やれやれ、今日は結構早く帰って来れた。バイトもないし、道場の手伝いも

ないなんて久しぶりだよ……ん〜っと、鍵、鍵――っと。

(ガチャリ)

 今日の晩御飯はどうしよう? 何か作った方がいいかな? インスタントで

済ますと、また白雪に怒られちゃうし……

(ギィィ〜……)

「ただいまぁ……」

 なぁんて言っても、僕1人なんだから意味ないような気はするけど、これっ

て染みついた習慣ってやつだよね。それに、帰ってきたってことを言葉に出し

て区切りをつけるのは、けじめを付けるって面ではいいことなのかも……でも、

矢っ張りこういう時独り暮らしの辛さが、身に染みるなぁ。

(ドタドタドタ……)

 たまには、誰かに「お帰りなさい」って笑顔で迎えられたいよね……

「おかえり!! あにぃ!!」

 そうそう、こんな感じで――って!?

「ま、衛!?」

「えへへ……久しぶりだね、あにぃ……(はぁと)」



☆ Sister Princess ☆
<Short×2>

−physical contact/case 1−
AKIRA side



「でも、ビックリしたなぁ。来るなら来るって、連絡ぐらいくれてもいいのに

……今日は、たまたま早く帰ってきたけど、もしかしたらずっと待ちぼうけく

ってたかもしれないよ?」

「えへへ……ごめんなさい。あにぃを驚かせたくて……それにあにぃのマンシ

ョンにはめったに来れないから、全然退屈なんてしないよ!」

 でも、来るって判ってれば、それなりに準備もできたのに……

「別に、そんなに変わったものがある訳じゃないと思うけど……」

「もう、あにぃは判ってないなぁ! ボクにとっては、あにぃの部屋だってだ

けで、ここはもう別世界なんだよ(はぁと)」

「そ、そうなの?」

「そうなの(はぁと)」

 衛のはにかんだ笑顔を見ていると、何だかくすぐったい気分になってくる。

「所で、今日はどうしたの? 何か急用?」

「え!? あ、別にそういう訳じゃないんだけど……あの、あにぃ……もしか

して迷惑だった? 急に来たりして……」

 捨てられた子犬みたいな瞳で、不安そうに見上げてくる衛に、僕は慌てて両

手と首を左右に振った。

「まさか! 衛が来てくれてとっても嬉しいに決まってるよ!」

「ホント……?」

 すがるような目で見つめてくる衛を、真っ直ぐ見つめ返す。

「僕が、大好きな衛のこと迷惑がると思う?」

 一瞬言葉の意味が理解できなかったのか、きょとんとしていたけど直ぐに火

がついたように真っ赤になる。

「え、え!?(赤〜〜っ!) あ、あにぃ……い、今なんて……?」

 衛のそんな慌てぶりがおかしくて、少しからかってみたくなる。もう一度視

線を外さず、顔を近づけて一語一語はっきりと言ってあげる。

「衛のこと・大好きだって・言ったの! いっつも言ってるのに、まだ言い足

りないのかな?」

「あう、あう、あう……(赤〜〜っ!)」

 ふふふ……湯気でも出そうなくらい、赤くなってる。

「衛って、本当に可愛いなぁ」

「あうぅぅーー……(赤〜〜っ!)」

 おっと、あんまり恥ずかしがらせると泣いちゃうから、この辺でやめとかな

いと……

「わざわざ来てくれて嬉しいよ。いらっしゃい、衛」

「う、うん。ありがとうあにぃ……(はぁと) それと、お邪魔します――って、

何か変だね……」

 僕らはしばらくの間、顔を見合わせて笑いあった。










「お腹空いてる?」

「うん! あにぃは?」

「僕も、お腹ぺこぺこ」

 そろそろ、夕食にはいい頃合だ。せっかく衛が来てくれたんだし、外に食べ

に行こうか、それとも当初の予定通り、僕が何か作ろうか……さて、どうしよ

う?

「衛は、何か食べたいものある?」

「え? ボクの食べたいもの?」

「うん。何でもいいよ」

「ホ、ホントに……何でもいいの?」

 胸の前で手を合わせて、一種期待に満ちた目で僕を見つめる。

「どーんとあにぃに任せなさい」

 先月はかなりバイトが忙しかったけど、その分懐はかなり余裕がある。何よ

り、久しぶりに衛と2人っきりのディナーなんだから、好きな物をご馳走した

かった。

「それじゃあボク、あにぃが作ってくれたカレーが食べたい!!」

「へ?」

 予想外の注文に、思わず気の抜けた声を上げてしまった。

「……ダメ?」

「いや、ダメじゃないけど……そんなのでいいの? 外に食べに行くとかしな

くて……」

「え〜〜!? そんなの勿体ないよ!」

「でも、財布の中身なら今月は結構余裕が……」

 あると言おうとした僕の言葉を、苦笑しつつ遮ってくる。

「そうじゃなくて、その……せっかくあにぃと一緒なんだから……」

 苦笑いが照れ笑いになる。

「ふ、2人っきりで食べたいなって……(赤〜〜っ!)」

 両手を胸の前でもじもじさせながら言った台詞は、最後の方はほとんど聞き

取れないくらい小さかった。う〜〜ん。その仕種と表情を見せられたら僕に反

論の余地はないなぁ……それにカレーも最近食べてなかったし……

「じゃあ、ご要望にお応えして、カレーにしますか!」

「やったぁーー!!」

 小躍りする衛を見て、僕も満更じゃなかった。










 近所のスーパーで足りない材料を揃え、早速料理に取りかかる。余談だけど、

買い物の最中衛は『あにぃとお買い物なんて、すっごい久しぶりだなぁ〜(はぁと)』

と、終始顔が緩みっぱなしだった。

 ホント、可愛いやつ……

(トントントン……)

 まな板と包丁が触れ合う音が、軽快に響く。自炊するのは久しぶりだけど、

結構体が覚えてるもんだね。

「……あにぃ。ボクも何か手伝えること、ある?」

 台所の入り口から顔を覗かせて、遠慮がちに聞いてくる。

「う〜〜ん、特には……今日は衛はお客様なんだから、ゆっくりくつろいでて

よ」

 それに、実は衛は……

「……ごめんね、あにぃ……」

「ん? 何が?」

 わざと、とぼける。

「だって、ホントはこういう時って、部屋で待ってた女の子が料理も作ってお

く物じゃない?……ボクが――ボクが、ちゃんと家事が出来れば……」

 そう。実は衛はスンゴイ家事オンチ(?)なのだ。抜群の運動神経はどうやら

指先の器用さには反映されなかったらしく、かなりぶきっちょだ。かてて加え

て、機械オンチなもんだからその相乗効果たるや、推して知るべし……まだ僕

が実家にいる頃、衛が手作りバレンタインチョコを僕にプレゼントしようとし

て、キッチンを大破させてしまったことは今でも語り草だ……(汗) 何しろそ

のキッチンの有り様たるや、あの豪放な義母さんをして『ツイスター……』の

一言と共に卒倒させたくらいだからね……(汗) そういえば鈴凛も、絶対自分

の部屋には衛を入れさせなかったなぁ。

「……家事、出来るようになりたい?」

 僕のその言葉に、俯いていた顔を勢いよく上げる。

「なりたいに決まってるよ! ボクだって――ボクだって女の子……なんだも

ん……」

 でも、その勢いは直ぐ尻つぼみになってしまう。そんなにしょげられると、

僕も胸が痛む。何とか元気づけてあげたい……

「衛……」

 僕は料理の手を休めて振り返ると、しゃがんで衛と視線の高さを合わせる。

「家事が出来るだけが、女の子らしさの条件じゃないでしょ?……そりゃあ、

出来ないより出来た方がいいかもしれないけど、衛には衛にしかない良いとこ

ろが、他にたくさんあるよ」

 衛の細い両肩に手を乗せ、じっと瞳を見つめながらゆっくりと話す。

「……ボクにしかない?」

「そ! 衛にしかない良いところ」

「……ウソだよ……」

 視線を逸らして、そっぽを向いてしまう。

「どうして?」

「……だって――だって、ボクってがさつで大ざっぱだし、料理のひとつもで

きないし、言葉づかいも男の子みたいだし……全然可愛くないもん……あにぃ

も――あにぃにとってもボクって出来の悪い弟みたいなもんでしょ……?」

 話している間に、見る見る瞳に涙が溜まっていく。

「そんなことないよ……」

「うそ……うそ、うそ!」

 潤んだ瞳が部屋の明かりに反射して、星を散りばめたようにキラキラと輝い

ている。綺麗だな、とっても……

「……衛はどうして、家事が出来るようになりたいの?」

「え!?」

 一瞬虚を突かれたようだが、僕が衛の瞳を覗き込むようにじっと見つめたま

までいると、やがてぽつりぽつりと話し出す。

「だって……だって、ボクだってあにぃのお世話したいもん……

あにぃの洋服お洗濯したり、部屋のお掃除してあげたり、ご飯作ってあげて

「おいしいよ」って言って欲しいもん……」

「ほら。矢っ張り衛は女の子らしいよ」

 にっこり笑って言う僕に、きょとんとした瞳を向ける。

「だって、がさつな女の子はそんなこと思わないよ。衛は凄く繊細で女の子ら

しい心を持ってるよ」

「…………ホント……?」

 僕のTシャツの胸元を、きゅっと握りしめる。

「うん。本当だよ」

「ボクのこと、女の子として見てくれてる?」

「もちろん」

「……じゃあ……」

 星の煌めきがゆっくりと、長いまつ毛のとばりに遮られる。

「証拠を見せて……」

 囁くような、かすれたその声に、僕も掴んだ両肩を引き寄せながら瞳を閉じ

る。ゆっくりと、2人の距離が0になる。



 星の煌めきが一筋、頬を伝って流れた――










「「いただきま〜〜す!」」

 スプーンを持って、2人同時に声を上げる。ようやく、いつもの衛に戻った

みたい。

「ごめんね、あにぃ」

「え!?」

 まるで、こちらの考えを読んだように、申し訳なさそうな顔をする。

「1人で勝手に、笑ったり、怒ったり、泣いたり……ボク、しばらくあにぃに

会えなかったから、情緒不安定になってたみたい」

「う〜〜ん……僕ってビタミンみたいなものなの?」

 ちょっと、おどけて言ってみる。すると、嬉しそうに調子を合わせてくる。

「そう、そう! でも、さっき大分補充したから、しばらくは大丈夫だよ(はぁと)」

 ……しばらくは、ね(笑)。

「でもあにぃ、気を付けた方が良いよ。ボクだけじゃなく、他の皆もあにぃ不

足になるから」

 何故か、声をひそめて言ってくる。

「そ、そうなの?」

「うん。この間ね、千影ねぇに会ったんだけど――」



『はぁ……ボク最近全然あにぃに会ってないんだぁ……千影ねぇはどお?』

『…………ギロチン』



「――って言って、すたすた歩いて行っちゃったんだよ(汗)」

「…………(汗)」

 ……な、何を!? 何をするつもりですか!? 千影さん!!(汗)

「まあ、とにかく気を付けてね」

 いや、気を付けろって――ギロに? どうやって!?

「う〜〜ん、それにしてもあにぃのカレーは矢っ張りおいしいなぁ」

 僕の悩みはどこ吹く風で、さっさと話題を変えてしまう衛(泣)。

「ありがと。でもカレーぐらいしか、まともに出来ないけどね」

 僕が父さんに教わった、数少ない料理の内の一つ。父さんはそれこそプロの

コックも裸足で逃げ出すくらいの腕前だけど、生憎僕はそれほど料理に興味が

なかった。

「……ねぇ、あにぃ。ボクの好きな食べ物がカレーなのって、あにぃの影響だ

って知ってた?」

「え!? そうなの?」

「うん。小さい頃は、あにぃがよく作ってくれたでしょ」

 そういえば、昔はよく作ってたけど……父さんや母さん達は家を空けること

が多かったからなぁ。

「でも皆、あにぃが作るカレーは辛いって言って、あんまり食べなかったよね」

「しょうがないよ。父さんから教わったカレーは、小麦粉とか使わないから、

あんまり日本人向けじゃないしね」

 市販のカレールーを使わず、スパイスを使って作る、いわゆる本場のカレー

に近いものなんだよね。油もギー(水牛やヤギ乳のバター)を使うし。

「でも衛は、よく一緒に食べてくれたよね。僕の作ったカレー。平気だったの?」

 そう聞くと、衛はカレーを一さじすくって口まで運び、苦笑する。

「最初はね、ボクもあんまり好きじゃなかったんだぁ。他の皆もそうだったけ

ど、まだ小さかったからスパイスの効いたカレーは、矢っ張り食べづらかった

よ。多分今なら、雛子や亞里亞以外は皆食べれると思うけど……」

 あの2人は、辛いの苦手だからなぁ。

「でも、それじゃあどうして何時も一緒に食べてくれてたの?」

 もし、無理に食べてくれてたんだとしたら、申し訳ないことをしてしまった。

「だって、あにぃが作ってくれたものだったし。皆も頑張って食べれるように

なろうとしてたけど、結局あの頃ちゃんと食べれるようになったのは、ボクだ

けだったね」

 そう言った衛の顔は、ちょっと誇らしげだった。

「ほら、昔のボクってあにぃがすることは何でも真似しようとしたでしょ。だ

から、あにぃが自分で作ったカレーが好きだって言ったのを聞いて、ボクも好

きになろうと思ったんだぁ」

 確かに、小さい頃の衛は僕が何処へ行くにも、何をするにも一緒に付いてき

てたなぁ。

 ……まぁ、付いてくるっていう点では、他の姉妹もそうだったけど……

「おかげで、今ではカレーが大好物になっちゃった。市販のカレールーで作っ

たのも食べるけど、矢っ張りあにぃが作ってくれるカレーは、別格だなぁ……(はぁと)」

 そう言って、また一さじすくって口に運ぶと、至福の表情を見せる。父さん

や白雪が、料理の醍醐味は食べてくれた人が“おいしい”って言ってくれるこ

とだって話してた気持ちが、何となく判るような気がした。

「……矢っ張りボクも、料理が出来るようになりたいなぁ……」

 思い出したように――さっきほど深刻な表情ではないけれど、寂しそうにぽ

つりと呟く。

「誰かに教われば、きっと上手になるよ。衛は頑張りやさんだから。そうだな

……義母さんに教わる――のは無理か……」

確か父さん曰く“三大殺人料理”の内の一つを作るらしいから、教わるのは無

理だろうなぁ――っていうか、止めて欲しい(汗)。そもそも“殺人”という時

点で、既に料理じゃないし(汗)。

「父さんにでも教わったら?」

「……ボク、父さんのことあんまり好きじゃないから……」

「衛……」

「ボクだけじゃないよ。他の皆も父さんのこと恨んでる。だって、あにぃが家

を出るきっかけを作った人だから……」

「でも、それは……」

「判ってるよ。あにぃも納得して家を出たって。自分から進んで。でもきっか

けを与えたのは、矢っ張り父さんだもの。それに、ボク達があにぃのこと悪く

思えるわけないしね。不満は全部、父さんにぶつけることになるに決まってる

よ」

「…………」

 僕も父さんも、衛達皆のことを考えて行動したつもりだったけど、確かに一

方通行だったかも……

「だから、父さんに教わるのはパス」

「……じゃあ、白雪に……」

「……最近白雪、この部屋に来たでしょ……」

「!?」

 驚愕の表情を浮かべてから、しまったと思うけどもう遅い。途端に衛から表

情が消え、視線がフラットなものになる。

「……矢っ張り……」

「い、いやぁ〜今日のカレーは上手くいったなぁ!(ぱくぱく)」

 無駄な抵抗。

「…………エッチした?」

「んぐぅっ!?」

 ぐっはぁっ!? き、気管支にぃぃぃ〜〜っ!?

「ゲホッ! ゲヘッ!……」

「まったくぅ……白雪って、昔っからそうなんだ。普段は、ぼへぇ〜っとして

るのに、ことあにぃに関してだけは、すっごくはしっこいんだもん!(怒) 咲

耶ねぇと同じぐらい、油断できないよ……」

 ゲホッ、グホッ……あぁ〜苦しかった……(泣) それにしても――

「ど、どうして……」

 判ったの、と聞く前に衛がこちらをジト目で睨みながら言ってくる。

「ベッドの枕元に、白雪の髪の毛が落ちてたよ……それに加えてゴミ箱の大量

のティッシュを見れば、自ずと答えは見えてくるさワトソン君」

「あぅぅ……(汗)」

「今度から、ベッドメイクとゴミ捨ては、こまめにやるんだね……あにぃ」

 ……ぐうの音も出ない。シャーロック衛の圧勝……

「さ〜〜て、このこと皆には何て報告しようかなぁ……(はぁと)」

「ま、衛しゃぁぁぁぁぁんっ!!(泣)」

 ギロが! ギロがぁぁぁっ!!(泣)

「んっふっふ〜〜(はぁと)」

 冷静に考えれば、衛も抜け駆けしてここに来てる訳だから、皆に言う

ことなんて出来る訳ないんだけど、既にそこまで考えを巡らせられるほどの余

裕は僕にはなかった。

「あっ! そういえばボク最近、キックボードが欲しいんだよねぇ〜(はぁと)」

「……判った。買うよ……」

 あれって、いくらだっけ?

「ん〜〜?『買う』よぉ〜〜?」

 下から覗き込むように、意地の悪い視線を向けてくる。

「あ゛ぁぁ〜〜!!(泣) ぜひ買わせてくださいっ!! お願いしますぅ〜っ!!(泣)」

「う〜〜ん、しょうがないなぁ……あにぃがそこまで言うなら買ってもらおう

かなぁ……(はぁと)」

 ううぅ……鬼……(泣)

「そういえば、家の近所に市営の温水プールが出来たんだよねぇ……(はぁと)」

「も、もしよろしければ、今度僕が家に帰ったときに、ご一緒していただけま

せんか?(泣)」

「え〜〜!? だって、あにぃはボクの水着姿なんて、別に見たくなんかない

でしょ?」

 肩を落として、わざとらしく嘆息する。

「そんなことないよ!! 見たい!! ぜひ見たい!! きっと衛の水着姿は、

可愛いんだろうなぁぁっ!!(汗)」

「えへへぇ〜〜(照れっ)。そ、そうかなぁ……?」

 頬を赤く染めてはにかむ衛に向かって、必死にこくこく頷く。

「あにぃがそこまで言うならしょうがない。特別に見せちゃおうかなぁ(はぁと)」

「あ、有り難きしあわせ……(泣)」

 いや、可愛いのは間違いないんだけどさ……何か納得できない(泣)。

「あ、それと今度ボクに料理教えて欲しいなぁ(はぁと)」

「教えますとも! えぇもう、喜んで!(泣)」

「それとねぇ……」

 ま、まだあるの……?(汗)

「ん〜〜と……」

 なにやらポケットをごそごそ探ると、中から折り畳まれた紙切れを取り出す。

「あの……これ……」

 そう言って、ちょっと遠慮がちに差し出された紙切れを受け取って、広げて

みる。

「……これって、テストの答案用紙?」

 それは、算数のテストの答案用紙だった。しかも――

「すごい! 100点じゃない!」

 それは確かに、衛が書いた算数のテストの答案用紙だった。こう言っては何

だけど、衛が体育以外でこんなにいい点数を取るのは珍しい。……あれ!?

もしかして、衛が今日家にきた理由って――これを誉めて欲しくて……?

「ねぇ、衛。もしかして今、試験休みなの?」

「う、うん。試験終わって、答案も全部返ってきたから、今日から3日間お休

みなんだ。……ボク――ボク頑張ったんだよ! 願掛けまでしたんだから!」

「願掛け?」

「うん……算数のテストで100点取ったら、あにぃに会ってカレー作っても

らえますようにって……」

 ……矢っ張り。理由が欲しかったんだ。僕に会う理由が。昔はちょこちょこ

と、どこでも僕の後を付いてきたのに、僕が家を出てからはすっかり遠慮がち

な態度になっちゃったね……それって矢っ張り僕の所為なのかな……

「……衛、ここにおいで」

 あぐらをかいて、膝の辺りをぽんぽん叩く。

「う、うん……」

 おずおずとやってきて、あぐらの上にちょこんと座った衛の肩を抱いて胸元

に引き寄せると、ゆっくりと頭をなでてあげる。

「……頑張ったね。100点取るなんて。えらいぞ、衛」

「……あにぃ……」

 うっとりと目を閉じて、僕にもたれかかってくる。

「昔はこうしてよくボクのこと、誉めてくれたよね」

「うん。球技大会のソフトボールでホームラン打った時とか、運動会の100

m走で1等賞取った時とか……」

 その頃のことを思い出しながら、なで続ける。

「ボク、早く大人になりたいなぁ……」

 どこか夢見心地な声でそう呟く。

「早く大人になって、女らしくなって――そしたらあにぃと……」

「だめ」

「え!?」

 唐突に遮った僕の声に驚いて、顔を上げる。

「……あんまり急いで大人にならないでよ……もっと、僕に甘えていてよ……」

 何時までも、僕の後ろをちょこちょこ付いてくる、一緒にカレーを食べてく

れる、可愛い妹でいて欲しいと思うのは兄の我が侭なのかな……?

「そんなに慌てて大人にならないで……」

「だめ」

「え!?」

 頭を撫でていた手を止めて、衛の顔を見る。その表情は悪戯っぽい笑みで彩

られていた。

「ボクは大人になっても、あにぃに甘えるんだ(はぁと)。あにぃに抱っこして

もらって、なでなでしてもらうんだぁ(はぁと)」

 そう言って、僕の胸に頬をすり寄せてくる。

「……衛は甘えん坊さんだなぁ」

「……あにぃの所為だよぉ。あにぃが優しすぎるから……だから……」

 見上げてくる瞳は、既に潤んでいた。ボクのシャツの胸元を、きゅっと握っ

てくるのは“甘えさせて”のサイン。

「……責任――取って」

 その瞳と言葉に、吸い寄せられる。本日2回目のキスは――

「……あにぃの唇、カレーの味がする」

 可笑しそうに笑う衛につられて、僕も苦笑してしまう。……だってさっきま

で食べてたしねぇ。

「僕の好物に、あにぃのキスが加わるかも……」

「……食べないでよ……(汗)」

 悪戯っぽい笑みを絶やさず、僕の首に腕を回してくる。

「……じゃあ、あにぃが食べて(はぁと)」










「……でも、ホントによく頑張ったよね。100点取っちゃうなんて……」

 ベッドの中で、僕の胸に顔を埋めてしがみついている衛の髪に鼻先をくすぐ

られながら、そう話しかける。

「だって、あにぃに会うためだもん。ボク、あにぃのためなら何だって出来る

よ……きっと、あにぃと一緒なら出来ないことなんてないよ。だから、家事も

あにぃと一緒にやればきっと出来ると思うんだ」

 それは、希望ではなく確信。

「……そうだね。きっと、衛と一緒なら出来ないことなんてない。……明日の

ご飯は2人で一緒に作ろうか……?」

「うん! ねぇ、あにぃ……ボク、あにぃと一緒なら……」

 じっと、見つめる――見つめられる。

「……うん、衛と一緒なら……」

 そっと、でも強く抱き寄せる――抱き寄せられる。



 あにぃと一緒なら――

 衛と一緒なら――



「「……きっと、空だって飛べるよ……」」






−That's all.−






(1st edition : 2000/05/16)

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