『 その理由 ― (1) ―  』 

 

 

 

 

 

     タタタタタ −−−−−− !

 

あまり広くない舗道を 金髪娘が走っている。

ジョギング風ではなくかなり真剣に 走っている。

そもそも彼女の服装は ジョガーの軽快なものではない。

シンプルなグレーのパーカーを風になびかせ 

すんなりと長い脚をジーンズでつつみ ― 走っている。

肩からかけたバッグは やたらと大きい。  ぱんぱんだ。

普通の娘たちが持ち歩く小ぶりなものではない。

その上に ポシェットも掛けている ・・・

 

そして 金髪を風に靡かせ 真剣な眼差しで前方をにらみ。

・・・ なにやら ぶつぶつ 言っている

 

    ひゃあ〜〜 急がなくちゃ

    う〜〜〜〜 間にあわない〜〜〜

 

    ・・・ 加速そ〜〜〜ち・・・! 

    ううう なんでわたしには搭載されてないわけ??

    もう〜〜〜 BGってとんだヌケサクだわ!

 

    あああ  間に合わない〜〜〜 !!

 

表通りの舗道から角を曲がり 二本通りを走り抜け

次の角を曲がり・・・ 三軒目、アイアン・レースの門を開け

 ― 彼女は 奥の建物に飛び込んだ。

 

・・・ ああ ああ ホント、 毎朝のレッスンは 楽じゃない ・・・

 

「 お っはようございまあ〜す 」

 

ガラスのドアを押しあけ 声を張り上げる。

「 あ〜 おはようございます〜  急いだ方がいいですよ 」

事務所のカウンターから 声が飛んできた。

「 はあ〜〜い 」

 

   タタタタ   バタンっ   更衣室に飛び込んだ。

 

「 おはよ〜ございますぅ〜〜〜 」

「 あ おはよう  わあ もうそんな時間〜〜 

「 いっけない、 トイレ〜〜 」

数人いた女性たちは 笑顔で挨拶を返してくれたけど

皆 ばたばたと出ていった。

「 〜〜〜 う〜〜〜 下に着ててよかった・・・けど!

 えっと えっとアタマセットは どこ〜〜〜 」

更衣室の隅っこで ばばばばっと上に着ていたものを脱ぎ棄て

・・・ バッグを床に置き中を掻きまわす。

「 あら あら〜〜〜 ??? 

 え〜〜ん アタマセット〜〜〜 どこ〜〜〜 」

 

   バタン。  ドアが開いて丸顔が顔を突っ込んできた。

 

「 フランソワーズ?  おはよ! ピアニストさん 来たよ〜〜

 急げ〜〜〜 

「 み みちよ・・・ おはよ〜〜  ねえ ピンとゴム 持ってる?

 アタマセットがない〜〜 」

「 あるから。 早くおいでよ  マダム くるよ 」

「 う うん ・・・ えっと タオルと ポアント・・・と 

 よし・・・ あ あ〜〜〜 トウ・パッド!  行こ! 」

 

   ダッシュ! 

 

 金髪を靡かせ フランソワーズはスタジオにすべり込んだ。 

隅っこの後ろ、いつものバーに辿り付く。

「 ・・・ はあ ・・・ 」

「 フランソワーズ ほら ゴムとピン 

隣から みちよがゴムを差しだしてくれた。

「 あ ありがとう〜〜 よかったぁ  ・・・っと 

 あ あ〜〜 靴も履かなくちゃ〜〜  

座り込み、トウ・パッドを嵌めポアントに足を 押し込む!

 「 う う〜〜〜 えいっ 入れ〜〜〜 えいっ 

 

  トントン ドン!  なんとか足を <詰め込んだ>

 

「 ふう〜〜〜 ああ なんとか・・・ 」

バ―につかまれば 思わずため息が出てしまう。

「 ふふふ どしたの? 寝坊? 」

「 ん ・・・ アラーム止めてまた寝ちゃったみたい・・・

 地元のバス、一本逃すと  もう悲惨よぉ 」

「 フランち 遠いもんねえ 」

「 しょうがないわよ 」

「 一人暮らし したら?  もうちょっと近いトコにさ 

「 ・・・う〜〜ん ・・・ 多分無理・・・ 」

「 あ〜〜 お父さん ダメだって?

 あは 大事な一人娘だもんねえ 」

「 まあ わたしは頼りないってことよ  ・・・ えっと・・・

 アタマ アタマ・・・っと。 なんとか間に合った わ 」

「 ギリじゃんか〜〜  あ マダム 来たよ 」

「 うわ〜〜 ヤバ〜〜〜 」

フランソワーズは大慌てでストレッチを始めた。

 

   カタカタ  ガタン  

 

「 おはよう みなさん  

明け放しているドアから 初老の女性が入ってきた。

ぴっちり伸びた背筋と す・・っとした歩き方が

彼女のこれまでの生涯を物語っている風に見える。

 

  おはよ〜ございます〜〜  おはよっす!

 

口々に挨拶を返しつつてんでに床に寝そべって 

ストレッチしてたダンサー達は もそもそと起き上がる。

ふぁ〜〜〜 ・・・ 大口あけて欠伸したり のび〜〜〜 したり。

そんな彼らを寛大にも目こぼしし 女性は声を上げる。

 

「 で〜は 始めます よろしい?  」

 

 さっとダンサー達は 機敏な動き代わり

皆 しゃっきりとバーに付いた。

 

「 はい じゃ いつもの通り 二番から〜〜 」

流麗なピアノの音が聞こえてきて  朝のレッスンが始まった。

 

  ぱりん。  ぽきぽき  ごき。

 

そちこちから 関節の鳴る音、みたいな音が聞こえて来ている。

朝のプロフェッショナル・クラスは 静かな熱気に包まれ始める。

 

どのダンサー達も 少々ぼ〜〜っとした顔だ。

半分眠りそうな男子もいれば めちゃくちゃ重ね着の女子もいる。

それぞれのお気に入りの稽古着は シンプルなものが多い。

その上に ニットやらTシャツやらを着こんでいる。

稽古は動きやすく 自分が快適であることが第一、 で

ひらひら でこでこしたモノは上級者なら用いない。

レッスンには邪魔だからだ。

 

フランソワーズもずっとお気に入りの水色のキャミソール、

最初は寒いから白いニットを羽織り レッグ・ウオーマーは

二重にしている。

 

「 はい。 ありがとう。

 じゃ タンジュね〜〜  〜〜〜〜 で おっけ? 」

勿論 だれも声では答えない。 

でも すぐにピアノの音にのって指定通りに動く。

 

  シュ シュ シュ   シュ シュ

 

シューズが床を鞣すように 軽くしかし確実に舐めてゆく。

 

    えっと〜〜〜

    前 横〜〜〜 アンクロワ して 

    横で 音取り反対にして・・・

 

    ・・・ よ よおし !

 

フランソワーズは 眉を寄せ順番を叩き込む。

「 途中で音 変えてもらうからね〜 いいわね 」

マダムはピアニストさんに に・・・っと笑いかけ

ピアノの前の男性も にこっと返した。

「 はい どうぞ  」

 

  〜〜〜 ♪♪  流麗な音楽が流れはじめ。

 

    ・・・っと 遅れない 遅れないって

    〜〜〜〜 速い〜〜

 

「 ちゃんと床、踏んで! カカト 浮かさない! 」

すぐに注意が飛んできて 彼女はちょっと首を縮めた。

 

    きゃ ・・・ 見られちゃったぁ

    ・・・ ん〜〜〜  踏んで!

    っと 音に遅れるよぅ〜〜

 

「 音 逃さない。 いい? じゃ ・・・ 」

マダムは涼しい顔でどんどんクラスを進めてゆく。

フランソワーズは 一番後ろから伸びあがって

デモを見て順番をアタマに叩きこむ。

 

    ・・・ んん  わかった  かな?

    う〜〜〜〜 

 

    あら なんか突然思い出しちゃった・・・

 

レッスンに集中しているはずなのだが 思わず < 懐かしい >

光景が心の中に浮かびあがってきた。

 

 ― そう あの日のこと。

博士が一緒に来てくれた 初めてこのバレエ団のレッスンに参加した日。

 

「 それじゃあ ワシはこれで帰るから 」

「 ・・ はい 」

「 帰り道は 大丈夫だな? 

「 ・・・ はい 」

緊張で強張っている彼女の頬を 博士は ちょん、と撫でてくれた。

「 ほれ 笑ってごらん? 

 そして 思いっ切り踊っておいで 」

「 え  あ ・・・ はい 」

長い間 待ち望んでいたはずなのに ― 足の震えが止まらなかった。

こそ・・・っとスタジオに入り 隅っこのバーに付いた。

スタジオ中から 一斉に視線が飛んできている ― と思った。

 

    やっぱり わたし ・・・ ヘン?

    そうよね 時代遅れの操り人形だもの。

 

    ・・・ ついて行けるかなあ ・・・

    ちゃんとしたレッスンなんて 何年振りかしら。

    順番、覚えられるかなあ 

    ・・・ 転ぶかも  転ぶわ、 きっと。

    皆が笑うのよ ・・・ ああ ・・・

 

涙が滲んできて 慌ててタオルで拭った。

 

    やだ ・・・ だらしないでしょ フランソワーズ。

    ストレッチしなくちゃ・・・

    きっと 一人だけ脚が上がらないのよ 

    わたしだけ 回れないのよ  跳べないわ

 

    やっぱり 来るべきじゃなかったんだわ

    ・・・ か 帰りたい ・・・

    ううん! そんなこと、出来ないわ。

    博士にまで送って頂いて 指導者の先生と

    話をしてもらって ・・・

 

 「 ・・・ 」

コドモじゃないだから、 と自分自身を叱咤激励し

バーに手を置いた  ―  その途端。

 

       あ ・・・ !

 

ちょいと年季が入ったその木製の 飴色になってきているバーを

かるく握った瞬間。

    

    ぴりり ・・・  全身が 覚醒した、ダンサーとして。

 

      さあ。 踊るのよ フランソワーズ

 

心の中から 張りのある声が響いてきた。

 

「 ―  うん。 」

 

顔をあげ しっかりと床を踏みしめた。

踊る。 この足で 脚で 腕で 踊るのだ ! 

 

  レッスンが 始まる。

 

 

 

「 うふふ ・・・ 」

突然 微笑が口にあふれてしまい 慌ててしまった。

 

     あの時。

     ああ バレエはまだわたしを覚えていてくれたって

     忘れられてはいない って 感じたのよね

 

     だから わたし 踊るの。 踊れるの。

     間違えても 脚、おっこちても 転んでも。

 

     わたしは 踊るわ。

 

 

「 ほら どこ見てるの〜〜  お子ちゃまじゃないでしょう?? 」

マダムの声が飛んできた。

         

     あ やだ ! レッスン中なのに〜〜〜

 

後ろの隅っこで フランソワーズは首を縮めた。

実際に見たのではないけれど 心ここに在らず な雰囲気で

看破されたのかもしれない。

 

     だめよ〜〜 フランソワーズ!

     あんた まだ ぺ〜ぺ〜の研究生でしょう!

 

フランソワーズは 再びクラスに集中する。

 

小さなワルツ で 回り捲り、アレグロでは小気味の利いたジャンプに

フクザツな足技、 グラン・ワルツ で ダンサーたちは

広い稽古場を二往復も三往復もして 大きく高く そして 美しく跳ぶ。

 

「 はい じゃ グラン・フェッテ ね 男子 セゴン・ターン。

 女子 五人づつ。 男子 三人づつ  落ちたら 下がる。

 なるべく 落ちない! いい? 」

 

コーダの派手なピアノ演奏が始まり ファースト・グループの

ベテラン達が ごうごうと派手に回り始めた。

 

     ・・・ すっご〜〜い ・・・

     日本人って ホント 足、強い・・・

 

「 グッド・ガールズ〜  はい 次! 」

「 諦めない〜〜〜〜  自分の脚を信じなさい! 

「 16回までいったら  また 1 に戻って数えるの。

 ダメだ、と思ったら落ちるからね! 」

マダムはどのグループにも短い注意を与えてゆく。

「 はい 次 ラストね  べべちゃんたち がんばれ 」

フランソワーズたち 若い研究生ばかりのグループは

最後に センターに出た。

 

  〜〜〜 ♪♪  

 

華やかな前奏で 回転ものが得意なみちよは ダブル・ピルエットから

勢いよく グラン・フェッテに入った。

フランソワーズも 前をしっかり見つめ ― 

 

     ! ・・・ さあ 行くわ!

 

〜〜♪ 〜〜〜〜♪♪  16回はなんとかクリアした。

あと 半分! と 唇を噛みしめた。

 

     ・・・ あ  ああ あああ〜〜

     あらら な なんか視線がズレるぅ〜〜

 

ガタン、と軸足が落ちてしまった。

 「 ・・・!  ・・・ 」

彼女は すごすごと後ろに下がる。

同じグループの仲間たちは なんとか でも ちゃんと

32回 まわり終えた。

 

「 はい べべちゃんたち〜 音 聞いて!

 数を回ればいいんじゃないからね。

 フランソワ―ズ、 諦めない。 諦めたら 終わりよ 」

 

こく・・っと頷いたら 涙が汗と一緒にぼたぼたと流れ落ちた。

 

     ・・・あ〜〜 ・・・・

     昔はけっこう得意だったんだけど・・・

 

     やっぱり身体 重い・・・

     わたしの脚って こんなに弱虫だった?

 

        こんなの わたしじゃない

 

「 はい〜〜 That's all for today! サンキュ〜〜

 お疲れさま〜〜 」

 

   ザ ・・・  ダンサー達全員 優雅にレヴェランスをし

拍手でクラスを締めくくる。  

 

「 ひゃあ〜〜  潰れたァ〜〜 」

仲良しのみちよ が座り込んで声を上げている。

「 あ ポアント? 」

「 ん〜 もう一回くらい履けるかなあ〜って思ってたんだけど さ。

 グラン・フェッテの最中で やば〜〜〜 って 」

「 32回 余裕で回れるのね みちよさん 」

「 え〜〜〜 余裕なんかじゃないよぅ〜〜 

 もう必死!  今日はね 珍しく吹っ飛ばなかったけど 

「 ・・・ 吹っ飛んだこと あるの? 」

「 あはは〜〜 週に一回はね〜 アタシ 雑だからさ 

 やっちゃうもんね 行くぞ 〜〜〜〜 って。 」

「 でも すごい・・・ 

 わたしには その勇気はないわ 」

「 勇気 かなあ??  フランソワーズは用心深いタイプ? 」

「 う〜〜ん  そうじゃない ・・・ と思うけど 」

「 だってとても丁寧に 丁寧に踊るじゃん? 

「 そう・・・?? 」

「 あ〜〜 お姫サマ〜〜って雰囲気 」

「 やだ〜〜〜 お姫サマじゃないわあ わたし。 」

「 アタシ、フランソワーズの踊り 好きだよ?

 なんかこう〜〜〜 ふわあ〜〜っとしててさ。 」

「 そう かなあ ・・・・ 」

「 そう です♪  あ アタシ、今日バイトなんだ〜〜〜 

 また明日ねえ 」

「 あ がんばってね  わたし 自習してく。 」

「 がんばれえ 〜 」

みちよはひらひら・・・手を振ってスタジオから出ていった。

 

     ・・・ 勇気 か。

     うん ・・・ 確かに。

 

     そう か。

     わたし ・・・ 臆病になってたんだ?

 

     ちょっとぉ ファンション?

     そんなコだったの?  ちがうでしょ

 

     さあ 行くわよっ

 

フランソワーズも 荷物を集め立ち上がった。

「 自習タイム ・・・!  行きますっ 」

 

 

自習用のスタジオには数人の仲間たちが黙々と練習していた。

音は イヤホン使用、が決まりなので 部屋は静かだ。

 

「 シツレイします ・・・  音ないけど いっか。

 グラン・フェッテ、 回りきるのよ ファンション。

 コドモの頃 得意だったでしょう? 」

ポアントを履き直し 隅っこの空間でしばらく足慣らしをした。

 「 ・・・ まず16回から 」

 

   キュ。 ダンッ!  

 

ダブル・ピルエットで勢いをつけ フェッテに入る。

 シュ  シュ  シュ −−−  快調に回る。

 

     8回までは いいのよね ・・・

     ん〜〜〜  15  16!

     よし 続けちゃう〜〜〜

 

     20  21 ・・・  

     あ ・・・・ バランスがあ〜〜

 

      !  や  やめないわっ

     吹っ飛んだって 転がったって!!

 

     そうよ  あとは  あとは・・・

 

        あとは 勇気だけっ !!!

 

 

 シュ・・・!   ずて〜〜〜〜〜ん ・・・

 

なんとか32回 回ったけれど 最後の瞬間、軸脚がもつれ

ひっくり返った。

 

「 ・・・った〜〜〜〜 」

 

派手に転がったので 周囲で自習していた仲間たちが驚いている。

「 ・・・ 大丈夫? 」

「 怪我、してない? 」

「 ・・ あ はい 大丈夫・・・ すいません ジャマして 」

寄ってきてくれた先輩たちに 彼女は慌てて起き上がる。

「 そう・・? シップ 持ってるわよ? 」

「 ○ンテリンもあるよ 」

「 あ ありがとうございます〜〜  へへ 青タンになるかなあ

 あ 平気です すいません ありがとうございます。 」

打ち付けたオシリはかなり痛かったけれど

フランソワーズは なんでもない顔をして笑ってみせた。

「 無理しないようにね 」

「 気をつけて ・・・ 」

「 はい すいません〜〜 

少しだけ脚を引きずって フランソワーズは隅っこに引っ込んだ。

そっとポアントを脱いで点検。

「 ・・・ 足は 大丈夫。 脚も おっけ〜

 オシリ 痛ああいなあ・・・ 

 やっぱ勢いをつけすぎ かしら。 でも! 32回 回れたわ。

 ・・・ いててて・・・ 次は吹っ飛ばないぞぉ 」

まだまだ自習したかったけれど やはりちょっと恥ずかしくて

早々に引き上げた。

 

「 もう〜〜〜  なにやってるのよ、フランソワーズってば・・・ 」

 

自分自身にグチをこぼしつつ オシリをそっと擦って

帰途についた。

 

  ・・・ その日 通い慣れたはずの道はとても 長かった・・・

 

「 ただいま戻りましたァ 

玄関に入り ほっとすると ― 途端に顔が歪んでしまった。

 

    やだ・・・

    なあに 涙なんかながして ・・・

 

タオルを引っぱりだし 慌てて顔を拭った。

 

「 お帰り どうじゃったね? 」

博士が すぐに出てきてくれた。

「 ただいま戻りました。  」

「 おやおや ・・・ なにかあったのかな 」

「 やだ わかります? 」

「 その顔を見れば な。 額に擦り傷があるぞ 」

「 え ・・・ そうですか??  やだ・・・

 あのう 吹っ飛びました ・・・ 泣き虫になっちゃったデス 」

「 ! レッスンで かい? 」

「 いいえ 自習してて 足 ・・・ 縺れそうでした 」

「 脚を傷めたのか?  診せてごらん 

「 あのう ・・ 脚は大丈夫なんですけど ・・・ 」

「 しかし 歩き方が妙だぞ? 脚ではなく足の方かね

 どんな状態で < 吹っ飛んだ > のかい 」

「 ・・・ グラン・フェッテしてて・・・ 軸脚 すべって

 勢いで吹っ飛んで・・・・ オシリから転んで 」

「 ははあ〜〜 それで か。 尾てい骨は大丈夫か? 」

「 ・・・ 多分。 痛いのは オシリ です 」

「 裂傷とかは?  額のは単なる擦過創のようじゃが 

「 シップ、ください。  オシリに貼っておきます 

「 わかったよ。 特製の湿布がある。 それを使いなさい。

 腰は? 打ってないのかい 」

「 う〜ん 腰は無事みたいです ・・・ 今のところ 

「 そうか・・・ ちょっとここに座って。

 一応 足を診ておこうか。 軸脚なら 左かい  

「 はい 」

フランソワーズは 素直に椅子に座りソックスを脱いだ。

「 ・・・ ふむ・・・?  骨格と腱に異常はないな。

 ここの赤味は 打ち身 だろう 」

「 ・・・ もう〜〜 情けなくて・・・

 コドモみたいですよねえ 泣いたりして だらしない 」

なんとなく また涙が滲んできて 慌てて指で目尻を払った。

「 ん? 泣いてもいいじゃないか 

「 え 

「 泣きたいときは 泣く。 思いっ切り泣け。

 無理に我慢する必要はないよ。 泣いて ― また挑めばよい 」

「 ・・・ あ  そう ですねえ 」

「 そうさ。 あの指導者のマダムも笑ってみていてくれてるよ 」

「 え・・・ そ そうですか? 」

「 ああ。 お前と一緒にバレエ団に行っただろう?   

「 はい 」

「 あの時、あのマダムといろいろ話をしてきたよ。

 お若い時分は パリで過ごしたそうだね 」

「 はい 留学していらしたとか 」

「 うむ。 信念のある御仁だな。 ユーモアもある。

 アタマのよい聡明な婦人だ。

 ふふふ 久々に婦人の正調・フランス語を聞いたなあ 」

「 へえ …? 」

「 お前も あんな風に話せるようになりなさい。

 レディには必要なことだよ 」

博士は ご機嫌だった。

「 はあい 」

 

     ふふふ なんか・・・ パパみたい

     チビの頃に パパもそんなこと 言ってたわ

 

     ファンション、会話は大切だよ

     貴婦人の言葉で話せる女性になれ って 

 

     ・・・ ムズカシイわよねぇ 

 

 

  バタン ―  玄関のドアが閉まった。

 

「 ただいま〜〜〜  あ フランソワーズ 帰ってるんだあ 」

明るい声と一緒に 茶髪アタマが飛び込んできた。

    

     あ ・・・ 一番ウルサイ人が帰ってきたわ・・

 

フランソワーズは こそ・・・っと首を竦めた。

でも そんなコト、オクビにもださず ぱあ〜っと微笑んだ。

 

「 お帰りなさい ジョー。 」

「 えへ ただいまあ  フランソワーズ、 お帰り〜 」

「 元気ねえ  あ  お茶にしましょうか。

 昨日 ジョーが食べたいって言ってた蒸しパン、

 すぐにできるわ 」

「 え え〜〜〜〜 マジ??? 

「 はい。 蒸し器に入れれば すぐできるの。 」

「 え・・・ レンチンじゃないんだ? 」

「 蒸し器の方がほんわかオイシイと思うわ。

 ふふふ 大人から教わったんだけど 」

「 わ わ〜〜〜 じゃ ぼく、お茶 淹れるね 」

「 その前に 手 洗って ウガイ。 」

「 あ ごめん・・・ あ 博士〜〜  囲碁新聞、

 駅の向うのコンビニにありましたよ  ハイ。 

「 お〜 ジョー ありがとうよ 」

「 ふふふ 最近 囲碁に填まってますね 」

「 うむ ・・・ 奥が深いゲームじゃよ 」

博士は受け取った新聞を さっそく広げている。

「 じゃ わたし 蒸し器をガスに掛けるわね 」

勢いよく立ち上がった ―  が。

  

    ひょこ。   !  いった〜〜〜〜〜

 

したたか打ったオシリが ズン・・と痛んだ。

ひょこ ひょこ  ・・・  思わず跛行になってしまった。

慌ててなんでもない風に歩いてみせたが ジョーは見過ごさない。

 

「 え??? ねえ 脚 どうしたの?? 歩き方、ヘンだよ??

 え? 転んだ?? どこ損傷した?  博士〜〜〜〜

 フランソワ―ズの脚、診てください〜〜  」

 

    しまった・・・

    すっかり忘れてたのよ、 オシリのこと・・・

 

    ん〜〜〜 オシリ から転んだ、なんて言えないし

 

「 あ あのねえ ちょっと転んじゃったの。

 ええ 大丈夫。 打ち身だけ。 ふふふ 明日は青タンだけど 」

「 打ち身だけって・・・ ちゃんと歩けてないよ? 」

「 だ〜から 転んだだけよ。 博士に湿布を頂いたし

 そんなに気にしないで 

「 気にしない・・って そりゃ無理だ。

 きみのことが 心配なんだ! 」

ジョーはめちゃくちゃに真剣で 彼女はかなり引いてしまった。

あのね ・・・ と 強いて何気ない風に言葉を継いだ。

「 身体を動かしているんだもの 怪我はしょっちゅうよ?

 別に 出血したわけじゃないし 平気よ 

「 でも 普通の歩けないじゃないか 

「 それは ・・ 今日 派手に転んだから仕方ないわ。 」

「 だって! 転んだだけで そんな 」

「 あのね。 普通に道とかで転んだのとは違うのよ?

 勢いをつけて回っていて遠心力も多少 働いてて

 そこで 中心の軸が外れた感じだから ・・・

 まあ 投げられたみたいなものよ 

「 ! だったら余計に ちゃんと検査して 」

「 あ〜ら 平気よ そのうち、治るわ  ねえ 博士? 」

「 本当に大丈夫なんですか 博士! 」

 

二人の若者達は同時にソファの老人を見つめた。

しかし。  博士は手元の新聞にやたら集中していた。

 

「 ・・・ そうか〜  なるほど・・・う〜〜む

 あ?  なにかね 」

「 ふふふ なんでもありません、ゆっくり新聞、 どうぞ 」

「 新聞?  ・・・あ〜 さっきの囲碁新聞 ・・・? 」

「 そうよ。  お邪魔しないように  わたし キッチンにゆくわ 」

「 お〜〜っと ぼくも手を洗ってきて手伝うよ 」

「 じゃ そ〜っとね 」

ワカモノ二人 ひく〜〜〜〜くつくつ笑いつつ

リビングを出ていった。

 

その日から ―  彼女はよく 怪我 をしてきた。

軽い捻挫、 打撲  足指の損傷 は しょっちゅうだ。

脹脛の肉離れ は さすがに博士も眉を顰めた。

「 これは ・・・ 処置しよう。 歩けないだろう? 」

「 ・・・ は い 」

「 フラン〜〜  大丈夫???  ねえ なにやって欲しい?

 ぼくにできること、 ある? 」

ジョーは その度につききりで世話をしてくれた。

 

     こんなことって ・・・ なかったぞ?

     003 は 闘いでは冷静沈着 だったはずだよ?

 

「 あ ありがと、ジョー。 でも大丈夫。 

 博士 明日のレッスンは 」

「 やめておきなさい。 損傷は修復すれば治るが 

 脚のバランスが狂っているかもしれんからな。

 それに ・・・ 肉離れして翌日平気で踊るのは  少々・・・ 」

「 ええ ちょっと変ですよね ・・・

 あのキツめのサポーターして レッスンは見学します。

「 その脚で通うのは・・ 」

「 ぼくが! ぼくが車で送ってゆきます! 」

ジョーはやたらに張り切っている。

「 ・・・ ねえ そんな迷惑、かけられないわ? 

「 迷惑なんかじゃないよ ぼく、きみを送ってゆきたいんだ。 」

「 嬉しいけど・・・ でも どうして? 」

「 え ・・・? 」

「 どうして そんなに気にかけてくれるの? ― わたしのこと 」

 

  碧い瞳が じ・・・っとジョーを見つめてくる。

 

「 え  あ ・・ あ〜〜  あのう 

「 なぜ? 」

   

      す  好き なんだから ・・・!

 

  ―  これは彼の心の中の叫び☆!

 

 

Last updated : 02,02,2012.                    index    /    next

 

 

**********   途中ですが

二人の < どうして? > 話 ・・・ かな。

ワタクシも 吹っ飛んで肘から落ちて

脱臼しましただ・・・ (-_-)

プロフェッショナルほど 毎日のレッスンは必要です。