六、中核への道
「へぇ……さすが、世界一の湖だよね」
エメラルドグリーンの、向こう岸の見えない湖を見渡すと、シリスは感嘆の声を上げた。いつもは小舟での湖内一周ツアーなどがあるが、今は禁止令が出されている。
一行がヴァティルに教えられた遺跡の入り口の位置は、湖の東の森の中である。
ただでさえ目立つ彼らは人通りの少ない小路から街を出ると、入り口を求め、湖の周りを東回りに移動した。人通りの多い西側はともかく、東側の湖畔には全体的に手入れされていない草木が生え放題になっており、移動を難しいものにしていた。それだけに、隠された入り口がありそうな雰囲気ではある。
湖の東まで移動すると、シリスたちは森に入る。
「この辺りだな……」
枯葉が地面を覆い尽くした森の地面を眺めると、シリスのよく当たる直感がそう告げた。
その直感に従い、彼は呪文を唱え――
「〈ワールウィンド〉!」
風の渦が大地の上に巻き起こり、枯葉を舞い上げる。顔を出した大地に、一ヶ所、不自然に岩が埋まっているのが見えた。
「あれが入り口?」
枯葉がまき散らされた後、ロイエが駆け寄り、埋め込まれた、一メートル四方の岩のふちに指を滑り込ませる。だが、非力な彼の力では、びくともしない。
「どれ、どいてみろ」
ザンベルがロイエと入れ替わり、岩の板をつかんで、ふっ、と息を止めて力を込めると、金属が擦れる音とともに、少しずつ、四角い岩がせり出してくる。
入り口が開かれると、下へと続く階段が現われる。シリスとリンファは、ザンベルに対して軽く拍手を送った。
「どうだ、オレも役に立つだろ?」
「そんなの、魔法で壊せばよかったんだよ」
ロイエのほうは、まだ見直した様子もない。
がっくりしながらもカンテラに火を入れ、ザンベルはなかをのぞき込んだ。どうやら、先頭を努めるつもりらしい。
「ギリギリ入れるな。よっし、行くか」
「まだ時間もあるし、今日で終わらせよう。オレがしんがりになるよ」
シリスのことばで、順番が決まる。ザンベル、リンファ、ロイエ、シリスの順で、先の見えない階段へと踏み出していく。探索のための道具などは、すでにアーモラティスタでそろえていた。
カンテラで照らし出された階段は、かなり下まで続いている。それもそのはず、湖の底よりも下まで続いているのだ。じめじめとまとわりつくような嫌な空気に顔をしかめながら、一行は無言で階段を下りきった。
そこからは、広い通路が続いている。今までの岩でできた階段や壁と違い、鈍い金色に輝く金属でできている。
「この壁……魔力を感じるよ……。オリハルコンでもエンシェントゴールドでもない、見たことのない金属だね」
模様や絵が刻まれた壁に触れてみながら、ロイエが不思議そうに眺める。
「色んな遺跡を見てきたけど、確かにこれと同じ材質のものは知らないわ。それにこの絵……ドラゴンや見たことのない機械がある」
一二〇〇年前の消魔大戦以前、セルティスト界には、超魔法文明が栄えていた。ここナーサラ大陸には、その時代の遺跡が多く、魔法文明が発達している。
逆に北のオカラシア大陸は機械文明が発達しているのだが……それもやはり、約五億年前の竜神大戦以前に栄えていた、超科学文明の遺跡が多く発掘されているためである。
その時代には、強力な魔力と高い知能を持つ、源竜というドラゴンが生息していた。その魔力の結晶、〈ドラゴンブレスト〉が不老の秘宝の原料になると判明し、それを求める人間との争いが大戦の引き金となった。その末、種族全滅の憂き目にあったとされている。
しかし、その時代に、これほどの魔法技術は無かったはずだ。
「なるほどね。つまり、超科学文明の遺跡に、超魔法文明時代の人間が、手を加えたってわけ……」
納得すると、ロイエはさっさと先に進もうとする。他一同も、慌ててそれを追いかけた。
通路は、ひたすら真っ直ぐ続いていた。シリスの見立てでは、その先は湖の真下へと延びている。湖の中央までは、最短距離で八キロメートル余りだ。歩きでは、少なくとも、一時間半余りはかかる。
一時間もすると、旅慣れたシリスたちはともかく、体力のないロイエはかなり疲労の色が濃くなっていた。
「最初の頃の勢いはどうしたんだ。魔術師さんよ。おぶってやろうか?」
嫌味を言うザンベルに、表情を変えないまま、首を振るロイエ。
「魔法で飛んでいければいいんだけど。そしたら、この壁が反応するでしょう。何が起こるかわからないけど、魔法が使えない、というのは痛いわね」
前方に続く左右の壁に視線を這わせていきながら、リンファも疲れたように溜め息を洩らす。彼女は意外にタフらしく、外見上疲労は見えない。
ただ、彼女に限らず、あまり変化のない風景に飽き飽きしていた。
「じゃあ、ここで一休みする? まだ先がありそうだし」
ザンベルと替わって先頭を歩いていたシリスが一度皆を振り返り、再び通路の先に目をやり――
「……!?」
そこで起きていた異変に、彼は一瞬、絶句した。
「シリス……?」
その場に座って休もうとしていたリンファたちも、シリスの警戒の気配に気づく。それから、その視線の先を追い、愕然とする。
何の変哲もない、絵が刻まれている壁から、まるでその絵がせり出してくるようにして、いくつもの魔物の姿が抜け出ていた。モノクロだったそれは通路に立つと、はっきりした形を持ち、鮮やかな色を得ていく。
「ここの番人ってわけか……おもしれえ!」
いよいよ出番だとばかりに大剣を抜き放ち、ザンベルは笑みを浮かべて魔物たちに近づいた。シリスが封魔槍デウスをかまえ、それに並ぶ。
「そういや、あんたの接近戦の腕を見るのも初めてだな。お手並み拝見といくか」
後ろでは、リンファが細身の長剣、レイピアをかまえる。
相手は、リザードマンやハーピィに、ミニドラゴンとも言えるポイズンドラゴン、トロールなど、様々な種類の魔物たちが二〇体近く。
リンファが、通常攻撃の手段を持たないロイエを守るように移動していく。
その準備が終わるのにタイミングを合わせたかのように、魔物たちは一気に間を詰め、跳びかかった!
「おおおっ!」
ザンベルが振り回す長大な魔力剣が、かかってきたトロールの岩の身体を、バターのように斬り裂いた。その一振りで、三体の魔物が葬られる。
シリスは投げ放たれたナイフを特製マントで跳ね飛ばし、鋭い突きでリザードマンの心臓を捉える。続けざまに別の一体に足払いをかけ、さらに石突きを叩き込む。デウスの先には小さな女神像がついており、その翼が刃になっている。突くだけでなく斬る機能も最大限に使い、シリスは変幻自在の攻撃を見せていた。
リンファのほうも、一流剣士真っ青の剣さばきを見せている。
「魔法も使えてその腕じゃ、反則だぜ」
小鬼とも呼ばれる人型の魔物、ゴブリンを蹴り飛ばすと同時に、それより二回り大きい鬼、オーガーを斬り伏せながら、ザンベルは苦笑する。
魔法なしでも、二〇体余りの魔物が、三人にまったく歯が立たなかった。彼らに倒された魔物たちは、魔力の光となって消えていく。
「まっ、こんなもんだな」
魔物の姿が一体残らず消えると、彼らはそれぞれの得物を収めた。
「誰もケガはないね。今の、先に進む資格があるかどうかを試すための試練ってところかな? ということは、今まで探索にきた冒険者は、ここでやられたのか……」
デウスを背負い直し、シリスが言った。人間が死んでも、先ほどの魔物のように魔法の仕掛けで消えてなくなってしまうのだろう。
その魔法の仕掛けに注目し、壁を背にしていたロイエは、はっとして振り向き、その壁に手を置いた。
「壁の魔力がなくなったな……。ってことは、やっぱりぼくたちが初めてクリアしたってことだね」
見た目にも、淡く輝いていたはずの壁が、今は眠りについたように、その輝きを失っていた。
「初めてのお客さんを迎える準備ができたってわけだな。目的の場所は近いようだし、行こうか」
ロイエに預けていたカンテラを受け取ると、シリスは先頭になって、再び歩き出した。
まるで嵐の前の静けさのように、通路は前にも増して静まり返っている。その重々しい沈黙に触発されたかのように、シリスは嫌な予感がじわじわ湧き上がってくるのを感じた。それとは別に、先に進めば進むほど、空気が重くのしかかってくる。
その、悲壮な怨念が込められたかのような空気は、ザンベルにすら感じられたらしい。
「まるで、血みどろの戦争の後の戦場みてえだ」
傭兵として長年戦場を渡り歩いてきた彼は、今の空気を、そう評した。
「気持ち悪いな……」
一方、敏感なロイエは顔をしかめ、率直な感想を口にする。
一時間半以上も歩いていると、真っ直ぐ前へ続く通路の先に、光に満ちた出口がその姿を大きくしている。それにつれ、一行の緊張も強くなっていった。
やがて、彼らは無言で通路から抜け出し――
「おおっ、ここが終点か?」
目の前に広がった光景に、思わず四人は警戒も忘れ、見入った。
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