松浦彦操と紙折りの神事


 西洋にも、ロープや紐の結び目が呪力を帯びるという考え方がある。これは、ヨーロッパの民間信仰でも盛んに使われたし、現代魔女術においてもこれを重視し、「影の書」などにも、それが説かれている。

 だが、こうした信仰は、わが国のほうが、ずっと複雑で多様であるように思える。
 わが国では、紐の結び目だけではなく、折り紙や切り紙が呪力を帯びると言う信仰がある。
 このような一定の規則によって作られた「紐の結び目」や「折り紙」、「切り紙」が呪力を帯びるという信仰は、身近なところでも生きている。例えば神社の注連縄などが良い例だろう。
 他にも、冠婚葬祭で用いる「水引(ご祝儀やお香典を入れた袋についてる金や銀の紐)」や「熨斗(のし)」などが良い例であろう。これは、もともと呪術的な護符の一種なのだ。
 また、病人に千羽鶴を折って、これを送って病気や怪我の回復を祈るのも、こうした呪術の残滓であろう。

 神道においては、こうした「紐の結び目」や「折り紙」、「切り紙」は一種の神事として用いられている。例えば、神社などで売っている護符についても、きちんと「包み方」のルールがあり、それに基ずいて行われているのだ。

 だが、神道には、そうしたものより遥かに複雑で、見事に体系付けれた技術が伝承されている。
 これには、いくつかの流派があるが、その中でも高度な体系化がなされているのが、伊勢の斎宮に伝えられ、松浦家が伝承して来た秘伝であろう。
 この秘伝は「折形象(おりかたどり)」と「結形象(むすびかたどり)」の2つに大別され、「折形象」は十六部類、「結形象」は十部類に別れ、この部類はさらに十から数十の包み、結びを含んでいるという。こうした紙の折り方、紐の結び方には、秘伝があり、その結ぶ順序、折る順序、形などには全て象徴としての意味があり、神道の奥義を伝えているという。
 この松浦流は、代々女性にのみ伝承されてきた。しかし、後継者が見つからず、やむなく男性であった松浦彦操が、これを伝承した。そして、彼はこの秘伝を「みふみかたどり」という本にして、昭和15年に公開したのである。

 この「みみふかたどり」によると、紙を折る「折り」という行為は「天降り」を象徴し、天意の降下、天意の律動を意味する。
また紙で包む「包み」は中に何かを宿すもの、「み」を包むものであり、「み」とは「実」であり、真実であり、実相であり、一切の実相を包む行為である。また「三」も意味し、これは「真善美」の三であり、それを包み込んでいる。すなわち、内部に万有と自分自身の本体を中に宿し、我々が自分の本分とする真実を包み込む行為を象徴するという。
 「結び」とは「産霊(むすび)」であって、高御産霊神(たかむすびのかみ)と神産霊神(かみむすびのかみ)の二柱の神の力を内包する、すなわち陰陽の和合を意味し、そこから新しい活動を誕生させることを意味する。さらに、悪因縁を解き善因縁に結びなおすことも意味する。
 こうして「折り」、「包み」、「結び」という紙や紐を、こうした象徴を学びながら実践することによって、宇宙の真理を体得し、神人一体の境地に至ることが目的であるという。

 こうした「折り紙」は、強力な霊力を帯びるので、護符としても用いることができる。
 すなわち、「折り紙」は神聖なものを包むためのものから、鎮魂、家内安全、夫婦和合、蓄財、金運、恋愛成就、商売繁盛などの効力ももつのである。しかし、同時に、最初からこうした「現世利益」だけを目的に、これを学ぼうとするのは、一種の冒涜行為ともなるので、慎むようにとも警告されている。

 すなわち、この体系の本分は、紙を折り包み、紐を結ぶ、と言う象徴寓意を通して、秘儀を伝授し、修行することなのだ。

 これらの「折り紙」や「結び目」は、松浦彦操自身も主張している通り、ほとんど芸術と呼んでも良いほど、美しい見事なものである。一種の幾何学的な形のものから、人形にいたるまで多岐にわたる。

 しかし、この「みみふかたどり」には、理論と思想が記されてるだけで、肝腎の「折り方」や「結び方」は公開されていない。松浦彦操によると、こうした具体的な秘伝は、直接口伝でなければならないと主張する。
 おそらくこれからも、多くの秘儀が口伝によって、我々の知らないところで継承されてゆくのであろう。

「神典形象」 松浦彦操 八幡書店
※「みみふかたどり」が収録されている。
「太古真法玄義」 大宮史朗 八幡書店
※紙の折り方の一部が公開されている。