔法も使えるみたいだし、悪くないわね」
宙に浮かぶデータ画面を覗き込み、リルは淡々と分析する。
クラスチェンジの前に獲得した魔法や技能は、習得率一〇〇パーセントという条件を満たせば、別のクラスでも使うことが出来る。シータはどうやら、僧侶系のクラスも魔術師系のクラスも経験しているらしい。
「ま……そういうことなら……」
「皆さん、よろしくお願いします」
誰も、シータがパーティーに加わることに反対しない。
それを確かめ、クレオが渋々を装ってうなずくと、高レベルハンターは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
間もなく、新しい仲間を加えた一行は北上を再会する。ルチルの地理感覚では、町はすぐそばだった。
緑の葉の間から透かし見える太陽が、傾き始めている。時間の経過は、現実よりもやや速めに設定されていた。夜は昼間より魔物が活発に動くので、多くの冒険者は、夜に出歩くことはない。野宿の場合、見張りを立てて警戒する必要があった。
幸い、地理には異状が起きておらず、予想通りの地点で森を抜ける。
心地よい風の駆け抜ける草原が広がり、城壁に囲まれた街並みが見える。その向こうには、茶色い石造りの塔がそびえていた。
「やれやれ、ここまで来ればもう一息ですね」
最後尾で木々の間を抜けたシータが、油断なく背後を気にしながら肩をすくめる。先頭のほうは、相変わらずルチルが警戒を続けていた。
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