万葉集(巻第七〜巻第八) 青空文庫 ―鹿持雅澄『萬葉集古義』による           

参考図書
解説万葉集―佐野 保田朗 藤井書店
木の名の由来―深津 正・小林義雄著 日本林業技術協会
万葉集―日本古典文学全集 小学館
巻9へ
巻第七〜八(1068〜1663)
1094  吾(あ)が衣色に染(し)めなむ味酒(うまさけ)三室の山は黄葉(もみち)しにけり

黄葉(もみち)→紅葉
1099  片岡のこの向つ峯(を)に蒔かば今年の夏の蔭になみむか

 椎→シイ(椎) ブナ科シイノキ属
1128  馬酔木(あしび)なす栄えし君が掘りし井の石井(いはゐ)の水は飲めど飽かぬかも
1134  吉野川石(いは)とと常磐なす吾(あれ)は通はむ万代までに

 石(いは)と→未詳 岩の上の柏の木?
1159  住吉の岸のが根打ちさらし寄せ来る波の音の清しも

 が根→松の根
1173  飛騨人の真木流すちふ丹生(にふ)の川言は通へど船ぞ通はぬ

 真木→ヒノキやスギの良材
1212  阿提(あて)過ぎて糸鹿(いとか)の山の桜花散らずあらなむ還り来むまで
1214  安太(あた)へ行く推手(をすて)の山の真木の葉も久しく見ねば蘿むしにけり
1250  妹がため菅の実採りに行きし吾(あれ)山道に惑ひこの日暮らしつ

 菅の実→カヤツリグサ科のスゲ属 一説には山菅(ゆり科のヤブラン)
1259  佐伯山卯の花持ちし愛(かな)しきが手をし取りてば花は散るとも
1262  あしひきの山椿咲く八峯(やつを)越え鹿(しし)待つ君が斎(いは)ひ妻かも
1276  池の辺(べ)の小槻(をつき)がもとの小竹(しぬ)な刈りそねそれをだに君が形見に見つつ偲はむ
1279  梓弓引津の辺(べ)なる名告藻(なのりそ)の花摘むまでに逢はざらめやも名告藻の花
1311  橡(つるはみ)の衣は人の事なしと言ひし時より着欲しく思ほゆ

 橡(つるはみ)→クヌギ(橡)の実 ブナ科の落葉高木 ドングリの煎じ汁で染める
1314  の解洗衣(ときあらひきぬ)のあやしくも異(け)に着欲しけきこの夕へかも
1329  陸奥(みちのく)の安太多良(あだたら)真弓弦(つら)はけて引かばか人の吾(あ)を言なさむ
1330  南淵(みなふち)の細川山に立つ檀(まゆみ)弓束(ゆつか)巻くまで人に知らえじ

 檀(まゆみ)→マユミ(檀) ニシキギ科ニシキギ属、
1304
1305
1355
1357
 天雲の棚引く山の隠(こも)りたる我が下心木の葉知りけむ
 見れど飽かぬ人国山の木の葉をし下の心になつかしみ思(も)ふ
 真木柱作る杣人(そまひと)いささめに仮廬の為と作りけめやも
 たらちねの母がその業(な)るすら願へば衣に着るちふものを
 
1356  向つ峰(を)に立てる桃の木生(な)りぬやと人ぞ囁(ささ)めきし汝(な)が心ゆめ
1358  はしきやし 我家(わぎへ)の毛桃 本繁(もとしげ)く 花のみ咲きて 生(な)らざらめやも

 毛桃(けもも)→バラ科サクラ属の落葉樹
1336
1337
1338
1339
1340
1341
1342
1343
1344
1345
1346
1347
1348
1349
1350
1351
1352
 冬こもり春の大野を焼く人は焼き足らねかも吾(あ)が心焼く
 葛城(かづらき)の高間の草野(かやぬ)早領(し)りて標(しめ)指さましを今し悔しも
 我が屋戸に生ふるつちはり心よも思はぬ人の衣に摺らゆな
 月草に衣色どり摺らめどもうつろふ色と言ふが苦しさ
 紫の糸をぞ吾(あ)が搓(よ)るあしひきの山橘を貫(ぬ)かむと思(も)ひて
 真玉つく越智の菅原(すがはら)吾(あれ)刈らず人の刈らまく惜しき菅原
 山高み夕日隠りぬ浅茅原のち見むために標結はましを
 言痛(こちた)くばかもかもせむを磐代の野辺の下草吾(あれ)し刈りてば
 真鳥棲む雲梯(うなて)の杜の菅の実を衣にかき付け着せむ子もがも
 常知らぬ人国山の秋津野のかきつはたをし夢(いめ)に見しかも
 をみなへし佐紀沢(さきさは)の辺(べ)の真葛原いつかも繰りて吾(あ)が衣(きぬ)に着む
 君に似る草と見しより吾(あ)が標めし野の上(へ)の浅茅人な刈りそね
 三島江の玉江の薦(こも)を標めしより己がとぞ思(も)ふ未だ刈らねど
 かくしてや黙止(なほ)や老いなむみ雪降る大荒木野の小竹(しぬ)にあらなくに
 近江のや八橋(やばせ)の小竹を矢はがずてまことあり得むや恋(こほ)しきものを
 月草に衣は摺らむ朝露に濡れての後はうつろひぬとも
 我が心ゆたにたゆたに浮蓴(うきぬなは)辺にも沖にも寄りかてましを
1359  向つ峰の若桂の木下枝(しづえ)取り花待つい間に嘆きつるかも

1306
1360

1361
1362
1363
1364
1365
 この山の黄葉(もみち)の下に咲く花を吾(あれ)はつはつに見つつ恋ふるも
 息の緒に思へる吾(あれ)を山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ
 山ぢさ→ハイノキ科エゴノキ属 落葉小高木
 住吉の浅沢小野のかきつはた衣に摺り付け着む日知らずも
 秋さらば移しもせむと吾(あ)が蒔きし韓藍(からゐ)の花を誰か摘みけむ
 春日野に咲きたるは片枝はいまだふふめり言な絶えそね
 見まく欲り恋ひつつ待ちし秋萩は花のみ咲きて生(な)らずかもあらむ
 我妹子が屋戸の秋萩花よりは実に成りてこそ恋まさりけれ
1367  三国山木末(こぬれ)に住まふむささびの鳥待つがごと吾(あれ)待ち痩せむ
1385  埋木(うもれき)に寄す
 真鉋(まかな)持ち弓削(ゆげ)の川原の埋木のあらはるまじき事とあらなくに
埋木(うもれぎ)→埋もれ木(水中の泥に埋没した木が、長い間に炭化し化石状になったもの。
1404  鏡なす吾(あ)が見し君を阿婆(あば)の野の花橘の玉に拾(ひり)ひつ
1409  秋山の黄葉(もみち)あはれみうらぶれて入りにし妹は待てど来まさず
1416  玉づさの妹はかもあしひきのこの山蔭に撒けば失せぬる
 玉づさ(玉梓)→梓の杖をもった使いの者、
巻第八
1422  打ち靡く春来たるらし山の際(ま)の遠き木末(こぬれ)の咲きゆく見れば
1423  去年(こぞ)の春いこじて植ゑし我が屋戸の若木の梅は花咲きにけり
1425  あしひきの山桜花日並べてかく咲きたらばいと恋ひめやも
1426  我が背子に見せむと思(も)ひしの花それとも見えず雪の降れれば
1428  押し照る 難波を過ぎて 打ち靡く 草香の山を
   夕暮に 吾(あ)が越え来れば 山も狭(せ)に 咲ける馬酔木(あしび)
   悪(あ)しからぬ 君をいつしか 行きて早見む
     右の一首(ひとうた)は、作者(よみひと)微(いや)しきに依りて名字(な)を顕さず。
1429  娘子(をとめ)らが 挿頭(かざし)のために 遊士(みやびを)の 蘰(かづら)のためと
   敷きませる 国のはたてに 咲きにける 桜の花の 匂ひはもあなに
1430  去年(こぞ)の春逢へりし君に恋ひにてき桜の花は迎へけらしも
     右の二首は、若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ)誦(うた)へりき。
1431  百済野(くだらぬ)の萩の古枝に春待つと来居し鴬鳴きにけむかも
1432
1433
 大伴坂上郎女が柳の歌二首
 我が背子が見らむ佐保道の青柳を手折りてだにも見むよしもがも
 打ち上ぐる佐保の川原の青柳は今は春へとなりにけるかも
1434  大伴宿禰三依(みより)が梅の歌一首
 霜雪もいまだ過ぎねば思はぬに春日の里に梅の花見つ
1436
1437
 大伴宿禰村上が梅の歌二首
 含(ふふ)めりと言ひし梅が枝今朝降りし沫雪にあひて咲きぬらむかも
 霞立つ春日の里の梅の花あらしの風に散りこすなゆめ
1438  大伴宿禰駿河麻呂(するがまろ)が歌一首
 霞立つ春日の里の梅の花花に問はむと吾(あ)が思(も)はなくに
1440  春雨のしくしく降るに高圓(たかまと)の山の桜はいかにかあるらむ
1444  山吹の咲きたる野辺のつほすみれこの春の雨に盛りなりけり
 山吹(やまぶき)→バラ科の落葉低木 春に黄金色の花を咲き、野生種は5弁。栽培種の八重咲は結実しない。
1445  風交り雪は降るとも実にならぬ吾宅(わぎへ)の梅を花に散らすな
1449  茅花(ちばな)抜く浅茅が原のつほすみれ今盛りなり吾(あ)が恋ふらくは
 茅花(ちばな)→ツバナ→チガヤの若い花穂、抜き取って食用にする。
1452  闇ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜(つくよ)に出でまさじとや
1458
1459
 屋戸にある桜の花は今もかも松風疾(いた)み土に散るらむ
久米女郎が報へまつれる歌一首
 世の中も常にしあらねば屋戸にある桜の花の散れる頃かも
1460
1461
 紀女郎が合歓木花(ねぶのはな)茅花(ちばな)とを折り攀(よ)ぢて、大伴宿禰家持に贈れる歌二首
 戯奴 変(カヘ)リテ云ク、ワケ がため吾(あ)が手もすまに春の野に抜ける茅花ぞ食(め)して肥えませ
 昼は咲き夜は恋ひ寝(ぬ)る合歓木(ねぶ)の花吾(あれ)のみ見めや戯奴(わけ)さへに見よ
 合歓木花(ねぶのはな)→ネムノキ→マメ科ネムノキ属の落葉高木
   夏に淡紅色の刷毛のような花をつける。
1462
1463
 大伴家持が贈和(こた)ふる歌二首
 吾(あ)が君に戯奴は恋ふらし賜(たば)りたる茅花を食(は)めどいや痩せに痩す
 我妹子が形見の合歓木は花のみに咲きてけだしく実にならじかも
1468  霍公鳥声聞く小野の秋風に咲きぬれや声の乏しき
1471  恋しけば形見にせむと我が屋戸に植ゑし藤波今咲きにけり
1472  霍公鳥来鳴き響(とよ)もす卯の花の共(むた)やなりしと問はましものを
1473  橘の花散る里の霍公鳥片恋しつつ鳴く日しぞ多き
1477  卯の花もいまだ咲かねば霍公鳥佐保の山辺に来鳴き響もす
1478  我が屋戸の花橘のいつしかも玉に貫くべくその実なりなむ
1481  我が屋戸の花橘に霍公鳥今こそ鳴かめ友に逢へる時
1482  皆人の待ちし卯の花散りぬとも鳴く霍公鳥吾(あれ)忘れめや
1483  我が背子が屋戸の橘花をよみ鳴く霍公鳥見にぞ吾(あ)が来し
1485  大伴家持が唐棣花(はねず)の歌一首
 1485 夏まけて咲きたるはねず久かたの雨うち降らば移ろひなむか
 はねず→不明→ニワウメの古名かも?
          ↓
 翼酢色→ニワウメ→庭梅・小梅・林生梅・古名→ハネズ(常棣花(じょうていか)、翼酢(はねず)、唐棣花
   英名 Japaneze Bush Cherry
   中国原産のバラ科、サクラ属、ユスラウメ節の落葉小低木
1486
1487
 大伴家持が霍公鳥の晩喧(おそき)を恨む歌二首
 我が屋戸の花橘を霍公鳥来鳴かず土に散らしなむとか
 霍公鳥思はずありき木晩(このくれ)のかくなるまでに何か来鳴かぬ
 木晩(このくれ)→木の暗→木が茂ってほの暗くなっているところ。
1489  我が屋戸の花橘は散り過ぎて玉に貫くべく実になりにけり
1491  卯の花の過ぎば惜しみか霍公鳥雨間(あまま)も置かずこよ鳴き渡る
1492  君が家(へ)の花は生(な)りにけり花なる時に逢はましものを
1493  我が屋戸の花橘を霍公鳥来鳴き響めて土に散らしつ
1494  夏山の木末(こぬれ)の繁(しじ)に霍公鳥鳴き響むなる声の遥けさ
1501  霍公鳥鳴く峯(を)の上の卯の花の憂きことあれや君が来まさぬ
1502  五月山花橘を君がため玉にこそ貫(ぬ)け散らまく惜しみ
1504  暇無み五月をすらに我妹子が花橘を見ずか過ぎなむ
1507  大伴家持が、橘花(たちばな)を攀ぢて坂上大嬢に贈れる歌一首、また短歌
 いつしかと 待つ我が屋戸に 百枝さし 生ふる
   玉に貫く 五月を近み あえぬがに 花咲きにけり
   朝に日(け)に 出で見るごとに 息の緒に 吾(あ)が思(も)ふ妹に
   真澄鏡(まそかがみ) 清き月夜に ただ一目 見せむまでには
   散りこすな ゆめと言ひつつ ここだくも 吾(あ)が守(も)るものを
   うれたきや 醜(しこ)霍公鳥 暁の うら悲しきに
   追へど追へど なほし来鳴きて いたづらに 土に散らせば
   すべをなみ 攀ぢて手折りつ 見ませ我妹子(わぎもこ)
1508
1509
 望降(もちくだ)ち清き月夜に我妹子に見せむと思(も)ひし屋戸の
 妹が見て後も鳴かなむ霍公鳥花を土に散らしつ
1510  撫子は咲きて散りぬと人は言へど吾(あ)が標めし野の花にあらめやも
1512  経(たて)も無く緯(ぬき)も定めず未通女(をとめ)らが織れる黄葉(もみち)に霜な降りそね
1514  秋萩は咲きぬべからし我が屋戸の浅茅が花の散りぬる見れば
1516  秋山ににほふ木の葉のうつりなばさらにや秋を見まく欲りせむ
1517  味酒(うまさけ)三輪の祝(いはひ)の山照らす秋の黄葉(もみちば)散らまく惜しも
1530  をみなへし秋萩交じる蘆城の野今日を始めて万代に見む
1532  草枕旅ゆく人も行き触ればにほひぬべくも咲けるかも
1533  伊香山野辺に咲きたる萩見れば君が家なる尾花(をばな)し思ほゆ
1534  をみなへし秋萩折らな玉ほこの道行き苞(つと)と乞はむ子のため
1536  宵に逢ひて朝(あした)面なみ名張野のは散りにき黄葉(もみち)はや継げ
1537 山上臣憶良が秋野の花を詠める歌二首
 秋の野に咲きたる花を指(および)折りかき数ふれば七種(くさ)の花 其一
1538 の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花 其二
1541 吾(あ)が岡にさ牡鹿来鳴く先萩(さきはぎ)の花妻問ひに来鳴くさ牡鹿
1542 吾(あ)が岡の秋萩の花風をいたみ散るべくなりぬ見む人もがも
1543  秋の露は移しなりけり水鳥の青葉の山の色づく見れば
1548  大伴坂上郎女が晩(おくて)の萩の歌一首
 咲く花もうつろふは厭(う)し奥手なる長き心になほしかずけり
1553
1554
 しぐれの雨間無くし降れば御笠山木末(こぬれ)あまねく色づきにけり
 大王の御笠の山の黄葉(もみちば)は今日の時雨に散りか過ぎなむ
1557  明日香川ゆき廻(た)む岡の秋萩は今日降る雨に散りか過ぎなむ
1558  鶉鳴く古りにし里の秋萩を思ふ人どち相見つるかも  
1559  秋萩は盛り過ぐるをいたづらに挿頭(かざし)に挿さず帰りなむとや
1560  妹が目を跡見の崎なる秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ
1571  春日野に時雨降る見ゆ明日よりは黄葉かざさむ高圓の山
1575  雲の上に鳴きつる雁の寒きなべの下葉はもみちつるかも
1577  秋の野の尾花が末(うれ)を押しなべて来しくもしるく逢へる君かも
1579  朝戸開けて物思(も)ふ時に白露の置ける秋萩見えつつもとな
1580  さ牡鹿の来立ち鳴く野の秋萩は露霜負ひて散りにしものを
1581
1582
 手折らずて散らば惜しみと吾(あ)が思(も)ひし秋の黄葉(もみち)を挿頭(かざ)しつるかも
 めづらしき人に見せむともみち葉を手折りそ吾(あ)が来し雨の降らくに
1583  もみち葉を散らす時雨に濡れて来て君が黄葉(もみち)をかざしつるかも
1584
1585
1586
1587
1588
1589
1590
1591
 めづらしと吾(あ)が思(も)ふ君は秋山の初もみち葉に似てこそありけれ
 奈良山の嶺のもみち葉取れば散る時雨の雨し間無く降るらし
 もみち葉を散らまく惜しみ手折り来て今宵かざしつ何か思はむ
 あしひきの山のもみち葉今夜もか浮かびゆくらむ山川の瀬に
 奈良山をにほふもみち葉手折り来て今夜かざしつ散らば散るとも
 露霜にあへる黄葉(もみち)を手折り来て妹と挿頭しつ後は散るとも
 十月(かみなつき)時雨にあへるもみち葉の吹かば散りなむ風のまにまに
 もみち葉の過ぎまく惜しみ思ふどち遊ぶ今夜は明けずもあらぬか
1595  秋萩の枝もとををに降る露の消なば消ぬとも色に出でめやも
1597
1598
1599
 秋の野に咲ける秋萩秋風に靡ける上に秋の露置けり
 さ牡鹿の朝立つ野辺の秋萩に玉と見るまで置ける白露
 さ牡鹿の胸(むな)分けにかも秋萩の散り過ぎにける盛りかも去ぬる
1600  妻恋に鹿(か)鳴く山辺の秋萩は露霜寒み盛り過ぎゆく
1604  秋されば春日の山の黄葉見る奈良の都の荒るらく惜しも
1605  高圓の野辺の秋萩このごろの暁(あかとき)露に咲きにけむかも
1608  秋萩の上に置きたる白露の消(け)かもしなまし恋ひつつあらずは
1617  秋萩に置きたる露の風吹きて落つる涙は留みかねつも
1618  玉にぬき消たず賜(たば)らむ秋萩の末(うれ)わわら葉に置ける白露
1621  我が屋戸の萩が花咲けり見に来ませいま二日ばかりあらば散りなむ
1622
1623
 我が屋戸の秋の萩咲く夕影に今も見てしか妹が姿を
 我が屋戸ににほふ楓(かへるで)見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし
1627
1628
 我が屋戸の時じくのめづらしく今も見てしか妹が笑まひを
 我が屋戸の萩の下葉は秋風もいまだ吹かねばかくぞ黄葉(もみ)てる
1633  手もすまに植ゑしにやかへりては見れども飽かず心尽さむ
1637  幡すすき尾花逆(さか)葺き黒木もち造れる屋戸は万代までに
1638  青丹よし奈良の山なる黒木もち造れる屋戸は座(ま)せど飽かぬかも
1640  吾(あ)が岡に盛りに咲けるの花残れる雪をまがへつるかも
1641  沫雪に降らえて咲けるの花君がり遣らばよそへてむかも
1642  たな霧(ぎ)らひ雪も降らぬか梅の花咲かぬが代(しろ)にそへてだに見む
1644  引き攀(よ)ぢて折らば散るべみ梅の花袖に扱入(こき)れつ染(し)まば染むとも
1645  我が屋戸の冬木の上に降る雪を梅の花かとうち見つるかも
1647  梅の花枝にか散ると見るまでに風に乱れて雪ぞ降り来る
1648  十二月(しはす)には沫雪降ると知らねかも梅の花咲く含(ふふ)めらずして
1649  今日降りし雪に競(きほ)ひて我が屋戸の冬木の梅は花咲きにけり
1650  池の辺(べ)のの末葉(うらば)に降る雪は五百重(いほへ)降りしけ明日さへも見む
1651  沫雪のこのごろ継ぎてかく降らば梅の初花散りか過ぎなむ
1652  の花折りも折らずも見つれども今夜の花になほしかずけり
1653  今のごと心を常に思へらばまづ咲く花の土に落ちめやも
1654  松蔭の浅茅の上の白雪を消たずて置かむ由(よし)はかもなき
1655  高山の菅の葉しのぎ降る雪の消ぬとか言はも恋の繁けく
1656  酒杯に梅の花浮かべ思ふどち飲みて後には散りぬともよし
1659  真木の上に降り置ける雪のしくしくも思ほゆるかもさ夜問へ我が背
1660  梅の花散らす冬風(あらし)の音のみに聞きし我妹(わぎも)を見らくしよしも
1661  久かたの月夜を清み梅の花心に開(さ)きて吾(あ)が思(も)へる君

ホームに戻る