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新書y174
少年犯罪厳罰化
私はこう考える
佐藤幹夫・山本譲司【共編著】
Satou Mikio Yamamoto Jouji

洋泉社 定価:本体820円+税



【目次】

第1章<審判>−少年を裁くということ
藤原正範(元家裁調査官):少年司法の戻るところ
岩佐嘉彦(弁護士):寝屋川事件と「改正」少年法
浜田寿美男(供述分析):「中途半端に理性的」な人間と犯罪抑止力
佐藤幹夫(フリージャーナリスト):逆送少年の刑事裁判について

第2章<処遇>−少年院と少年刑務所はどう違うのか
浜井浩一(元法務省矯正局勤務):少年司法厳罰化の現実と矛盾
山本譲司(著述家):刑務所内処遇に、少年の更生−再犯防止効果はあるのか

第3章 <更生>−立ち直るために必要なこと
村瀬学(児童文化):どうすれば「非」を認めることができるのか
藤岡淳子(元法務省技官):少年犯罪という鏡

第4章<教育と社会>―「少年」の変容、社会の変容
赤田圭亮(中学校教諭):子どもと学校はどう変わったか
品川裕香(教育ジャーナリスト):UNIVERSAL DESIGNED EDUCATION(すべての子どものための教育) との両輪ではじめて意味のある少年法厳罰化
高岡健(児童精神科医):近代の終わり―少年法への遺制の混淆と新自由主義



【あとがき】

 本書は、大阪府寝屋川市での小学校教師殺傷事件についての著作を執筆する中で、テーマ構想や執筆依頼者のラインナップが決められて行った。寝屋川の事件は少年事件ゆえ、さまざまの点で取材の制約が多く、また審判や処遇について深く理解しようとすると、少なからぬ専門性を要する。それなら、取材の過程で知遇を得た方々、充実した仕事を新たに知ることとなった方々と、旧知のスペシャリストの面々に呼びかけさせていただいて、一著を編んでみたらどうか、と思いついた。取調べから審判、処遇、出院・出所後の状況という全体を網羅した関連書はない。少年法のさらなる改正案も国会審議に上ろうとしている。

 寝屋川事件についての初稿原稿が書き上げられた時点で、次のような内容の依頼書が送付された。

【企画意図】
 二〇〇〇年に少年法が改正され、間もなく、見直されようとしています。
 前回の改正では、殺人などの重大事犯について、一六歳以上の原則逆送。逆送適用年齢の一六歳未満への引き下げ、検察官の少年審判への出席、被害者への配慮、などが改正点でした。昨夏の郵政解散のため、廃案となりましたが、少年院送致可能年齢のさらなる引き下げを盛り込んだ改正案が提出されたことは、記憶に新しいところです。

 〇〇年の改正以降、検察官送致となり、有罪判決を受ける事案は間違いなく増加していますが、こうした現状のなか、呼びかけ人(佐藤)の問題意識は次のようになります。

 一つ目は、福祉的環境調整と健全育成を大きな目標としてきた少年審判が、改正以降、大きなジレンマを抱えることとなったのではないかということです。被害者救済が、制度的にも心理的にも、また経済的な点においても、最大限の配慮がなされることに、呼びかけ人も全く異論はありません。むしろ遅きに失したほどです。

 ただしここにジレンマが生じます。社会感情や被害者への配慮が、少年の処遇判断に直結するようであれば、逆送はさらに進むでしょうし、刑事裁判での有罪判決も必須となります。ここに大きな亀裂を生じさせたのではないか。被害者への配慮という課題と、少年法の重要な目標であった健全教育という理念が引き裂かれ、そのことが現今の少年審判に混乱を与えているのではないか。ここをどう考えたらよいか、というのが一つ目の問題意識です。

 二つ目は、少年刑務所がどこまで更生にとって十分な場所なっているのか、疑問視されていることです。呼びかけ人はこの間、取材と文献資料による調査を進めてきましたが、少年刑務所の処遇が十分な体制が取れている、といった見解は、今のところ皆無です。受刑者の処遇に関する法律が改正され、少年刑務所にあっても個別プログラムの作成などを始め、処遇改善の通達は出されていますが、人的にも組織的にも設備的にも、そしてノウハウにおいても、「まだまだ不十分」というのが共通した見解でした。

 被害が甚大であればあるほど、加害少年は内外ともに複雑な事情を有し、精神的混乱も大きくなります。特に昨今は非行少年や犯罪少年に発達障害の問題も指摘され、背景事情がさらに複雑化しているのが現状です。ということは、被害の甚大な事件であればあるほど、加害少年の改善には時間も、労力も、きめ細かな配慮も必要とされることになります。

 今回、大阪・寝屋川の事件では懲役一二年が、東京・板橋の事件では一四年の判決が言い渡され、現在控訴中です。これらの判決に見られるように、少年事件を扱う刑事裁判所は、更生にとって条件整備の整わない場所(少年刑務所)へ、悪条件であると知りつつ送り込まなくてはならないというジレンマを、今後、ますます抱え込むことになるのではないか。

 しかしまた、間違いなく、十年、十五年ののち、彼らは社会に復帰してきます。いわば“社会の安全のため”としてなされているはずの、司法による“厳罰化”が、逆に将来のリスク因子を増大させている。これが現今の少年審判のジレンマではないかというのが、呼びかけ人の二つ目の問題意識です。――

 紙幅の都合で、原文を半分以下に短縮しており、いささか分かりにくいものとなったかもしれない。編者(佐藤)の意図は、審判、刑事裁判、処遇、更生と再犯、社会復帰と、全体を広く視野に入れた議論をしたいこと。また、受刑囚となったのち、早ければ二〇代で、多くが三〇代から四〇代で社会復帰してくる。そうであるなら、更生についての議論を忘れてしまっては責任あるものとはならない、というものであった。
――こうした呼びかけの結果が、ご覧の通りの充実したラインナップとして実現した。

 執筆者の方々はいずれも、教育、医療、司法、矯正、福祉などの現場に深く関わっているのみならず、それぞれの専門領域においてエキスパートでもある。この間編者は、少年事件に関連する相当数のノンフィクションや評論、論文、資料に当たってきたが(膨大な雑誌論文をコピーしてくれたK・Jさんに感謝)、編者の目に狂いがなければ、まず、ベストに近い布陣となったことは率直に記してよいと思う。編集段階で、事情をよく知る人にこのラインナップを話したところ、「よくぞそれだけのメンバーが一堂に会したものだ」と言ってくれたが、まさに我が意を得たりであった。このような執筆陣による少年事件についての論集である。充実していないわけがない。現場の臨場感溢れる記述、時代を先取りする問題意識、深い人間理解。ぜひ味読していただければと思う。

 ところで、執筆してくださった方々に要らぬご迷惑が及ばぬよう、ひと言、お断りしておきたい。各執筆者は、それぞれの自由意思と責任で参加している。各自の執筆内容に対し、こちらからの制約は一切ない。ただし、編集に関する一切の責任は編集部と編者(佐藤)が負うものである。なかには犯罪被害を受けた方々の支援にあたっている執筆者もおられ、「この本は、執筆者一同が徒党を組み、犯罪被害者が要求するところへ反論を試みているものだ。なぜそんな本に加担するのか」などといった類のつまらぬ誤解とご迷惑が及ばないよう、心より願いたいと思う。

 参加してくださった方々と共編者となってくださった山本譲司氏、そして編集の労をとってくださった小川哲生氏へ感謝申し上げる。

二〇〇七年四月二七日   佐藤幹夫