ジェイク7

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24

「うがあぁぁぁぁ!」
 突然、ランバートが胸を押さえて苦しみだした。
「ランバート、どうしたの!?」
「待つんだエイティ、あれはただごとじゃないぞ。しばらく様子を見よう」
 駆け寄ろうとするエイティをベアが制した。
 ランバートの苦しみ方はもはや尋常のものじゃない。
 喉をかきむしり胸を押さえ、人のものとは思えない声で絶叫し続けている。
「おいル'ケブレス、一体何が起こったんだ?」
 ランバートはル'ケブレスの血を飲んでおかしくなった。
 ならばその血を与えた張本人なら何か知っているはずだ。
 いや、神なんだから知らないはずはないだろうよ。
『ドラゴンの血は人には濃すぎるのだ』
「血が・・・濃い?」
『さよう。あまりにも濃すぎる血は人の身体で受けきれるものではない。しかし、人の身体で受けきれないのであればその身体を人ならざるものに変えれば良い』
「人ならざるものって・・・まさか!」
 ドラゴンの血は濃すぎて人間の身体では持て余してしまう。
 ならばドラゴンの血を受け付けやすい身体ならどうか?
 それならば苦もなくドラゴンの血を受け入れられるだろう。
 ドラゴンの血を最も受け入れやすい身体とは何か?
 それは、同じドラゴンに決まっている。
「まさか、ランバートは・・・」
『血の濃さに飲み込まれて死ぬか、それとも我が眷属の仲間となるか。全てはランバート次第よ』
 ル'ケブレスの声が冷徹にオレの頭の中で響いていた。
「そんな! それじゃあランバートは死ぬかドラゴンになるかのどちらかなの?」
『・・・』
 エイティが食い下がるも、ル'ケブレスはそれ以上は何も話してはくれなかった。
 そうしている間にもランバートの身体に起こった異変は確実に進行していた。
 全身を爬虫類のような鱗が覆い始めた。
 腰からは長い尻尾が伸びていき、手や足の指には鋭い爪が生え出した。
 魔族としての面影は失せ、顔がドラゴンのそれに変わる。
 頭からは四本の角、そして大きく裂けた口からは鋭い牙が覗いている。
 背中から巨大な翼が生え始め、纏っていた漆黒のマントを突き破る。
 今までマントに覆われて隠れていた鎧が顕になった。
 金色の鎧の胸の部分には、燦然と輝くダイヤモンドの結晶。
『これは見事なドレイクよ。ダイヤモンドの鎧を纏ったドレイク、ダイヤモンドドレイクの誕生だな』
 ダイヤモンドドレイクとして生まれ変わったランバートをエメラルドの瞳で見つめるル'ケブレス。
 その声はどこか寂しそうでもあった。
「クソっ。不老不死の正体はコレだったのかよ!」
「どういうことだジェイク?」
「人間が永遠に生きられるわけがなかったんだ。だからドラゴンの血を飲んで身体をドラゴンに変えてしまう。ドラゴンなら永遠に生きられるかもしれないからな」
「なるほどな」
 オレの説明に忌々しげに頷くベア。
「二人とも、今はそんなことどうだっていいでしょ! 早く何とかしなきゃ。ランバートを元の姿に戻してあげるのよ」
「何とかしろったってなあ・・・」
 ランバートを元に戻す方法なんてオレが知っているはずもない。
「ル'ケブレス教えてくれ、どうすればランバートは元の姿に戻るんだ?」
『・・・』
 オレの叫びに無言で答えるル'ケブレス。
「いくら神だからって無責任じゃねえか? ランバートはアンタの血を飲んであんな姿になったんだぜ」
『しかしそれは本人が望んだこと。そして・・・』
 エメラルドの瞳がグイとオレへと突き刺さった。
『ジェイク、エイテリウヌ、ベアリクス、汝らもそれに同意したではないか』
「それはだって、あんなことになるなんて知らなかったからよ」
『エイテリウヌよ、これは汝ら人間が望んだことの結果だ。故に汝らだけで解決せねばならぬ』
 抗議するオレ達を退けるル'ケブレス。
「承知した。ランバートはワシらで何とかしよう。ル'ケブレスよ、アンタはそこで見守っていてくれ」
「ベア」
「オッサン」
「きっとル'ケブレスも辛いだろうよ。ここはワシらで解決の糸口を探そう」
 ベアにそう言われてはオレもエイティももう何も言えなかった。
「分かったわ。ランバートは私達で助けてみせる。ジェイク、ベアも手を貸して」
「オウ」
「分かった」
 ル'ケブレスが見守る中、オレ達はランバートへと向かって行った。

 ダイヤモンドドレイクと姿を変えたランバートは、赤かった瞳をさらに血走らせて吼えまくっていた。
 湧き上がる力を抑えきれずにエクスカリバーを振り回す。
「ランバート!」
 エイティが名前を呼ぶもランバートは全く反応しない。
 それでもエイティはランバートに話し続ける。
「ねえランバート、私が分かるかしら? エイティよ。聞こえる? ランバート」
 エイティの必死の呼び掛けも虚しく、ランバートは暴れ続けている。
「ランバート!」
 エイティが一歩を踏み出す。
 そこへ、ランバートの持つエクスカリバーが空を斬り割いて襲い掛かった。
「きゃっ」
 とっさに聖なる槍で受け止めるエイティ。
 しかしランバートは攻撃の手を緩めない。
 ニ激、三激とエイティ目掛けてエクスカリバーを叩き付ける。
「ランバート、目を醒まして・・・お願い」
 ランバートの攻撃を間一髪で受け止めながら、エイティは涙混じりに呼びかけ続ける。
 しかしランバートにはもはや、エイティをエイティと認識することはできないようだった。
「イカン、エイティだけでは持たんぞ」
 エイティの危機と見るやベアも飛び出した。
「ランバートよ、ワシだ。ベアだ。分かるか?」
「うがあぁぁ」
 ランバートの攻撃が前線に飛び出たベアへと向けられた。
「ランバート、目を醒まさんか!」
 それを金剛の戦斧で弾き返す。
 ガツンと金属同士が打ち合う音が響く。
 ランバートの攻撃を受け止めながら、ベアも呼びかけ続けた。
 しかしその声はランバートには届かない。
 ベアが相手をしているダイヤモンドドレイクからは、華麗な剣技を見せてくれたランバートの面影などすっかり失せていた。
 そこにいるのはただ、目の前にいるモノに対して破壊の衝動をぶつけるだけの魔物だ。
 戦いはランバートの一方的な攻勢で展開していた。
 エイティもベアもランバートの攻撃を受け止めることに徹していたからこれは仕方ないだろう。
 しかし、戦いが長くなれば不利なのは目に見えて明らかだ。
 そう思った矢先だ。
「きゃあ!」
「うぐ・・・」
 エイティとベアがランバートの攻撃を食らって吹っ飛ばされてしまっていた。
 二人ともル'ケブレスから贈られた新しい防具のおかげで致命傷こそまぬがれたものの、かなりのダメージを受けたのは間違いない。
「ル'ケブレスよ、まさかこうなるのが分かっていてオレ達に新しい装備をくれたんじゃねえだろうな?」
『・・・』
「へっ、相変わらずのだんまりか」
 今更ル'ケブレスが何か言ったところで戦局が変わるわけじゃねえしな、ここはランバートの動きに集中するしかねえだろ。
 ダイヤモンドドレイクと化したランバートが、吹っ飛ばされて起き上がれずにいるエイティへと歩み寄っていた。
 マズイ。
 今ランバートから攻撃されたらエイティは間違いなく即死だ。
 何とかしてランバートの気をエイティから引き離すんだ。
「ランバート!」
 オレはランバート目掛けてマダルトを放った。
 氷の嵐がランバートに襲い掛かるも一瞬にして消滅してしまう。
「ヤロウ、呪文無効化まで身に付けたのか」
 高度な魔物、特に悪魔などが有する防御能力、それが呪文無効化だ。
 何しろこちらの唱えた呪文が完全に打ち消されるんだから、この能力を持つ敵と戦うには魔法使いには荷が重過ぎる。
 しかし今はそんな泣き言を言っている場合じゃない。
 いくら呪文無効化と言えど、100パーセントなんてことは無いはずだ。
「マハリト、マハリト、マハリト!」
 ここは呪文のレベルを落として連発させてみる。
 魔法使いの3レベルに属するマハリトなら呪文の詠唱から発動までは一瞬だ。
 小規模ながらも炎の波が立て続けにランバートに襲い掛かる。
 初弾は無効化されて消滅、しかし二発目と三発目が続けてランバートの身体を包み込んだ。
 炎に包まれたランバートだったが、身体を振るわせブレスを吐いてマハリトの炎を消してしまった。
 しかしこれでランバートの注意がエイティからオレに向けられた。
 ダイヤモンドドレイクと化した身体をオレへと向けて歩き出す。
「ランバート、勝負だ」
 どうやらランバートとの宿命の戦いってヤツは避けられないらしいな。

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