サマナ☆マナ!4

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16

 突然起こった異変。
 突然知らされた事実。
 ドランさんの変身と、あたしの知らなかったパパの過去。
 あまりにも衝撃的過ぎて、何がどうなっているのか、これからどうすれば良いのか・・・
 まだ頭の中で整理できないでいる。
 だけど時間は待ってはくれない。
 龍の魔人に変身したドランさんは、地面に転がっているガイたちに執拗な攻撃を繰り返していた。
 脚で蹴り、踏み付け、尻尾で叩く。
 その度にガイたちは悲鳴を上げているわ。
 ドランさんやリ・ズーさんに酷いことを言ってきたガイを助ける義理なんかないかもしれない。
 だけど、これ以上ドランさんを放置して、暴走させるわけにはいかない。
 何としても止めなくちゃ。
「ドランよ、目を覚ませー!」
 リ・ズーさんが武器も持たずに龍の魔人へ飛び掛かった。
 とにかくドランさんを力で抑えつけるつもりなんだ。
 何の抵抗も見せないガイたちをいたぶるのに飽きたドランさん、新たな戦いの相手に気付くと迎撃態勢を取る。
 ガシっと、二人が両手を合わせてがっぷりと組み合った。
「ぬおぉぉぉぉ」
「ぐるる」
 そのまま力比べに突入する。
 互いに押したり押し返されたり、リ・ズーさんも決して力負けしているわけではないわ。
 だけど・・・
 我を忘れて戦うことだけに特化しているドランさんのほうが一枚上だった。
 両手をふさがれたなら脚が出る。
 リ・ズーさんの胴体に、力強く太い右脚で蹴りを入れる。
「ぐはっ」
 吹っ飛ばされたリ・ズーさん、たまらず地面を転げまわる。
「やはり力尽くじゃ無理か・・・かと言って」
 呪文の詠唱に入るジェイクさん、一瞬の後。
「ラハリトっ!」
 猛烈な勢いの火炎の嵐がドランさんを襲った。
 その熱量はマハリトの比じゃないわ。
 炎に包まれてドランさんが焼け死ぬんじゃないかって、そっちのほうが心配になる。
 しかしあたしの心配は杞憂に終わったの。
 ラハリトの炎はドランさんに直撃する寸前、霧が晴れるように消えてしまった。
 呪文無効化。
 上級モンスターが持つ特殊能力を、龍の魔人と化したドランさんも身に付けていたんだ。
「ちっ、やっぱダメか。ランバートの時もそうだったからな・・・」
 過去に変身したパパと戦ったんだと思う。
 ジェイクさんもある程度は予想していて、その通りの結果になってしまったみたいね。
「どうする、ジェイク?」
「どうする、ったってなあ・・・」
 現役時代にジェイクさんと一緒にパーティを組んでいたベアさんも、変身したパパと戦ったはずよね。
 もちろん、その時のパパの強さを知っているはず。
 だから、今目の前にいるドランさんが変身した龍の魔人の強さも想像が付くんだわ。
 ガイたちを蹴散らし、リ・ズーさんを退け、そしてジェイクさんの呪文すら受け付けない。
 これだけ見せつけられたら、あたしだって今のドランさんの強さが普通じゃないことくらい分かるってものだけど。
 リ・ズーさんとジェイクさんが相手をしている間に回復を終えたガイたちが何とか立ち上がる。
 だけど、今度は無理に攻撃をしたりはしない。
 フェルパーのハニー選手やラウルフのアルバ選手、その他この場に残った冒険者数名と共に取り囲む。
「このままドランさんの身柄を拘束できれば良いんだけど」
 もらしたのはパロさん。
「身柄を拘束・・・つまりは捕まえて何処かに閉じ込めておく、とかですか?」
「そうね。そうすれば、時間の経過と共に自然に元の姿に戻るかもしれないわ」
「だけどパロよ、アレを捕まえるったって、そう簡単にはいかないぜ」
「それに、閉じ込めておく場所も問題だな」
「それはそうなのよねえ・・・」
 ドランさんを捕まえて身柄を拘束するというパロさんのアイディアだけど、シン君もジェイクさんもあまり乗り気ではないみたい。
「捕まえる? 捕まえる・・・」
 だけどあたしの頭の中では、何かが引っ掛かったような気がして。
「マナ、何か思い付いた?」
「あたし、できるかもしれません」
「できるって、何がだよ?」
「ドラゴンパピーでも呼び出して戦わせるつもりか?」
「いいえ、そうじゃなくて・・・」
 ジェイクさんたちの言葉を制しながら、もう一度自分の考えを整理する。
 うん大丈夫、きっとできる。
 確証はないけど、どうにかなりそうな気がするわ。
「ドランさんと召喚契約をして、あたしの配下に置きます」
 龍の魔人を見据えて、そう宣言した。
 あたしのその言葉にジェイクさんたちはもちろん、ガイたちも驚いているわ。
 あたしは構わず、思い付いたことをまくしたてる。
「召喚契約してしまえば、ドランさんはあたしの命令に服従することになります。少なくても暴走するのは止められるわ。
 そして、たとえすぐに元の姿に戻らなくても、魔法陣に封じることができます。その間にアルビシアへ行って水晶を取ってくるとか・・・」
「マナの考えは分かった。だがしかし、本当にヤツと召喚契約できるのか?」
 ジェイクさんの視線は鋭くて、思わず尻ごみしそうになる。
 でもここで「やっぱりできません」なんて答えるわけにはいかないわ。
 だからあたしは
「できます」
 静かにそう答えたの。
「はっ。大会には優勝したかもしれないが、所詮ビギナークラスのお遊びごっこだ。本当にできるっていうのかい?」
 嘲笑とも取れる言葉と共に、ガイがあたしに詰め寄ってきた。
「できます。だってあたしは貴方と違ってドランさんを信じているから。
 貴方は昔、ドランさんに裏切られたと思い込んで、ドランさんを信用できないでいるのかもしれませんけど・・・
 でもあたしはドランさんを信じています!」
「何だとっ!」
 図星を突かれてカっとなったのかもしれない、ガイがあたしに手を上げようとする。
「お前は引っ込んでろ、ガイ」
 でも、すかさずジェイクさんがガイの首根っこを押さえて引き離してくれた。
「ジェイクさん・・・ですが」
「良いから、お前は引っ込んでろ」
「はい」
 ジェイクさんに睨まれて、ガイはすごすごと下がっていった。
 あのガイも、ジェイクさんだけには頭が上がらないみたいね。
「他の連中もだ。マナの邪魔は許さねえからな」
 最後にジェイクさんがフォンタナ選手たちをギロリと睨むと、もう誰も口を開かなくなった。
「よしマナ、やってみせろ」
「しっかりね」
「必ずできるって信じてるぜ」
 ジェイクさんが、パロさんが、シン君が。
 あたしを応援してくれている。
「はい」
 あたしは心を落ち付けて静かに返事をすると、ドランさんの前へと歩を進めた。

 パロさんの言った「身柄を拘束して捕まえる」という言葉を聞いた時、あたしの中で何かが引っ掛かったの。
 少し考えてその答えが分かったわ。
 それは、アルビシア島でドラゴンを次々と強制契約していったマーカスさんだったの。
 彼は相手の意思とは無関係に、契約によって文字通りドラゴンを捕まえていった。
 今のあたしのレベルで、あれだけの強制的な契約ができるとは思わない。
 だけどあたしはドランさんを信じているし、ドランさんもあたしに心を開いてくれていると思う。
 きっと召喚契約は成功すると信じているわ。
「ドランさん・・・ううんドランよ、我を主と認め、我が命に従うことを誓いなさい。
 召喚契約、ドラコンロード!」
 契約の言葉を紡ぐと、ドランさんの足元に緑色に輝く魔法陣が浮かび上がる。
 だけどその光は儚くて、今にも魔法陣が消滅してしまいそう。
 龍の魔人と化したドランさんが、まだあたしとの召喚契約を認めていないからだ。
「ぐあぁぁぁ」
 それが証拠にドランさんはあたしを睨み、威嚇するように鳴き声を上げているわ。
 モンスターと召喚契約を結ぶには、いくつか条件がある。
 一番分かりやすいのは、対象となるモンスターが召喚師に心を開いてくれた時。
 あたしが契約しているモンスターは、すべてこのパターンで契約しているわ。
 そうでなければ、モンスターと召喚師の利害が一致した時とか、あるいは力で屈服させたりとか。
 龍の魔人と化したドランさんは我を忘れてしまっていて、とてもあたしに心を開いてくれるとは思えない。
 我を忘れているとなると、利害どうこうとかもないわね。
 となると後は、ドランさんを屈服させてあたしの配下に置くしかない。
 強制契約と似ているけど、それは相手の意思は無関係に行われるもの。
 だけど屈服させるということで、一応相手の意思は尊重することになる。
 とは言っても、難しい契約には違いないわ。
 問題は、どうやってドランさんを屈服させるか・・・
 言葉も通じそうにないし、ガイやリ・ズーさんのように力尽くなんてとても無理。
 だけどあたしは最後の切り札を用意していた。
 ドランさんが変身してしまった原因は、あたしの血だ。
 言うなれば、今のドランさんはあたしの血が生んだ子供のようなものよ。
 ならばそれを解決できるのも、あたしの血のはず。
 子供が親の言うことを聞くように、今のドランさんを屈服させるには、あたしの血の力を使うしかないでしょうね。
 でもここでドラゴンに変身するわけにはいかないわ。
 だってここにはガイたちがいるし、何より変身した後に気絶しちゃったら契約どころじゃないもの。
 だから変身以外の方法を使う。
 いつかの狼に襲われた時のように、あたしの中で眠るドラゴンの血をほんの少しだけ起こして、それでドランさんを驚かすことができれば。
 きっと契約は成功するはず。
 ドランさんの足元に光る魔法陣が消滅しないように神経を集中させながら、その一方でドラゴンの血に働きかける。
 こんなことは今までやったこともないけど、やらなければならない。
 だってこれは血の契約なんだから。
 言葉でもなく、心でもない。
 あたしとドランさんの間で交わされる、血と血による契約。
 パパからドラゴンの血を受け継いだあたしと、あたしの血を舐めてしまったドランさん。
 そんな二人が契約できないはずはないと、あたしは信じているの。
(あたしの中に眠るドラゴンの血よ、目覚めなさい)
 ドクン、と。
 あたしの身体の中を、一瞬だけ熱い物が駆け巡ったような気がした。
 かあっと身体が熱くなり、頭がくらくらする。
 だけどここで気を失うわけにはいかないわ。
 意識を魔法陣に集中させる。
 と、その時。
 龍の魔人と化したドランさんが怯んだような気がした。
 それはまるで、何かに怯えているようで・・・
 そうか、ドランさんがあたしの中のドラゴンの存在に気付いたんだ。
 アルビシアに棲むという本物のドラゴンの神には及ばないかもしれない。
 だけどその姿を受け継いでいるあたしに、龍の魔人が怯えている。
 今がチャンスよ。
 あたしは再度契約の言葉を口にする。
「汝、我を主と認め、我が命に従うことを誓え。召喚契約、ドラコンロード!」
「ぐおおぉぉぉ」
 それまで苦しそうに吼えていたドランさんがおとなしくなったかと思うと、脚元の魔法陣が更なる輝きを放った。
 これは、ひょっとして・・・そうよ!
「召喚契約、成立」
 緑の光を放つ魔法陣の中で、龍の魔人が膝まづき、あたしに頭を垂れている。
 今やドランさんはあたしに屈服したことを認め、あたしの配下に付くことを誓ったんだ。
 そして、次の瞬間。
「あっ・・・」
 ドランさんの龍の魔人の姿が、次第に薄れていく。
 身体が一回り小さくなり、翼が消え、顔も元のものに戻っていった。
「ドランさん!」
 あたしが呼び掛けると、ドランさんの身体は魔法陣の中に吸い込まれていった。
 まだ意識のはっきりしない中、それでも何かを伝えたいのかドランさんの口が微かに動く。
「ドランさん何? 何が言いたいの?」
 ドランさんの言葉に耳を傾けるけれども、何も聞き取れない。
「ドランさん!」
 あたしの呼び掛けに応えることなく、やがてドランさんは完全に魔法陣の中に消えてしまった。
 結局言葉は聞こえなかったわ。
 でもあたしにはドランさんが何を言いたかったのか、分かったような気がしたんだ。
 ドランさんはきっと、こう言いたかったんだと思う。
(俺を信じてくれてありがとう。俺もマナを信じている)

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