ひとつの重み
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ひとつの重み
「腹減った……」
 部活帰りの翔太は、肉屋の前で足を止めた。揚げたてのコロッケから沸き立つ湯気とにおいが辺りに立ち込め、鼻をくすぐる。ゴクッとつばを飲み込み、ズボンのポケットにある財布をまさぐりだして、中身を確認する。いくら入っているのかも、買えないことも分かっているのに確認せずにはいられない。32円。何度見ても32円。空しさが全身を包んだ。
「うわー、寂しいな」
 裕二が翔太の肩越しに、人を食った顔でニヤニヤしながら、財布を覗き込んでいた。
「うるせー、そういうお前はどうなんだよ」
 とたんに裕二は、この世の終わりというくらい沈んで、深く長い溜息を吐いた。
「俺様がオカネモチにみえるか?」
 そういいながら翔太に財布を差し出した。やたらと重いが、それはお金以外の重量であって、金額は翔太の持分とさほど変わりない。
 ところが突然裕二は、暗くうつむいている翔太から財布を奪い、中を確かめた。
「おい、合わせると一つ買えるぞ」
 素晴らしすぎる提案を出された翔太は、裕二に神を見た。
「おお、友よ!」
 叫びながら裕二に抱きつき、裕二はそれを受け入れた。他の連中は少しばかり遠巻きに、「あいつらデキてる」などと陰口をたたく。当人たちはそんなことを知ってか知らずか、肩を抱き合い意気揚々と肉屋へ向かった。肉屋は、彼らと同じ腹減らしが群がっていた。
 今か今かと自分たちの番を、コロッケの味を口の中で想像しながら、よだれを流さんばかりに待っていると、二人の目の前で最後の一個が買われてしまった。一瞬呆然とする二人は、店の親父を問い詰めた。
「おっさん、本当にコロッケおしまい?」
「ああ、コロッケはおしまいだ」
 にべも無く返された。諦め切れない二人は、子犬のような、何かを痛烈に訴える潤んだ瞳で、さらに見返した。
「う……。でも、無いものは無いから……」
 と、メンチカツを薦めてくれた。握り締めて暖かくなっていた二人の合計財産を見つめ直す。57円。メンチカツは60円。だからこそ、コロッケを求めたのに。
「それでいいから」
 情に負けた親父はぬるいコインを受け取り、ほかほかのメンチカツをきっちり半分に切り分けて、紙に包んで二人それぞれに手渡した。
 親父が店の奥へと姿を消したのを見計らって、幸せそうにメンチカツにかぶりつこうとしていた裕二に、顔を真っ赤に高揚させた翔太は食って掛かった。
「てめーがなんで同じ大きさなんだ!」
「いいだろ? 二人で買ったんだし」
「違う! 俺の7円分よこせ!!」
 部長は不毛な二人の言い争いを、一人で一つの熱々のコロッケを頬張りながら、哀れむように冷ややかな目で見守っていた。

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