月の影中
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月の影中
 青い光に照らされて、夜がやって来た。
 丘の影に隠された小さな穴から、一羽のうさぎが首だけを出して空を見上げた。警戒する様子も無く外へと飛び出し、白い土を舞い上がらせてはしゃいだ。
 ややして、もう一羽が顔を出し、それを見て少し呆れた。
 白い毛を白く汚して、はしゃぎ疲れたうさぎは天を仰いだ。
「兄ちゃん、星がきれいだよ」
 そう言われた兄はすっと弟の脇を抜け、振り返りながら促した。
「ほら、起きろ。その星を探しに行くんだろ?」
「あ、待ってよ兄ちゃん」
 弟はその後を追う。サク、サク、サク、サク……と土を踏みしめる感触だけが足に伝わってきて、二羽の足跡だけが、点々と押されていった。
「本当にあるのかな?」
「あるに決まっているだろう? あれが確かなら」
 仔ウサギたちは昨日、近くに住む蛙の話を耳にした。祭会場として使っている広場付近に星が落ちるのを見たという。
 それを聞いたので、いてもたってもいられなくなり、探索に出掛けることにしたのである。
 思い返すと、星の落ちたという頃合に住処の穴も揺れたのである。あの衝撃なら、かなりの大きさが期待できる。
「えへへ、ワクワクしてきちゃった」
「ああ、そうだな」
 ちょっとステキな想像をしていた兄弟であった。
 目的地まで半分を過ぎたところ、先を行っていた兄は突然足を止めた。
「? 兄ちゃん、どうしたの」
「……空」
 満点の星空が頭上に広がり、今にも星が降り散りそうだ……。
「来る!」
 突如、拳程度の大きさの石が空から降ってきた。間一髪避けた、というよりもあちらが少し離れて落ちてくれた、といったところだ。
「う……危なかった」
「でもこれではっきりしたよ」
 兄は弟をまっすぐ見て、ニッコリ笑った。
「こんなのよりもずーっとでかいヤツが落ちたってことがさ」
 こんなに間近に落ちても、振動が無ければ痕跡も残らなかった。昨日は遠く離れた場所も震えるくらい、巨大なモノがやって来たのだ。二兎の期待感はますます高まっていった。
 高鳴る鼓動を抑えながらも、うさぎたちは目的地に近づいてきた。だが、近づくほどに様子がおかしい。前に来たときと、露骨に何か違っている。
「この辺、土がすごくやわらかいね」
「あそこにあんな崖があったか?」
 近づく崖は、乗り越えられない高さであった。足が埋まるので、きっと大人でも越えられない。
 その崖沿いを迂回して行くと、小さな印を見つけた。自分たちの足跡だった。
 円状の壁の周囲をぐるりと走っていたのだ。
「一周しちゃったね」
「こんなに大きかったんだ」
「すごい……けど」
 探していたものは見つかった。だがそれは、求めていたものとはあまりにかけ離れていた。景色を変え、超えられない盛り上がりを作る大きな隕石の落下は、そこにあったすべてのものを崩したのだ。
 土山の裾野で呆然として足元を見やる。青い光が影射す土の下からケロケロ……と蟾蜍の声が響いてきた。
「蛙も鳴くし、帰ろうか」
 心の落ち着く、緩やかな響きだった。
「せっかく僕たちの臼になると思ったのにね」
 小規模なクレーターの密集地が、かつてはここにあった。臼にちょうどよいもので、次の季節にはここで大々的に祭りを行うはずだった。
 兄は振り向きもせず、もと来た道を行く。弟は、ちょっとだけ名残惜しそうに新しくできた巨大すぎるそれを振り返った。そして、吹っ切った様に兄の後を追い始めた。
 兄は、弟が追いつくのを待って、そして、二羽並んで家路へついた。
「あーあ。おなかがすいちゃったよ」
「帰って餅を食べようぜ」
「うん。……でも、今度のお祭どうするのかなー?」
 そんな心配をしながら、青い地球を背負って自らの影を追い、二羽の玉兎は、地球照の中を家へと戻った。

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