#DOWN

語る人形たちの宴(1)

 普段以上に暗い森に、黒雲が影を落としていた。強い風が木々を揺らし、ギギギ、と、しわがれた笑い声のような、不気味な音をたてる。風はさらに厚い雲を森の上空に召喚し続けていて、大粒の雨が大地を叩き始めるのも時間の問題だった。
 そんな天候の中、風で折れそうなくらいに幹が反った木々の間を、小柄な旅人が歩いていた。長い黒髪と、特殊な繊維でできているらしいマントが激しくなびく。風体からして魔術師らしい、黒ずくめの少女だった。
 彼女は闇色の瞳を上げ、高い木々に隠れるようにして建っている屋敷を見た。ずいぶんと古びた、暗い雰囲気をまとった屋敷だった。
(何か、幽霊でも出そうな雰囲気だね)
 少し高い、少年らしい声が響いた。少女の周囲には人の姿はない。
「誰も住んでいないようだしねえ。まあ、それは入ってみてのお楽しみ」
 少女は、声に出さずに答える。遠くにいる相手と会話する魔法、〈テレパシー〉を使っているらしい。少年が屋敷を見ているということは、映像を転送する〈ビジョン〉の魔法も併用しているのだろう。
(セティア。村で聞いた話だと、大昔に魔術師が住んでいたんだろう? 何か感じないか?)
 頭のなかに響く声に答えるように、セティアと呼ばれた少女はもう一度屋敷に目をやった。木と茂みで入り組んだ獣道から出て、彼女は玄関のそばまで来ている。
 二階を見上げると、部屋の一つの窓で慌てたようにカーテンが動いたのが見えた気がした。
(誰かいるのかな)
「魔力は、いたるところから感じるけども。ヒトの気配はないね」
 軽く肩をすくめると、彼女は玄関に向かった。一応ノッカーを使うが、反応がないので、勝手に両開きの扉を開ける。〈ロック〉の魔法も、鍵もかかっていなかった。
 古びた、豪奢な造りの屋敷だった。高い天井に、蜘蛛の巣にまみれたシャンデリアが吊るされている。
 慎重に辺りを見回しながら、セティアは奥に向かった。
(村の人の話だと、屋根裏だったよね)
 ここに一番近い、名も無き村で、セティアはこの屋敷についての詳しい情報を得ていた。かつてここに住んでいた魔術師がしもべとしていた使い魔が、今もここに住み、主人が帰ってくるのを待ち続けているという。好奇心から、それが本当かどうか確かめるため、森を抜けるついでに屋敷に寄ることにしたのだった。
 魔力は、上から感じる。セティアは、二階へ続く木製の階段に足をかけた。埃が舞わないよう、ゆっくりと足を運ぶ。ギシギシという音がなった。
(腐ってて抜け落ちたら嫌だね)
 手すりを右手でなぞりながら、女魔術師は溜め息を洩らした。
「落ちる前に飛ぶさ。翼はなくても大丈夫」
(翼があっても、うらやましいね。ボクはここから出られないから、あの空のほんの片隅もボクの物にはならないってわけだ)
「その代わり、色々な秘密をのぞけるじゃないか。かつて魔術師が住んでいた屋敷の秘密とかさ」
 階段を渡りきって、薄暗い廊下の向こうにあるドアに目をやる。そこに何かが潜んでいる――強力な魔力を持つ者が――それが、セティアには感じられた。
 彼女は腰に吊るした短刀を抜き、音をたてないよう、慎重にドアの前に歩み寄る。
「覚悟はいい?」
(何見たって驚かないよ)
 楽しげな声に後押しされ、少女は取っ手に手をかけた。

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