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・2008年04月08日:第29話 ニコマーク争奪戦(上)
・2008年04月08日:第29話 ニコマーク争奪戦(下)
第29話 ニコマーク争奪戦(上)
ルルークまであと少しで、もう限界、という暗さのために野宿をした、明くる朝の話。わたしは、近くの川に顔を洗いに行った。それが、騒動の幕開けになるとも知らずに。
顔を洗っていると、水音に混じって妙な足音が聞こえてくる。
近づく音は、蹄の音。
慌てて鞄を握りしめ、振り返ろうとした瞬間、足が浮く。
「うわわわわっ!」
視界に空が広がり、叫ぶ。道化師さんに知らせる意味もあった。
「騒ぐな、逃げるな。落ちたら怪我するぞ」
若い声と同時に目の前に現われる、知らない背中。町の方へ向かう馬の上だ。かなり速く走っているので揺れが酷く、わたしは思わず背中にしがみつく。
「そうしてろ。大人しくしてりゃ、悪いようにはしねえ」
――もしかして、わたし、誘拐された?
ようやくそう気がついたのは、町の門からはだいぶ離れたところにある水門が見えてきた頃のことだった。
水位はそう高くなく、栗毛の馬は慣れた様子で水に入り、いくつかあるうちの下水道への入り口に入る。水は浄化されているらしく、臭いはない。
入ってさらに右に曲がると、水のない、広い空間になっていた。天井や壁際に細いパイプがいくつも這っているものの、棚やベッド、机が並ぶさまは、普通の部屋。
「ようこそ、怪盗アルトの部屋へ」
馬を降りると、初めて、相手を正面から見る。
わたしとほとんど変わらないような歳頃の、赤茶色の髪の少年。髪をまとめるバンダナも服も、闇にまぎれそうな暗い茶色で確かに怪盗っぽい。それにしては明るい印象があるのは、笑顔のせいか。
彼は馬を、パイプのひとつにつなぐ。
「手荒な真似して、悪かったな。でも、あんた、いい格好してるから、たっぷり金引き出せそうだったしな」
「……わたしを人質に、身の代金をもらおうってこと?」
今すぐ命がどうこう、というタイプじゃなさそうだ、と見てきいてみる。
「ああ、イイトコのお嬢さんか、どっかの国の姫みたいな格好に見えるし、家族に大事にされてんだろ」
わたしの格好って、そんな風に見えるのか……。ちょっと、別の服を考えちゃうな。
でも、生憎彼の印象には応えられない。
「確かに家族に愛されてるとは思うけど、わたしはこの世界の人間じゃありませんから、家族はいませんよ」
わたしが素直に言うと、彼は目を丸くした。
「はあ……異世界人! ってことは、あんた、魔法研究所から来たのか?」
「ええ。エレオーシュからここに寄って、ネタンを目ざすことになってるんだけど……」
解放してくれないかな、という希望を込めてそう言ってみる。
「困ったなあ……でも、あんたにはもう少しここにいてもらわないといけない。ここの腐った役人たちも、世界を救ってくれる異世界人は無視できないだろうしな」
ここの役人たちにわたしの身の代金を要求しようというわけか。
「ま、適当にベッドにでも座ってくれ。茶くらい入れるからよ」
そう言って、彼は奥の棚に向かう。
――どうする?
イマイチ危機感はないが、逃げるなら今だ。幻術と氷の魔法が使えれば脱出は簡単。
ベッドに腰を下ろしながら考える。すると、奥にもう一台、小さめのベッドがあるのが見えた。
耳を済ますと、かすかに聞こえる寝息。
「ほかに、誰かいるの?」
少し声を潜め、目で盛り上がったベッドを示す。
「ああ、ラウトだ。弟だよ。オレと違って、身体が弱くてな」
ひび割れた盆にお茶を注いだ小さなカップを載せ、若き怪盗アルトはわたしのとなりに座る。
「とっても珍しい病気にかかってるんだよ。その特効薬を持った商隊が一昨日この町に来て、明日の朝、出てっちまうんだ。だから、今日中に五〇万、どうしても必要なんだ」
そういう人情話を聞いてしまうと、ちょっと逃げづらい。
「町の人に事情を話して、どうにかできないの?」
わたしが訊くと、彼は首を振る。
「まさか。街中に出ればすぐに捕まる。うちは、三代続いてる義賊なんだ。あいつら、褒美のために目の色変えて捕まえようとするぜ。それでも、弟が助かるならいいと思って話してみたこともあるけど、オレが捕まってもラウトは町の病院に入れられるだけで、薬も手に入れられねえ。自分らで何とかするしかないんだ」
特効薬がないと駄目なのか。そういえば、魔法で病気を治すのは難しいんだっけ。
でも、ビストリカなら、きっと。
「この町で待ち合わせしてる友だちに、魔法薬学に詳しい人がいるの。その人に見せてみたら?」
コレはいいアイデアだ、と思ってたのだけれど。
「オレだって色々調べたんだ。今のところ、特効薬しか治す方法はないし、作る知識があったって、材料が高価なら仕方がない。いくらいい医者だって、遠くの山奥にしか生えてない薬草や珍しい深海の貝を一気に集められるわけじゃないだろ? 時間があれば、それでもいいかもしれないけど……」
言いながら、小さなベッドの方を向く。もうそんなに、時間は残されていないということか。
それから、彼は立ち上がって、中身の余り入っていない棚を開けた。
「どう考えても、どう調べても、ほかに方法はない。ラウトの病気を治す方法も、金を稼ぐ方法も」
何度も読み返したのだろう。ボロボロになった医学書を手に、肩を落とす。
わたしはふと、彼の手の向こうに、黒塗りの皮で補強された、古そうな本を見つけた。
「その本……魔導書なんじゃ? 魔導書って、高く売れるんでしょう?」
魔導書には、独特の気配みたいなものがある。わたしにも、それが少しは感じられるようになっていた。
「確かに、魔導書ではあるけどな」
彼は本を、ぞんざいにこっちに投げてよこした。
「うちに伝わる幻術の本だ。でも、魔術師が欲しがるような種類の魔法じゃねえんだと。それ、お前にやるよ。酷え目に合わせてる詫びだ」
幻術なら、わたしにも使えるかもしれないし、興味はあるけれど……。
「いいの? これって、大事な家宝なんじゃあ……?」
「祖父さんは魔法の才能があったみたいだけど、オレらには使えねえ。持ってても意味ないし、誰かに活用してもらったほうが、祖父さんも喜ぶだろ。それに、お前には協力してもらわなけりゃいけないしなあ」
つまり、わたしが人質になる代わりのお礼か。そうことなら、と、一応魔導書は鞄に入れておく。
でも、何かほかの可能性もあるかもしれない。魔法研究所に協力してもらうとか。
わたしが口を開きかけたと同時に、騒がしい水音が聞こえてきた。それは、壁にある丸いドアのような蓋の向こうからで、どんどん近づいてくる。
アルトがわたしの腕を取り、腰に帯びたナイフを抜いた。
「悪ィ。やるしかなさそうだ」
やるって、何を――と問いかける暇もなく、腕を引かれ、丸い扉の向こうへ。突きつけられるナイフの切っ先が視界に入ると、ちょっと怖い。
水路の床には、浅く水が流れていた。踵まで水につかりながら待ち受けていたのは、四人の警備隊員と、道化師さん。
「ついに義賊は廃業か、アルト。落ちるところまで落ちたな」
「うるせえ。とっくに腐りきったお前らお役人たちに言われる筋合いはない」
警備隊員のリーダー格らしい黒髭のおじさんに言い返すと、アルトはわたしの首に手を回す。手加減はしているのだろうけれど、ちょっと息苦しい。
「さあ、夕方までに五〇万レアル用意しな。でなきゃ、大事な客人が命を落とすことになるぜ。そうなりゃ、このルルークの名もがた落ちさ」
凄みを利かせて要求する。でも、相手も一筋縄ではいかない。
「五〇万レアルなど、簡単に用意できる額ではない。せめて、一日待ってくれないか?」
「駄目だ、夕方までじゃなきゃ意味がねえ。お前らたっぷり溜め込んでんだ、いくらでも出せるだろ!」
「しかし、町民の血税をよそ者ひとりに使うなど……」
わたしは聞いていて、段々情けなくなってくる。この警備隊員たちは、ひたすら理由をつけては金を払わないようにしようとしているだけだ。わたしを助けることを第一の目的にしていたりはしない。
道化師さんも、同じことを思ったようだ。
「あなたたちに任せていては、ラチがあかない」
彼は少しあきれたように言って、前に出る。
「どうしても、夕方までに金を用意させる必要があるのか? 魔法研究所の資金を頼みにするにも、時間が無さ過ぎる」
「駄目だ、期限は一切延ばせない」
「それなら……代わりに、わたしを人質にしたらどうだ? 彼女は異世界人。わたしのほうが、いくらか身の代金は取りやすいかもしれないぞ。これでも、少しは名が知られているのでな」
人質交換か。何て言うか、道化師さんは健気だなあ。
とか思ってるところで、警備隊員のリーダーが顔色を変える。
「それは困る! 伝説級の魔術師をみすみす人質にさせたとあれば、後でアクセル・スレイヴァやエレオーシュの研究所に何と言われるか……!」
ああ、これが演技ならグッジョブなのになあ。
ともかく、道化師さんにとって都合のいい発言だったのは確か。
「人質として不足はないらしいな。でも、魔術師は厄介だからなあ」
「魔法は使わない。約束しよう」
アルトのことばに応じて、道化師さんは魔法に使う細々とした道具が入った袋をこちらに放る。アルトはそれをわたしに渡した。
道具を使わない魔法のほうが多いし、あまり意味はないけど、性格的に、使わないって言ったら本当に使わなそうだなあ。
「いいだろう……お前たちは下がれ」
警備隊員たちを下がらせると、道化師さんがゆっくり歩み寄って来る。手が届く辺りまで来たところで、わたしは突き飛ばされる。危うく水の中にダイブしそうになって、慌てて足を踏ん張った。
「よ、よし、人質救出!」
あんたら何もしてないじゃん、と言うのも面倒で、警備隊員が差し出した手を振り払い、ナイフを道化師さんに突きつけているアルトを振り返る。
「夕方までに五〇万レアル用意すれば、ちゃんと解放してくれるんでしょうね?」
少し挑戦的に確認すると、アルトははっきりうなずく。
「約束は守る。陽が落ちるまでだ」
「わかった!」
叫んで、靴下が濡れるのもかまわず走り出す。町に身の代金を払ってもらえるかどうかの交渉は警備隊員たちに任せよう。余り、というかまったく期待してないけど。
わたしはハシゴを見つけ、地上に出る。出た場所は、どこかの公園の外れ。
鞄に視線を落とし、道化師さんの道具袋を握りしめていたのを思い出す。まさか、と思って開けてみると、やっぱり紙切れが入っていた。
『アイへ。もし、わたしと別れたときは、ジョーディたちを捜せ。まだルルークにはいないが、今日中には着くだろう。わたしに何かあっても心配するな。自分で何とかする』
短い時間で書いたらしい走り書きだ。用は何もするな、みんなを待てと言うことだけど……ただ黙って待っているのは性に会わない。
それにできれば、ラウトくんは助けたい。
どうにしろ、病気のことはビストリカに相談できれば助かる。わたしはまず、待ち合わせの宿屋へ向かい、話を聞いたが、まだ到着していないと言う。
次いで、馬車組合と門番も回って尋ねるが、本当にルルークには来ていないようだ。道中、何かあったんだろうか。いや、わたしたちがだいぶ北に流されてたのかもしれないし、わたしたちを捜して時間を取られたのかもしれない。
今はほかのみんなを心配しても仕方がないのでいいほうに考えることにして、とにかく、貿易商が集まっていそうな市場に向かう。
こんなときじゃなければ色々見てみたいけど、夕暮れまでのタイムリミットだ。急がなければ。
市場に入るときに思い出していた、〈銘創館〉を捜す。リダの村で出会った商人のお店だ。
第29話 ニコマーク争奪戦(下)
真っ直ぐ歩きながら見回していると、その看板を掲げた大きな店はすぐ見つかる。辺り一帯でも一番大きくて、賑わってそうだ。まあ、辺りは路上売りの露店のほうが多いのだけど。
中に入ると、何段もの棚に色々な商品が並んでいる。好奇心を抑えて、わたしは真っ直ぐ奥へ。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうから、人の好さそうな女性が声をかけてくる。
時間が惜しいので、わたしは、簡潔に行こうと決めていた。
「あの、わたし、リダの村でこちらのお店のかたに会いまして、何かあれば訪ねなさいと紹介された者で……」
「ああ、うちの人に会われたんですね」
この女性は、あの商人の奥さんか。
「実は、夕方までにお金が必要何です。だから、何か売ろうと思うんだけど、何がどれくらいで売れるのかとか、良くわからなくて」
言いながら、鞄の中身を出してみる。さすがに他人の物は売れないので、道化師さんの袋はよけて置く。
最初に奥さんが目をつけたのは……携帯電話。
「うーん、使い方のわからないものは、よほど珍しい物好きのコレクターじゃないと……夕方までだと、難しいわね。食べ物や地図も、普通の物みたいだし……」
と、携帯電話を置いた奥さんの目が向いた先には、ニコニコ顔マークの丸いピンバッジ。
途端に、奥さんの表情が一変する。
「これは……まさか、クレレモ王国の遺産……? このマークには、重要意味が込められているのよ。これなら、三〇万で買うわ!」
三〇万じゃちょっと足りないな、何て思う暇はなかった。
「ちょっと待った!」
声をかけてきたのは、スーツっぽい服装のダンディな男性。片手に本を、片手にバッグを抱えている。
「クレレモ王国の遺産でそれは安過ぎる。わたしは四〇万出そう。わたしに売ってくれ」
ああ。もう一声。
と思った瞬間、その、もう一声がかかった。
「いや、わたしは四五万出す。わたしに売ってくれ!」
「わたしのほうが先だ、お嬢さん、頼む!」
商人らしい人、コレクターらしいひとが、こっちに群がってくる。ちょっと怖いけど、これはわたしには願ってもない話だ。
「一番高く買ってくれる人に、これを売ります!」
声を張り上げ、そう宣言。
それを合図に、ニコマークを巡る、即席オークションが始まった。
十分ほどあと。わたしは、ホクホク顔で銘創館を出た。
ニコマークを買ったのは結局、銘創館の奥さん。『ここで買わなければ夫に合わす顔がない』と、五二万二千レアルでの落札。いつの間にか話を聞きつけたお客さんが沢山店に来てたし、いい宣伝になるんじゃないだろうか。
もちろん、わたしはあのニコマークがクレレモ王国の遺産などではないことは知っている。でも、たぶん、きっと、こんな些細な嘘くらいは許されるはず! それに、『この優雅な曲線はあの国の技術でないと再現不能』とか言われてたから、この世界ではとても貴重で価値のある物であることは間違いない。
そんな風に自分に言い訳しながら、足取りも軽やかに、出てきた下水への入り口目指して、足は公園のほうへ。
来たときとは違い、ちょっとだけ、周囲を見回す余裕もある。並ぶ家々の造りとかはコートリーに似ているが、街並みはもっと大きく、整然としている。ただ、露店が多いので全体としては雑然と賑わってる感じかも。広場には噴水があったり、花壇が道の脇に設置されていたり、下水完備なところからしても、色々整ってる印象だけれど。
その、整備された下水へ入る――直前。
「さっきの店の騒ぎは、きみが原因かね」
立ち塞がった警備隊員二人のうち一人は、見知った顔。
「そうですが……下の交渉はどうなってるんです?」
「それは、うちの交渉係の者が鋭意対応中だ。ところでお嬢さん。ここでは、商売をするには貿易料を払わなければならないのを知ってるのかね?」
――何いぃぃ。
「べつに、商売をしていたわけじゃあ……」
「アレだけお客さんを集めていたら、そうもいかないんだよ。これも決まりだから、ね?」
「ちなみに……貿易料って、いくら何ですか?」
猫なで声に神経を逆撫でされるものの、払える額ならいい、とも思う。
が、しかし。
「罰金含めて、売り上げの半額で許してあげよう。本来は、全額没収だからねえ」
半額では、五〇万に届かない。身代金が払えないじゃないか!
ええい、引いて駄目なら押してみろだ。
「あなたたちも知ってるでしょう。これは、人質の命を守るためのものですよ? 道化師さんは伝説級の魔術師で、わたしも一応、半人前ですが魔術師です。アクセル・スレイヴァも守ろうとするでしょう」
つまり、ここでわたしを阻止すればアクセル・スレイヴァも許さないだろうという意味である。
「我々を脅すのか? きみの言うことを、アクセル・スレイヴァは鵜呑みにするかね。まだまだ魔術師になりえない学生以下だから、ネタンに留学するのだと聞いていたが」
「魔術師らしいことを証明すればいいんですか?」
一瞬、炎の球でもぶつけてやろうかと思ったものの、わたしは別の方向で暴挙に出た。
「それなら――」
しっかり鞄を抱えたまま、呪文を唱える。
「〈イーミテッド・レアリアモレノ〉!」
乾いた音の重なりとともにわたしの周囲に飛び散ったのは、金色に輝く、無数の金貨。警備隊員たちの目の色が変わる。
「さあ、いくらでも拾いなさい」
捨て台詞を残し、下水への入り口に突進。途中、チラッと振り返ったら、本当に拾ってるよあの人たち。
わたしはしっかり蓋を閉め、それを内側から魔法で氷漬けにした。そして、靴下を濡らさないよう、ゆっくり歩いてアルトのアジトへ。
あの丸い蓋の前に、一人の警備隊員が座り込んでいる。ひたすら待ちの姿勢の模様。
「何で戻ってきた。ここは危険だ。それとも、身代金が用意できたのか?」
「ええ、警備隊長が用意してくれて」
もう、この程度の嘘をつくくらいなんともない。
わたしは丸い扉を叩き、声を張る。
「怪盗アルトさん、わたしです。お金は用意できました」
ガチャリ、と音が鳴る。扉が向こうから開かれた。
「お前一人だな? 入れ」
手を引かれ、中に入ると、すぐに扉が閉ざされる。アルトはすぐにベッドに座り、道化師さんはその横で、二人の間にはチェスに似た駒の載った碁盤が……。
――な、なんで和んでるの?
そりゃ、アルトが手荒なマネをするとは思っていなかったけど、想像以上の和やかムードで拍子抜け。
「どうした、アイ? ……それにしても、思ったより早かったな。どうやって身代金を集めたんだ?」
「それはその……って、道化師さんは何もするなって書いてませんでしたっけ」
「あれを読んだか。まあ、それでもきみが本当に何もしないとは思っていない」
わたしの行動原理はもはやお見通しらしい。何か、恥ずかしいような嬉しいような。
「とにかく、わたしの持ち物が高く売れたんです。こっちでは珍しい物らしくって。ちゃんと五〇万、ありますよ」
金貨の入った袋を鞄から出して持ち上げる。ちなみに、二万二千レアルはちゃっかり抜いていたり。
じっとこちらに目を向けていたアルトに差し出すと、彼はそれを大事そうに受け取って、中身を確認した。
そして、彼は笑う。
「悪ィな。それに、ありがとよ。早速薬、買いに行く」
警備隊員がいるんじゃ、弟さんは置いていけない。彼は寝ているラウトくんを馬に乗せ、手綱を取る。
「あのー……わたしたちも、そっちから出て行っていいかな」
わたしが申し出ると、彼はちょっと不思議そうな顔をしながらも、
「ああ、いいぜ。あんたらには、もうこっちの出入り口も知られてるしな」
快く承諾してくれた。
――どうか、警備隊員に会いませんように。
祈りながら、わたしは、道化師さんが魔法で造った石の橋を歩いて下水道を脱出した。
結局のところ、警備隊員への言い訳は道化師さんが上手いこと考えてくれることになった。人質になってた当人である道化師さんには、向こうも強いことは言えないはず。
アルトとはルルークの門の前で別れた。彼は上手く変装し、今までにも街に何度も潜り込んでいたらしい。そういうことだからまあ、大丈夫だろう。
で、宿に部屋を取ってみんなを待つ。が、結局ビストリカたちが来たのは、翌日の話。どうやら、あの溺れかけてた男の子を村まで送っていくのに時間を取られたり、食べ物をその村の人たちに分けてあげて食糧難になったり、色々大変だったらしい。それも、ジョーディさんの釣りとか、ビストリカの薬草知識で凌いだみたいだけれど、そっちはそっちで波乱万丈だったんだなあ。再会したとき、みんなちょっと、疲れた顔をしていた。
だから、再会してからもルルークにもう一泊。アクセル・スレイヴァの使者の人もまだ来てないようだし。そう言えば、早く来てくれてれば警備隊を説得するのも楽だったかも。
そして、そのもう一泊の間に、わたしはビストリカと二人きりになった。そこで、あのリダの村でもらったハンカチを渡した。
彼女は驚き、礼を言ってたけど、それ以上は何も口に出さなかった。
それでいいと思う。言いたいときが来たら、そのときに言えばいい。
――などと考えるうちに、休息の日は過ぎていった。
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