『 この空の下 』

 

 

act.3

 

・・・・・ から・・・ん・・・

 

小さいけれど澄んだ音が 頭のすぐ真上でひびく。

ことり、と足元で くぐもった優しい音がきこえる。

 

 − いらっしゃい・・・

 

音にならない言葉が おだやかに迎えてくれる。

 

 − こんにちは。 

 

声よりも微笑みと軽い足取りで挨拶を返す。

低く流れるメロディ−の邪魔にならにように 静かに寄せ木細工の床をふみ

ぴかぴかのあめ色に拭き込まれた木目あざやかなカウンタ−の前に腰を下ろす。

 

「 ・・・ご注文は? 」

「 カフェ・オ・レ をお願いします。 」

 

自分の前に音もなく置かれた切子細工のグラスを持ち上げて

フランソワ−ズは ほ・・・・っと吐息をついた。

指にひんやりと感じる水が グラスの中から微笑みかけてくる。

ふわり、とやわらかい色と匂いの空気が自分を包み込む。

 

いつもの場所・・・ いつもの空気・・・

肩に こころに 抱えていたものがす・・っと軽くなってゆく。

 

「 すてきな花束ですね。 ・・・みんなハ−ブ? もうそんな季節かしら・・・ 」

「 ・・・日溜りは そろそろ満艦飾ですよ。 」

「 ・・・ そう。 」

カウンタ−の奥に飾ってある花瓶を 店のマスタ−はちょい、と向きを変えてくれた。

・・・あたりに日向の日溜りの匂いが あわく沸き立った。

 

ほとんど彼女の定位置になったその席は 横手の窓を通してゆったりと見透しがきく。

高台にあるこの店からは 晴れた日に眼を凝らせば水平線を臨むことができた。

 

空 と 海 と。

 

決して溶け合うこと無いふたつの青が 瞳をとじれば眼裏ですぐに滲み重なり合う。

 

今日も・・・青い空。

気が付くと いつも自分は空を、天を、その彼方を追っている、とフランソワ−ズは 思った。

そうね。 このカフェ、何回か一緒に来たわね。 ・・・あのときは ここにあなたが居た。

ねえ、ジョ−。 あなたはなぜかカウンタ−席がお気に入りで、

こっちにあなた・ここにわたし。

上着の裾は重なり合い、息遣いまで感じる距離に座っていて・・・ なのに

なかなか捕らえられないあなたの視線に・・・こころに 焦れたわたしはよく訊いたわ。

 

 ー ジョ−。 なにを見ているの

 

 − 空が 青いね・・・

 

こっちを向いて欲しいのに わたしを見て わたしにその微笑を預けてほしいに

あなたは なぜか彼方に視線をとばしたまま。

そんなにもあなたを惹きつけるモノはなに・・・と一緒に目を凝らせても

空の青は わたしに微笑んではくれなかったわ。

 

いつもは あんなに優しいのに。 あんなに ・・・ 熱いのに。

ねえ、そんな澄んだ眼差しを空にばかり向けないで。

なんだか ジョ−、あなた自身まで吸い込まれてゆきそうで わたし、怖い。

あなたが見上げる空には ちょっと嫉妬していたわ。 ・・・そう、いつも、いつも。

 

ねえ、そんなに・・・ 空が好き・・?

 

・・・でも、それは

あなたは、ジョ−。 いつか自分の還るところを ・・・ 感じていた、から・・・・・?

 

 

 ー ジョ− ・・・ ここに いて。

 

 

 

あの夜を覚えてる?

「 ・・・ねえ、目を開けて・・・? 」

「 ・・・え。 や・・・ そんな コト ・・・できない 」

「 ねえ? 」

あなたは わたしの中にいるままで言ったのよ。

そんな・・・恥ずかしい・・・わ。

わたし、一生懸命目を開けようと思ったけど まぶたが張り付いてちっとも言うことを聞かないの。

 

「 ・・・空が見たいから。 目を開けて・・・ 」

「 ・・・・ ジョ− ・・・ 」

あなたは そっとわたしの頬に手を当てると ゆっくりとわたしの瞼に唇を当てたわ。

「 ・・・う・・・く・・・っ ・・・ 」

背中を何かが駆け上がり 頭の中で爆ぜたわ・・・ 瞼の裏に火花が散って、

わたしますます目があけられなかった・・・

 

「 ・・・ふふふ・・・ どうしたの? 恥ずかしがりやさん・・・ 」

口の重いあなた。 

そのかわり あなたの視線は、指は、身体は とても饒舌で

わたしはいつも 抑え切れない歓びを自然と口から迸らせてしまうのよ。

 

 ー ああ。 真夜中でも いつでも ・・・ 青空がみえるよ。

 

薄くうすく 開けた瞼の間から あなたのセピアの眼が覗き込んできたの。

豊かな大地に抱かれて わたしのすべてに、こころも身体もすみずみまでに ゆったりとなにか

温かなものが満ちていったわ・・・

その豊潤な満ち潮に溺れそうになってわたしは 思わずあなたに縋り付いてしまったの。

 

 ー きれいだ、 ほんとうに。 きれいだね・・・

 

あなたの声が わたしの中から聞こえたわ。

あなたの想いが わたしの内に溢れたわ。

ジョ−、あなたの微笑みは わたしの中に吸い込まれていったのよ。

 

・・・わたし。 あなたを 空から連れ戻せたと思ったのに。

 

 

ひとつ・ふたつ・みっつ・・・

あなたの 眼差しを あなたの 声音を あなたの 指先を ・・・ あなた 自身を

一生懸命 こころの中に描いてみるの。

初めて 会ったのは ・・・ 風のなか。

初めて 笑ってくれたのは ・・・ 緑の小島。

初めて くちづけをくれたのは ・・・ 早春の野原。

そうなの、そういう時にね。 いつだってあなたの後ろは 青空。

そうね。

わたし、あなたにめぐり合うために。

あなた、わたしと出会うために。

 

   この空の下

 

わたしたちの 人生は重なり合ったのね・・・。

 

 

 

ねえ。 宇宙( そら ) からも ・・・ 見えた?

 

あなたの瞳に 最後に映ったものは なに。

 

ええ、ええ。 そうね。 

きっと。 あなたは この青空をながめこの青に溶け込んでいったのよね・・・

きつと。 あなたは この青空からわたしの青にもどって来たのよね・・・

 

  ー だから。

 

 

あのね、ジョ−。

最後の闘いの地から戻ったとき、なにもかも、そう一番大切なモノまで失くして 

それでも生きている自分を呪ったけれど。

みんなは またあの地を ホ−ム に選んだのよ。

いつでも<ただいま>って帰ってくるために。 いつの日か<おかえり>って迎えるために。

だから、みんな、また世界に散っていったけれど、 わたし、ここで待っているの。

ねえ、だから。

 

 

ちょっとだけ、言ってもいい?

・・・ねえ、もっと。 もっと もっと・・・ 思い出がほしかったわ。

あなたと会えるまで 繰り返し手繰るには わたしの手元にあるものは少なすぎて・・・・

・・・ねえ、もっと。 もっと もっと・・・ 愛してほしかったわ・・・・

あなたの許へゆくまで わたしを豊かに満たしていて・・・

 

ちょっとだけ、目を瞑っていても、いい?

こうやって・・・ ああ、木の香り香、コ−ヒ−の香り、焼きたてのスコ−ンの香りがわたしをとりまくわ。

 

こうやって。 わたし、カフェ・オ・レを 待っているの。

こうやって。 わたし 待っているの ・・・・・ ジョ−、あなたを。

 

ここにいれば 目をあけるまで、 わたしは楽しみを待っている幸せな女の子。

ここにいれば わたしはあなたを 待っていられる。

 

 ジョ−。 ちょっとだけ。 

 

この日溜りで やさしい夢を見させて・・・ね。 ほんの ちょっとだけ。

 

 

窓の近くの席で、亜麻色の頭がゆっくりと前に傾いてカウンタ−に伏している。

淹れたてのカフェ・オ・レを マスタ−はそっと彼女から離して置いた。

まだ若いウェイトレスが ちょっと不思議そうに眺めている。

「 ・・・マスタ−。 あのハ−ブって、ドライフラワ−ですよね? 」

「 うん・・・いいんだよ。 あのヒトはずっとあの花が生花だった季節が続いて欲しいのだろう・・・

 カフェは ・・・ ひと時の夢を味わうところ、だから。 」

 

いいにおいの空気と やさしい時間。

人々は 美味しいコ−ヒ−と 懐かしい夢を味わいに 今日もやってくる。

 

・・・・ カフェ・日溜り はそんなお店である。

 

 

*****   Fin.  *****

Last updated: 05,12,2005.                      back    /    index

 

 

****   ひと言  ****

はい〜終わりました。 始めに申し上げましたとおり、<平ゼロ・ヨミ編設定>

あの完結編はナシ、でございます。 オフ本ボツ作品って、オフ本は当初

<カフェ設定>って構想がありましたので・・・(^_^;)

お誕生日に・・・ちょっと可哀想だったかな〜〜 ごめんね、ちゃんとお祝いも

したげるから・・・ね♪