グノーシス派とは?


 グノーシス(Gnosis)の意味は、ギリシャ語で「知」あるいは「認識」を意味する。
 これには、いくつもの流派があり、また時代の流れと共に複雑な変貌を遂げて行く。

 このグノーシス派は、初期キリスト教の異端なのだろうか? いや、もともとグノーシス主義とでも言うべき思想があって、これがキリスト教を取り込んだと言ったほうが正確であろう。
 ともあれ、原始キリスト教にあってローマ教会にとっては、このグノーシス派は、大変な脅威だった。それは、当時の教会指導者達の書き残したものを見てもあきらかである。
 実際、一時期グノーシス派は大勢力となり、数の上でローマ教会派を上回っていたこともある。また、聖人として列聖されているギリシャ教父の中には、グノーシス派の指導者と目される者も居る。

 グノーシス派は、徹底した弾圧により、歴史から姿を消す。残されている書も極度に少なく、その教義を知るためには、当時のグノーシス派の敵が書いた本を参考にしなければならないほどであった。
 ところが、20世紀の中ごろに状況は一変する。1945年エジプトのナグ・ハマディの修道院の遺跡から、膨大な量のコプト語で書かれたパピルス写本が発見される。これが、聖書の研究者達にとって、「死海文書」に次ぐ大発見とされるナグ・ハマディ文書である。
 グノーシス派が使っていた文書群である。
 これによって、グノーシス派の研究は、20世紀に入って飛躍的に発展する。
 そしてこれは、新約聖書の成立を調べる上での重大なヒントともなるのである。

 さて、グノーシス派とはいかなる宗教、思想なのか?
 もちろん様々な諸派があり、その思想は一概には言えない。
 だが、新プラトン主義にも通じた流出的宇宙論(アイオーン界、中間界、物質界)を持つこと、霊肉一体の思想を持つこと、自己救済による神との合一を唱えること、などが共通の特徴と言えよう。

 そして、「物質」を堕落の結果と考え、「物質」より構成される「肉体」を、「霊魂」の牢獄と考えるのも特徴だろう。
 また、善悪二元論を唱えるのも大きな特徴だ。彼らにとって「悪」とは、「善の欠如した状態」ではなく、一つの恐るべき存在として取らえている。ただし、この「悪」は、「善」に打ち勝つことは絶対に出来ない。

 また、「聖書」における「旧約の神」と「新約の神」を区別するのも特徴だろう。
 実際、恐ろしい「旧約の神」とイエスの説く愛に満ちた「新約の神」は、あまりに違いすぎ、聖書を読む者を悩ませて来たが、グノーシスはそれに単純明快な答えを出したのだ。「旧約の神」と「新約の神」は別人である、と。
 「物質は堕落の結果」で「肉体は霊魂の牢獄」と考える彼らにとって、物質の塊りの世界を7日もかけて創造し、土くれからアダムとイブを作った「旧約の神」は、実は「神」ではなく、堕落した強大な天使の一人と考える。彼らは、これをデミウルゴスと呼び、アイオーンの善の光をさえぎる「悪」であるとさえ言う。
 また、イエスも肉体をまとった存在としてではなく、霊的な存在としてとらえた。
 
 確かに、このような教義をローマ教会が認めるわけがない。彼らがグノーシス派を、敵視し激しく攻撃したのも、当然の帰結なのかもしれない。

 ともあれ、グノーシスは、見かけの上では原始キリスト教の段階で消滅したように見えた。
 しかし、その思想は陰花植物のように生き残り、時には激しく爆発さえした。そして、今もなおオカルティズム思想の中に様々な形で影響を残しているのである。

 この魅力的な思想について、数章に分けてもうちょっと詳しく書いて行ってみたいと思う。


「グノーシスの宗教」 ハンス・ヨナス 人文書院
「グノーシス」 クルト・ルドルフ 岩波書店
「グノーシスの神話」 大貫降 岩波書店
「原始キリスト教とグノーシス主義」 荒井献 岩波書店
「グノーシス 陰の精神史」 岩波書店