『 Shall we dance ? ― (2) ― 』

 

 

 

 

 

 

「 ただいま〜〜 戻りましたァ 」

「 おかえり フランソワーズ!  買い物、できた? 」

ジョーが すぐに玄関のドアを開けてくれた。

「 ええ! あのね あのね 昔 パリにいた時にね 

 履いてたのと同じポアントがあったの! も〜〜 嬉しくて 」

「 ・・・ そ そうなの??  」

「 うん! また レペットのポアントが履けるってすごいシアワセ♪

 あ そうだ お土産よ〜〜 お茶にしましょうよ 」

ジョーは ちょっとばかり怪訝な顔をしていたが

すぐに笑顔になった。

「 わあ お土産〜〜 なになに  

「 はい これ。 シュー・ア・ラ・クレーム よ 

「 しゅ〜 あら ・・?  あ♪ ひろたのしゅーくりーむ だあ♪ 」

「 あ ・・ 有名? 」

「 うん 皆知ってるよ〜 ぼく 大好き♪ ありがと〜 フラン 」

「 まあ 有名なの? 可愛いなって思っていろんな種類、

 買ってきちゃった 」

「 わあい どれもね 美味しいよ〜〜 それにね これ・・・

 アイスのもあるんだ 

「 え ・・・ アイスでできてるの??? 」

「 あは 中身がアイス! これもオイシイよん 」

「 ホント?? 探してみるわ 」

「 ウン! あ  お茶の用意、するから〜〜 

 手 洗っておいでよ 

「 ありがと ジョー  紅茶はいつもの棚にあるわ。

 ジョーは ミルク・ティ でしょ 」

「 ウン。 あのね〜  麦茶にミルクと砂糖いれるとね〜

 アイス・カフェ・オ・レ になるんだよ 」

「 え そうなの??  やってみる〜〜 」

フランソワーズは 大きなバッグを抱えて バス・ルームに

駆けていった。

 

 

「 きゃ かわいい〜〜  これは ・・・ ん 抹茶! 」

「 ぼくは ・・・ チョコ。 ん〜〜ま〜〜〜〜 」

「 ほうほう ・・・ いろいろあって 楽しいのう  」

ティータイム は フランソワ―ズのお土産・スウィーツ を広げ 

それぞれ何種類も摘み、楽しんだ。

「 あ これ いちご♪ ちゃんとつぶつぶしてて・・・

 香りだけじゃないのね 」

「 ふむ ・・・ これは珈琲か。 ほろ苦くていい味じゃな 

「 ん〜〜 おいし♪  ちょっと小振りだなあ〜 って思ったんですけど

 こうやっていろんな味、食べるの、楽しい♪ 」

「 ・・・ ごめん ・・・ ぼく なんかすごく食べちゃったかも 」

「 ああら 皆 < すごく食べた > のよ!

 でもね そんなにお腹 一杯になってないでしょ 」

「 ・・・ あ そうかも・・・ 」

「 オヤツには丁度よかったわ 」

「 フランソワーズ。 美味しいスウィーツ ありがとうよ。 」

「 わたしもと〜〜っても楽しかったですもん♪

 また 買ってきますね〜  あ・・・ シンジュクに行かないと

 買えないのかしら 

「 ああ ・・・ 確かね ヨコハマ駅にもお店 あるよ?

 駅ビルの方かもしれないけど 

「 あら そう? あとで検索してみるわね。

 あ ジョー〜〜〜 お洗濯モノ、 取り込んでおいてくれて

 ありがとう ! 」

「 どういたしまして。 パリっと乾いてさあ 気持ちいいよね 

「 ホント〜〜  あ あとでアイロン、掛けるわ。

 ジョー シャツとか出して。 ぴん!っとするから 」

「 え・・・ ぼく Tシャツ と ポロ だから いいよ。 」

「 あら・・・ 普通のシャツも出てたわよ? 」

「 あ〜 あれ、 形状記憶Yシャツ でさ。 洗って乾けば ぴん!

 なんだ 

「 でも アイロンでピシっとした方がいいわ。 

 必要な時に ばっちり決めらた方がいいでしょ  」

「 う ん ・・・ でも面倒だろ 」

「 わたしのも 博士のもあるから 一緒! 

 わたし これでもね〜〜 お兄ちゃんのシャツ、ピンピンに

 アイロンかけしてて・・・ お前のこのテクだけは

 褒めてやる って言われてたのよ 

「 へ え ・・・ すげ・・・ 」

「 ふふ 実はね〜〜 チビのころ ママンから教わったの。

 昔は 夫のYシャツをぴしっと決めるのは 妻の誇り

 だったのよ ってね 」

「 へ  え ・・・ 」

ジョーは なんだか眩しそうな顔をしていた。

 

 

晩御飯の後 この館の住人たちはなんとなくリビングですごす。

誰が始めたのかわからないけれど 

食後は TVを見たり、 それぞれの仕事をこの広間にもってくる。

ジョーが 大きな音でスポーツ中継を見ている横で

博士は 忙しくキーボードを打ち込んでいる。

「 あ〜〜〜〜 ! 惜しい〜〜〜〜〜  」

「 ・・・ ふむ ・・・ おお そうだな 」

「 うお〜〜〜〜 行け〜〜〜  そこだっ! 」

「 ・・・ んん。  そうそう ・・・ 」

「 わお ・・・ う〜〜〜  ここで切る かあ〜 」

「 ・・・っと。 これでいいか 」

「 トイレ いっとこ。  あ。 博士?? 」

ジョーは初めて 隣の存在 に気がついたとみえる。

「 ・・・ん? なにかね ジョー。 」

「 あ あのう・・・ ずっとここで・・・ お仕事ですか 」

「 ああ?  ああ ちょいと論文を書いててなあ 

 なに あと少し だ。 

「 ろ 論文??  ・・・ すいません〜〜 騒いで・・・ 」

「 ?? お前 騒いだのかい?  TVを見とったじゃろう? 」

「 は あ ・・・ あのう 応援してて・・・ 」

「 別に気にならなんが?  ああ あと少しじゃから 」

 

  カタカタカタ ・・・    博士は再び自身の世界に没入していった。

 

「 ・・・ すっげ 集中力〜〜 」

「 ふふふ  それが < 天才 > の所以じゃない? 」

「 凡人との違いってことかぁ 」

「 でしょうね。  さあて わたしも お仕事 するわ 」

「 ??? 」

 

  コトン。 フランソワーズは 中ぐらいの籠をテーブルに置いた。

 

「 今日中にイッキに縫っちゃう! そうしないとイヤになるから 」

彼女は籠の中から針刺と糸を取りだす。

「 へえ・・・ なにか 縫うの? 」

「 え?  ううん  ポアントにヒモをつけるの 

「 ヒモ??? 」

「 そうよ。 ほら これ。 」

「 うわわ・・・ 」

彼女は 新品のポアントと同色のリボンを取り上げた。

「 このヒモでねえ 靴を履くの。 

「 へ え ・・・・・?  これ ・・・ 靴? 」

「 そうよ。 これで回ったり跳んだり 踊るの。 」

「 さわって ・・・いい? 」

「 どうぞ〜〜 」

ジョーは こわごわ・・・まるで熱いモノに触れるみたいに そ・・っと

指先で ポアントにさわった。

「 わ・・・ かっちかち じゃん? 」

「 うん。 布をねえ 特別な糊で固めてあるの。 」

「 こ こんなの、履ける?? 足 ・・ 痛くない? 」

「 痛いけど  もう慣れちゃってるから 」

「 へええええ〜〜〜〜〜 これ ・・ で

 あのう 爪先で立つ の ・・・? 

「 そうよ。 履いてみましょうか? 」

「 え ・・・ 」

「 これは まだリボン つけてないけどね〜〜 」

 

  トントン。 彼女はその <かっちかち> で軽く床を叩く。

 

「 ん〜〜〜  固いなあ〜   はい ほら 」

「 うわ ・・・ マジックだよぉ〜〜  ねえ この先っちょにさあ

 なにか 入ってる とか? 」

「 なにも入ってないわよ〜〜 」

「 ひえええ・・・ なんで 立てるんだあ?? 

 ・・・ ねえ オトコも これ 履くの? 」

「 ふふふ いいえ ポアントは女性だけ。

 男性は 柔らかい布の靴よ。 でも それで高く跳んで

 何回も 回るわ 

「 ふ〜〜〜〜ん ・・・ ミラクル・わーるど だなあ 」

「 そう? でもね 結局は自分のちから というか タイミング で

 跳んだり回ったりするの。 人力なのね アナログね 」

「 ・・・ すごい よ ・・・ ホントに ・・・

 ニンゲンって すごいねえ・・・ 」

「 わたしも! そう思うわ。  ふふふ〜〜ん 明日のクラスも

 頑張っちゃう〜〜〜♪ そのために チクチク縫わなくちゃ ・・・ 」

彼女は ハナウタ混じりに針を取り上げた。

「 − 楽しそうだね 」

「 そう?  うん 楽しいわ〜〜〜 

 もうねえ クラスは 付いてゆくのに必死だけど・・・

 でも また踊れるのよ!  もう最高〜〜 」

「 ちょっと・・・羨ましなあ 」

「 え なにが 」

「 うん ・・・ そんなに好きなことがあるって ・・・

 羨ましいや 」

「 あら。 ジョーだって あるでしょう?

 ほら・・・ バイクに乗ったり 今 カメラに凝ってるって

 言ってたじゃない 

「 あ〜 まあねえ ・・・でもどうなるかわかんないし 」

「 わたしだって 同じよ? ダンサーはね  どんなに絶頂期でも

 明日 怪我をして踊れなくなるかもしれないし 」

「 ・・・ う〜ん ・・・ 」

ジョーは なにやら真剣な顔をして考え込んでいる。

 

   カチャ。  博士が ノートパソコンを閉じた。

 

「 あ ・・・?  もう終わったのですか 」

「 う〜ん ちょいと休憩じゃ。 というよりお前たちの

 話が楽しくてな 

「 え ・・・ そうですか? 」

「 ああ  若いとは いいなあ〜 

 ワシもトーシューズを間近で見たのは初めてじゃよ。

 その靴で踊るとはすごいことじゃな 

「 ん〜〜   こんなもんだって思ってるから・・・ 」

「 いやいや ・・・

 そうじゃ ジョー、 お前 踊れないのかい 」

「 え! ダ ダンスって知らないですよぉ  」

いきなり話を振られ ジョーは目を白黒させている。

「 ほう そうかね? 」

「 ふつ〜の男子はそうですよぉ  博士 踊れるんですか 」

「 ワシら 学生時代にゃ 必須じゃったよ 」

「 ・・・ へ え?  じゃ 踊れる・・・? 」

ジョーの100%疑いの視線を受け 博士はすっと立ち上がった。

「 ?? 

そして フランソワーズの前に立ち 慇懃に腰を屈め手を差し伸べ ―

「 マドモアゼル。 踊っていただけますか 」 

「 あ・・・ はい ドクター。  喜んで 」

彼女は 満面の笑顔で手を博士に預けた。

「 では ― あ〜〜 ワルツでよろしいですかな 」

「 はい。 あ 音 ありますわ。 ・・・ っと 」

すぐにフランソワーズのスマホから 三拍子の名曲が流れだす。

「 お いいな。 では マドモアゼル ? 」

「 ドクター ♪ 」

二人は 手を取り合うと滑らかにリビングで踊り始めた。

博士のステップは的確で実に巧みにパリジェンヌをリードしてゆく。

金髪娘は 軽々とその足を運ぶ。

 

    ウソだろぉ 〜〜〜〜〜

 

    ふ 二人とも ・・・ なんで〜〜

 

不甲斐無いニッポン男児は 悔しいが歯噛みをして眺めていることしか

できないのであった !!!

 

 

   ―  家庭はこの上なく穏やかで楽しいのである が。

 

 

なんでもかんでも上手くゆく ・・・ とは限らない。

いや そんなことは皆無に近い  と思う。

 

フランソワーズも その想いをふか〜〜〜くすることになる。

 

 

 

 

  ♪♪ 〜〜〜〜  ♪

 

ピアノが優雅なワルツを奏でている。

「 ほらあ〜〜 どこ 見てるの。 首 首! 」

「 チカラ技 しない!  首に筋たてて 頑張らない〜〜〜 

「 ん〜〜 悪くない わ。 good girls !  はい 次〜〜 」

朝のプロフェッショナル・クラス、

マダムの注意と共に ダンサーたちが踊ってゆく。

 

「 次  ラスト・グループよ?  ほらほら ぼんやりしてないで 」

 

フランソワーズは おずおず 後列に並ぶ。

ピアニストさんはちゃんと待っていてくれた。 

五番ポジションの足が ちょっぴり震えている。

 

   順番 ちゃんと覚えた ・・ はず!

 

   できる わ! 得意なステップだもん

   わたし 踊れる! 

 

ピアノの音に乗って 踊り始める  が。

 

「 あ〜〜 ちゃんとフェッテして。 踏み込む 踏みこむ ! 」

 

     ・・・ あ ・・・・

 

軸足が落ちてしまった。

 

    なんで??  これくらい 平気でできたのに

 

「 諦めない! 止めちゃったらそこで終わり よ?

 クラスでは失敗してもいいわ、 チャレンジしなさい! 」

「 ん〜〜〜  皆 男子も!  アグレッシブに! 

 じゃあ グラン・ワルツね〜〜〜 」

 

クラスはどんどん進んでゆく。  

ダンサー達の汗の量も増え 頬は紅潮してゆく。

クラス全体の雰囲気も盛り上がり 空気は熱くなってきた。

 

 ― そんな中 

 

     ・・・  なんで ・・・?

 

フランソワーズは 皆の後ろで < 冷えこんで > いた。

手足の先から すう〜〜〜 ・・・っとエネルギーが そして

熱意が やる気が 抜けてゆく。

同じ空間にいるのに まるで溶け込めない 同調できない ・・・

一人だけ 全然別の世界、カプセルの中に閉じ籠っている気分だ。

 

    わたし ・・・ 乗り遅れてる ・・・

 

ここ数日 ずっと感じていたことなのだ。

バレエ・カンパニーの雰囲気にも慣れた。 マダムのクラスの進め方も

理解ができるようになった。 笑い合える、女子トークができる友達も

できた。  踊れる楽しさ も 思い出した。

 

      だけど  いや それなのに。

 

 

「 ・・・ もっと高く跳べたわ わたし。 楽に回れたわ。

 フェッテだって普通にできた  脚 低くない??  

 爪先だってちゃんと伸びてた アントルシャ は サンクまで

 きっちりできたわ。  それなのに ・・・

 

   どうして???   なんで できないの ? 」

 

こそ・・・っと 脚やら足を見るが 普通に見た目は以前とほとんど

変わっていない ・・・ と思う。 

それなのに  全然ちがう。 以前とはまったく違う。

 

     他人の脚だわ わたしの腕じゃない。

     知らないヒトの足よ、 こんなの わたしじゃない。

 

     サイボーグ にされた から・・・?

     ツクリモノの筋肉 だから ・・??

 

俯き悶々としている間に クラスは終わってしまった。

 

「 はい〜〜 お疲れ様。  ・・・ あのね どんな時も笑顔 ね! 」

 

     あ ・・・ 言われちゃった ・・・

 

クラス後 マダムは笑顔で全員に言ったけれど 

その視線は 自分に向けられている・・・ふうに思えてしまった。

 

「 は〜〜〜あ  終わったぁ〜〜  」

みちよはいつも元気だ。

「 ふぁあ〜〜〜 」

「 みちよさん 元気ね 」

「 え? あはは それだけがアタシの取り柄〜〜〜っと。

 ? あれ フランソワーズ どしたの?

 具合 わるい ? 」

「 ・・・ あの ・・・ なんか上手くゆかないな〜〜って 」

「 あは? まあ そんな時もあるよぉ 

 アタシなんかしょっちゅうだもん 」

「 え  そうなの?? 」

「 ん。 でもね〜〜 いいんだ。 

 それで落ち込んでるヒマ ないな〜〜って決めてるんだ。

 転ばなかった。 それで いっか〜〜って 」

「 ・・・ すごくポジティブねえ 」

「 そ〜じゃないとぉ やってけないもん。 」

「 みちよさん  すごいわ 」

「 すごくなんかないって。 アタシってさあ こういう踊り方じゃない?

 だから そんな風に 明日! 明日もがんばろ〜〜 って 」

「 ・・・・ 

フランソワ―ズは タオルを握ったままこの黒目黒髪の友人を

じっと見つめた。

 

     ・・・ すっごくつよい?

     あ もしかして 心底 明るい のかなあ

 

「 ね! だからさ 明日もがんばろ〜ね 

「 ・・・ ありがと・・・みちよさん 

 あの・・・ 自習したい時って使えるスタジオ ある? 」

「 あ うん。 Cスタって使えるよ。  自習してゆくの? 」

「 うん。  だってなんにもできなかったから 」

「 え〜〜 そんなコト ないよ〜 」

「 ううん ・・・ アレグロもね ちゃんと順番 覚えたって

 思ったのに・・・ 自分の番になったら吹っ飛んじゃった・・・・ 

「 あ〜〜それ あるある〜〜 

 はい わかった〜 で プレパレーションしてて・・・

 は?? 最初 なんだっけ?? とか 」

「 そうなのよ〜〜 もう アタマの中 真っ白 」

「 そ〜そ〜 アタシなんかさあ  グラン・ワルツで

 跳んだけど  え?? どうやって降りるんだっけ?? って

 空中でぱにっくよぉ 」

「 あ〜〜 そうよ わたしも 」

「 ね 皆 あるある〜 なんだから さ。 」

「 ・・・でも やっぱり復習しておくわ。  

 わたし 新人・研修生 だから 」

「 ん わかったよん あのね、 一言、事務所に言っておけば

 使えるよ。 音は自分の音、だけどね 」

「 ありがとう〜〜  」

「 がんばってね〜〜  アタシ これからバイトなんだ 

「 みちよさんも 頑張ってね 

「 サンキュ。  じゃね〜〜 」

フランソワーズも 笑顔で手を振れた。

 

     ・・・ おしゃべりできるお友達がいて 

     よかった ・・・

 

ちょっとだけ心が軽くなった ・・・ 気がした。

 

 

  シュ・・・ トンッ        

 

鏡の前で金髪が回る。

「 ・・・っと。 シングル はなんとか ・・・ 」

 

     ピルエットのフィニッシュは 上 よ!

     着地 じゃないからね

 

マダムの声が聞こえる気がした。

「 もう一回。  ・・・ っと あ 落ちた・・・ 」

気を取り直し またトライする。

「 ん〜〜〜  ・・・ ああ ・・・ 」

また 落ちた。 なぜだかよくわからない。

「 ゆっくり過ぎるからよ きっと ・・・ 

 ダブルなら きっと ・・・ そうよ ピルエット、得意よね? 」

 

  シュ。  トンッ  ・・・  ドタンッ !

 

ありえない〜〜 と思ったけれど 軸脚がずれ絡んだ。

 

「 ・・・ もう ・・・ あ 首 つけてない から? 」

 

  シュ トンッ  ドン。  シュ トンッ ドタ。

 

何回もやって ひっくり返る。 シングルでも きゅっと決まらない。

「 いったぁ〜〜い ・・・ やだ タイツ 破れちゃった・・・ 

 ピルエットのタイミング、忘れちゃったのかなあ ・・・

 ・・・ 気分変えて グラン・フェッテやろっと。  

 32回はちっちゃい頃からきっちり回れたもの 」

 

気を取り直し、センターに出る。 

「 ・・・ 音 なくても平気よね っせ〜〜の! 」

 

  シュ ・・・ ダブル・ピルエットから グラン・フェッテに入る

 

「 三回 四回  〜〜〜 八回! ・・・ あ ああああ 」

 

   ず ず ずずず   軸脚が動き立ち位置がずれ

      ずって〜〜〜〜ん  ・・・ 見事に転んだ。

 

「 ・・・ う いたたた ・・・ オシリから落ちた・・・ 」

床に転がるなんて 何年振りだろう。

コドモの時に 勢いあまってすっころんだ時以来 かもしれない。

「 ・・・ フェッテで転んだのって 初めてだわ ・・・

 途中で落ちても転ぶなんて・・・ ああ いたたた・・・

 やだあ 肘、擦り剥けてる 」

鏡に映し、繁々と肘の辺りを観察した。

 

    ねえ わたし サイボーグ なのよ?

    擦り傷ってどういうこと?? 

 

    ・・・ それにしても ちゃんと普通に擦り傷ねえ

    博士ってやっぱり天才なんだわ

 

妙なことに感心してしまったけれど。

「 どうして転んだのかなあ。 だってたった八回よ?

 足 ・・・ どこも痛くないし靴もまだ潰れてないのに 」

回転モノは諦めて 今朝のレッスンの復習を始めた。

 

「 え〜と アダージオは ・・・ 順番はちゃんと覚えてるわ。

 まず アンファスに立って ア・ラ・セゴンドに脚 上げて〜〜

 ・・・ で グラン・ロン・デ・ジャンプ〜〜  あ あああ 」

 ぐらぐら ぐら ・・・・ 足が踏ん張れない。 

「 ん〜〜〜 なんで揺れるのよぉ〜〜〜 

 ・・・ 足 ヘンじゃない???  

 そうよね アレグロだって全然・・・ わたし アントルシャは

 サンクまで軽くできたのに・・・ 

 

 

         どうして ???

 

「 ・・・・・ 」

 

フランソワーズは じっと自分自身の脚・足を  < 見た > 

あの邸で穏やかに 普通に暮らし始めてから 絶対にやったことは

なかったことだ。

いや あの赤い服を纏う時以外は 決して使うものか! と

固く 固く 決心していたのであるが。

 

    ・・・・ ・・・・ ああ 

 

見えたのは 精密機器が詰まった < 機械の脚 >

冷たく きっちりと正確に動く。 しかし それ以上の

発達・変化は 有り得ない。 変わることを拒否した機械。

 

     この脚 この足  この身体 ・・・

 

     もう踊れない・・・ってこと?

 

不思議と 涙は出なかった。  

― いや 零すこともできなかったのだ。

「 ・・・・ 」

きゅっと口を結ぶと フランソワーズは静かにスタジオを出た。

「 あの ありがとうございました 」

帰りに 事務所に挨拶をした。

係のヒトも 顔を出してくれた。

「 ・・・ ああ フランソワーズさん。 お疲れ様〜〜

 ? あら??  ねえ 額になにか・・・汚れが付いてるわよ? 」

「 え・・・?  あ ・・・ さっき転んだから 」

「 転んだ? 大丈夫ですか 怪我は 」

「 いえ 平気です、 失礼します 」

「 あ ええ ああ お疲れ様でした 」

金髪娘は ぺこり、とお辞儀をし帰っていった。

「 ・・・ なんか すり傷も見えたけど 大丈夫かしら・・ 」

事務所のヒトは心配気に見送っていた。

 

 

 

「 ただいまもどりました。 」

帰宅して そっと玄関を開けた。

目深に被っていた帽子を取った。

「 お帰り〜〜〜 フラン〜〜〜 ねえ セロリってさあ 」

エプロン姿でジョーが長細い野菜を手に 出てきた。

「 ! フラン! どうしたの! 」

「 え ・・・? どうも しないけど 」

「 オデコ!  擦り剥けてるよ?!  

 それに あ  肘のとこにも〜〜〜  なにかあったのかい? 」

ジョーの顔色が変わっている。

 

    やだ ・・・ 

    よっぽど派手に傷ができちゃったのかしら・・・

 

「 博士、呼ぶよ 」

「 あ 平気よ このくらい。 ちょっとね 転んだだけ。 」

「 転んだ?? どこで どうして? 」

「 大丈夫だってば。

 ― それより  ねえ ジョー。 

「 え? 」 

 

「 ジョー。 あなた 今 しあわせ? 」

 

「 な なに? 」

突然の問いにジョーは面喰った顔をした。

「 今 しあわせですか。 」

「 え ・・・ あ  うん。 毎日たのしいな 」

「 ・・・ この身体に なっても しあわせ? 」

「 ・・・・ 」

彼は じっと彼女を見つめていたが はっきりと答えた。

「 うん。 ぼくは しあわせだよ。  009になって

 しあわせなんだ。 

「 そ う ・・・ 」

 

楽しいはずの ウチの空気 が いきなり色を失った。

 

 

Last updated : 09,29,2020.         back     /    index    /   next

 

 

**********  途中ですが

< こんなのワタシの脚じゃない > は 

昨今のコロナ・自粛明けの ダンサー達の叫びです★

そ〜なんです、動かないと死んじゃう? 

回遊魚みたなんです 踊るヒトたちって ・・・・

フランちゃ〜〜〜ん  負けるなあ〜〜〜〜