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永代橋 昼と夜

日本橋川を下ると隅田川に突き当たります。
この当たりから眺める隅田川は川幅も広くどっしりしています。

 

そこから下流方向に目をやると、永代橋が有ります。 

  
東京駅北側の道路(国道1号線/途中から都道10号線)は永代通りと呼ばれていますが
その延長上に、上記の永代橋が有ります。 

なぜ永代橋と呼ばれるか?
むかしはどこにあったか?    は記念碑を見るとわかりますよ。
 
上の写真を撮影した近くには、その永代橋の紹介記念碑が有ります。 

それには、
  「永代橋
   永代橋は、元禄十一年(1698)に隅田川の第四番目の橋
   として、現在の永代橋の場所よりも上流150mのこの附近*
   に架けられていました。  当時このあたりを永代島と呼
   んでいたことから「永代橋」と名付けられましたが、一説
   には五代将軍綱吉の五十歳を迎えた記念として、その名
   をつけたとも伝えられています。 当時諸国の廻船が
   航行していたため、橋桁を十分高く取ったので、「西に富士、
   北に筑波、南に箱根、東に安房上総、限りなく見え
   渡り眺望良し」といわれる程の橋状からの景観でした。
    左図は、安藤広重の天保前期の作品「江戸名所之内
   永代橋佃沖漁舟」であり、月下の沖合に点々と白魚舟の篝火
   が明滅する夜の江戸を、詩情ゆたかに描き出しています。
    永代橋が現在の場所に移されてのは明治三十年(1897)
   のことで、輪が国の道路橋としては初めての鉄橋に生まれ
   かわりました。その後、関東大震災で大破し、昭和三年
   (1928)四月に現在の橋に掛替えられました。 その姿は、
   上流の清洲橋の女性的で優美な雰囲気とは対照的に、男性的
   で重量感にあふれており、隅田川の流れとともに広く
   都民に親しまれています。 
               1989年4月
                中央区      


と書かれてあります。

  *・・・・・今の日本橋川と隅田川が合流する地点。 つまりここ。
        ただ、富士も筑波もビルに隠れてみえません。


夜になると青のイルミネーションが灯り、見応えが有ります。
たまに提灯の赤い屋形船も走り幻想的。

町中の灯りと、車の音と、薄まったとはいえ都会の川の臭いと・・・・。 



まあ、目では楽しめます。

潮風が届けばそこそこ楽しめます。

この夏は 屋形船で夕涼みなどいかが?
 



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