たんけん
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「鈴木サーン、宅急便です」
誰だ、オレの睡眠の邪魔をする奴は。
オレは少々不機嫌になりつつ、ボサボサの頭のままで玄関を開けた。

…なんだ、コレ。

宅配便のオニーチャンが運んできたのは、真っ赤な自転車だった。
「ハンコお願いしまーす」
オレは事を理解しないままに、ハンコを押しその自転車を部屋の中に運び入れた。
なんかの間違えではないかと、あて先の欄を見てみる。
そこには、
「パーラーエルドラド」
とあった。
…あ、思いだした。

一週間前、たまたま入ったパチンコ屋でファン感謝デーとやらのくじびきを引いて1等を当てたんだ。
すっかり忘れていた。生まれてこのかた、くじ運の悪さだけは誰にも負けない自信があったのだが、やっとオレ様にも運がめぐってきたようだ。(大ゲサ)
オレはニヤニヤしながら送られてきた自転車の包みをといてみた。
それは、乗るのがもったいないく゜らいピカピカに輝いている。
よし、こいつで探検に行こう。オレは早速洋服に着替えて真新しい自転車を押して、部屋の外へ出た。
そういえば、自転車に乗るのも久しぶりなような気がする。
オレはペダルに力をこめて最初の一こぎを踏み出した。
ちょうど天気もよく、気持ちのいい風が吹いている。

<中略>

オレが気付いた時には、飛び出してきた子供の姿はどこにもなかった。「ごめんなさい」の一言でもあれば、お兄さんは大丈夫だから、飛び出してきちゃダメだぞっと軽く注意出来るのだが、それが出来ない。

あのクソガキ!!

怒りが込み上げてくるが、そんなに長い間道路の真ん中に仰向けに寝転んでもいられないので、痛みを堪え立ち上がり、横倒しになっていた自転車を起こした。

アスファルトに叩きつけられおかげで体のあちこち、特に後頭部から肩・肩甲骨の辺りが痛い。自転車にはキズが1つも付いていなかったが、着ていた買ったばかりのジージャンの肩の所にはみごとに穴がポッカリと、それも2つも開いていた。これはかなりへコンだ。給料が入ってやっと手に入れた憧れのビンテ―ジもののジージャンだぞ。事もあろうか、あのクソガキに、このジージャンの価値の分からんクソガキに!どこにもぶつけられない怒りがオレの中で渦巻いていた。オレは何かに当たりたかった。小石か空缶がそこらにあったら、間違いなく思い切り蹴飛ばしていただろう。だが生憎小石やら空缶はオレの周りには無かった。
仕方なく自転車を押して元来た道を戻り始めた。もう「探検」という言葉は頭の中からきれいさっぱりなくなっていた。そのかわりにオレに残されたものは、怒りと自転車と穴の2つ開いたジージャンだけだった。

<中略>

実際、その言葉をオレは、全然分かっていなかった。何時間か後、嘔吐してぶっ倒れ、救急車に運ばれ、死にかけて分かったというのも、皮肉な話だ。
そして馬鹿なオレは、やつれた顔した由佳を見て、そのときはじめて、己の無用心さを心底後悔した。二度とこんな思いを由佳にさせたくない、今までより、もっともっと大切にしよう。その気持ちがオレの中でいっぱいに広がっていた。自分にとって、由佳がどれ程大きな存在になっているか、このとき身をもって知ったのだ。

「自転車は、当分こりごりだよ」
「ホントにね」
苦笑しながら、由佳は病室の窓を少し開けた。
さわさわと風がやわらかに入ってきた。陽の光は、穏やかに病室を包み、優しく時間を照らす。
「…気持ちいい」
窓の外を眺めながら、由佳がつぶやく。風がふわりと由佳の髪をとらえては離して行く。
でも、この風も気持ちいいけれど、あの自転車に乗って吹かれた風も悪くはなかったといったら、由佳はどんな顔をするだろうか?
「ん?何」
「いや、なんでもないよ」
オレは同じ秋の風に吹かれながら、あのとき見た風景を思い出していた。それは、外に見える風景に続いている。今はまだ知らぬ、この街の向こうに。 (終わり)

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