万葉集(巻第一〜巻第三) 青空文庫 ―鹿持雅澄『萬葉集古義』による

参考図書
解説万葉集―佐野 保田朗 藤井書店
木の名の由来―深津 正・小林義雄著 日本林業技術協会
万葉集―日本古典文学全集 小学館
巻4〜6へ
巻第一(0001〜0483)
0003 やすみしし 我が大王(おほきみ)の 朝(あした)には 取り撫でたまひ
   夕へには い倚(よ)り立たしし み執(と)らしの 梓の弓
   鳴弭(なりはず)の 音すなり 朝猟(あさがり)に 今立たすらし
   夕猟(ゆふがり)に 今立たすらし み執らしの 梓の弓の 鳴弭の音すなり

 梓の弓→梓弓乃→カバノキ科の落葉高木、よぐそみねばり、これで弓を作った。
0007  秋の野のみ草苅り葺き宿れりし宇治の宮処(みやこ)の仮廬(かりいほ)し思ほゆ

  苅→萓(かや)    
0009  三諸(みもろ)の山見つつゆけ我が背子がい立たしけむ厳橿(いつかし)が本

樫→ブナ科の常緑高木
0016  冬こもり 春さり来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ
   咲かざりし 花も咲けれど 山を茂(し)み 入りても聴かず
   草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては
   黄葉(もみ)つをば 取りてそ偲(しぬ)ふ 青きをば 置きてそ嘆く
   そこし怜(たぬ)し 秋山吾(あれ)は

 木の葉→木の葉、黄葉黄葉(特定の樹木に限らず紅葉した木の葉)
0029 玉たすき 畝傍(うねび)の山の 橿原の ひしりの御代よ
   生(あ)れましし 神のことごと 樛(つが)の木の いや継ぎ嗣ぎに
   天の下 知ろしめししを そらみつ 大和を置きて
   青丹よし 奈良山越えて いかさまに 思ほしけめか
   天離(あまざか)る 夷(ひな)にはあらねど 石走(いはばし)る 淡海(あふみ)の国の
   楽浪(ささなみ)の 大津の宮に 天の下 知ろしめしけむ
   天皇(すめろぎ)の 神の命(みこと)の 大宮は ここと聞けども
   大殿は ここと言へども 霞立つ 春日か霧(き)れる
   夏草か 繁くなりぬる ももしきの 大宮処(おほみやどころ) 見れば悲しも

 木乃→マツ科の常緑高木、栂。「樛」の字は、枝が垂れる。くずやつたなどの蔓性植物がまつわりつく木を   表す
   
0034  白波の浜松が枝の手向(たむけ)ぐさ幾代まてにか年の経ぬらむ
     日本紀ニ曰ク、朱鳥四年庚寅秋九月、天皇紀伊国ニ幸ス。

 浜松が枝→浜辺の松の枝
0047  ま草苅る荒野にはあれど黄葉(もみちば)の過ぎにし君が形見とそ来し

0050  やすみしし 我が大王 高ひかる 日の皇子
   荒布(あらたへ)の 藤原が上に 食(を)す国を 見(め)したまはむと
   都宮(おほみや)は 高知らさむと 神ながら 思ほすなべに
   天地(あめつち)も 依りてあれこそ 石走る 淡海(あふみ)の国の
   衣手の 田上(たなかみ)山の 真木さく 檜(ひ)のつまてを
   物部(もののふ)の 八十(やそ)宇治川に 玉藻なす 浮かべ流せれ
   そを取ると 騒く御民(みたみ)も 家忘れ 身もたな知らに
   鴨じもの 水に浮き居て 吾(あ)が作る 日の御門に
   知らぬ国 依り巨勢道(こせぢ)より 我が国は 常世にならむ
   図(ふみ)負へる 神(あや)しき亀も 新代(あらたよ)と 泉の川に
   持ち越せる 真木のつまてを 百(もも)足らず 筏に作り
   泝(のぼ)すらむ 勤(いそ)はく見れば 神ながらならし

 真木の枕詞、
 万葉集にはマキを読んだ木は約二十首前後あります。定説はまことの木、優れた木という意味で特定の木を   さしたものではないというのが定説。スギを指す意見もあり。
     
0054 巨勢山の列列(つらつら)椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

 椿→つらつら椿(椿の並木、葉または葉の連なった椿)、ツバキ科の常緑小高木
0066  大伴の高師の浜の松が根を枕(ま)きて寝(ぬ)る夜は家し偲はゆ

 松が根→松の根
0056  河上の列列椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は
0073  我妹子を早見浜風大和なる吾(あ)を松の樹に吹かざるなゆめ
巻第二
0090 君がゆき日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ
     此ニ山多豆ト云ヘルハ、今ノ造木(ミヤツコギ)也。
山たづ→スイカヅラ科の落葉低木→ニワトコ
        意味 木の内部が柔らかい芯のみ、「たず」→木質部が「脱つ」の意
0096 美薦(みこも)苅る信濃(しなぬ)の真弓吾(あ)が引かば貴人(うまひと)さびて否と言はむかも
0097 美薦苅る信濃の真弓引かずして弦(を)著(は)くる行事(わざ)を知ると言はなくに
0094  玉くしげ三室(みむろ)の山のさな葛(かづら)さ寝ずは遂に有りかてましも

 さな葛→びなんかずら、モクレン科のつる性植物、冬に赤い実をつける。別名サネカズラ
0098  梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも 

 梓弓→ケヤキの木で作った弓、003梓の弓も含まれる?
0099  梓弓弓弦(つらを)取り佩(は)け引く人は後の心を知る人ぞ引く 
0101  玉葛(たまかづら)実ならぬ木には千早ぶる神そ著(つ)くちふ成らぬ木ごとに
0102  玉葛花のみ咲きて成らざるは誰(た)が恋ならも吾(あ)は恋ひ思(も)ふを

 玉葛→玉カヅラ→びなんかずらを念頭に置いたもの、雄木には花は咲いても実がならない。
0110  大名児を彼方(をちかた)野辺(ぬへ)にる草(かや)の束(つか)のあひだも吾(あれ)忘れめや
0111  古(いにしへ)に恋ふる鳥かも弓絃葉(ゆづるは)の御井の上より鳴き渡りゆく

 弓絃葉→トウダイグサ科の常緑高木、漢字― 譲葉・杠葉・柊・楪・交譲木
0113  み吉野の山が枝は愛(は)しきかも君が御言を持ちて通はく
0120  吾妹子(わぎもこ)に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花ならましを

 秋萩→万葉集では「萩」→「芽」又は「芽子」と書く
0125  の蔭踏む路の八衢(やちまた)に物をそ思ふ妹に逢はずて

 橘→橘 ミカン科の常緑小高木
0132  石見のや高角(たかつぬ)山の木(こ)の間より我(あ)が振る袖を妹見つらむか
0139  石見の海(み)竹綱(たかつぬ)山の木の間より吾(あ)が振る袖を妹見つらむか

 木の間→木々の間より
0135  つぬさはふ 石見の海の 言(こと)さへく 辛(から)の崎なる
   海石(いくり)にそ 深海松(ふかみる)生ふる 荒礒にそ 玉藻は生ふる
   玉藻なす 靡き寝し子を 深海松の 深めて思(も)へど
   さ寝し夜は 幾だもあらず 延(は)ふ蔦の 別れし来れば
   肝向かふ 心を痛み 思ひつつ かへり見すれど
   大舟の 渡の山の もみち葉の 散りの乱(みだ)りに
   妹が袖 さやにも見えず 妻隠(つまごも)る 屋上(やかみ)の山の
   雲間より 渡らふ月の 惜しけども 隠ろひ来つつ
   天伝(あまつた)ふ 入日さしぬれ 大夫と 思へる吾(あれ)も
   敷布の 衣の袖は 通りて濡れぬ
0137  秋山に散らふ黄葉(もみちば)暫(しま)しくはな散り乱(みだ)りそ妹があたり見む

 黄葉(もみちば→もみじの葉
0141  磐代の浜が枝を引き結びま幸(さき)くあらばまた還り見む
0142  家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕旅にしあればの葉に盛る

 椎→ぶな科の常緑高木、古代では植物の葉を食器代わりに利用した。シイの葉ちょっと小さいが・・・・
0143  磐代の岸のが枝結びけむ人は還りてまた見けむかも
0146  後見むと君が結べる磐代の小が末(うれ)をまた見けむかも
0144  磐代の野中に立てる結び心も解けず古(いにしへ)思ほゆ
0145  鳥翔(つばさ)成す有りがよひつつ見らめども人こそ知らねは知るらむ
0149  人はよし思ひ止(や)むとも玉蘰(たまかづら)影に見えつつ忘らえぬかも

 玉蘰(たまかづら)→蔓性植物
0156  三諸(みもろ)の神の神杉(かむすぎ)かくのみにありとし見つつ寝(いね)ぬ夜ぞ多き

 神杉(かむすぎ)→杉は神が宿る木と知られ、特に三輪の木は有名であった。
0157 神山(かみやま)の山辺(やまへ)真麻木綿(まそゆふ)短か木綿かくのみ故に長くと思ひき

 木綿(ゆふ)→楮の皮を剥ぎ、その繊維を蒸して水に浸して裂いて糸にしたもの。編んで衣料にした。
0158  山吹の立ち茂みたる山清水汲みに行かめど道の知らなく

 山吹→バラ科の落葉低木
0159  やすみしし 我が大王の 夕されば 見(め)したまふらし
   明け来れば 問ひたまふらし 神岳(かみをか)の 山の黄葉(もみち)
   今日もかも 問ひたまはまし 明日もかも 見(め)したまはまし
   その山を 振り放(さ)け見つつ 夕されば あやに悲しみ
   明け来れば うらさび暮らし 荒布(あらたへ)の 衣の袖は 乾(ひ)る時もなし
0166  磯の上に生ふる馬酔木(あしび)を手(た)折らめど見すべき君が在(ま)すと言はなくに

 馬酔木(あしび)→アセビ(馬酔木)ツツジ科の低木、「馬が喰えば中毒し、鹿が喰えば角を落とす」と言われる
0182  鳥座(とくら)立て飼ひし雁の子巣立(た)ちなば真弓の岡に飛び還り来ね

 真弓の岡→マユミ? 地名かも
0190  真木柱(まきばしら)太き心はありしかどこの吾(あ)が心鎮めかねつも

 真木柱(まきばしら)→立派な柱の意味。檜や杉でできた柱。
0196  飛ぶ鳥の 明日香の川の
   上つ瀬に 石橋(いはばし)渡し 下つ瀬に 打橋渡す
   石橋に 生(お)ひ靡ける 玉藻もぞ 絶ゆれば生(は)ふる
   打橋に 生(お)ひををれる 川藻もぞ 枯るれば生(は)ゆる
   なにしかも 我が王(おほきみ)の 立たせば 玉藻のごと
   臥(こ)やせば 川藻のごとく 靡かひし 宜(よろ)しき君が
   朝宮を 忘れたまふや 夕宮を 背きたまふや
   うつそみと 思ひし時に
   春へは 花折り挿頭(かざ)し 秋立てば 黄葉(もみちば)挿頭し
   敷布の 袖たづさはり 鏡なす 見れども飽かに
   望月(もちつき)の いやめづらしみ 思ほしし 君と時々
   出でまして 遊びたまひし 御食(みけ)向ふ 城上の宮を
   常宮(とこみや)と 定めたまひて あぢさはふ 目言(めこと)も絶えぬ
   そこをしも あやに悲しみ ぬえ鳥(とり)の 片恋しつつ
   朝鳥の 通はす君が 夏草の 思ひ萎えて
   夕星(ゆふづつ)の か行きかく行き 大船の たゆたふ見れば
   慰むる 心もあらず そこ故に 為(せ)むすべ知らに
   音のみも 名のみも絶えず 天地の いや遠長く
   思(しぬ)ひ行かむ 御名に懸かせる 明日香川 万代までに
   はしきやし 我が王(おほきみ)の 形見にここを
0208  秋山の黄葉(もみち)を茂み惑はせる妹を求めむ山道(やまぢ)知らずも
0209  もちみ葉の散りぬるなべに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ
0210  うつせみと 思ひし時に たづさへて 吾(あ)が二人見し
   走出(わしりで)の 堤に立てる 槻(つき)の木の こちごちの枝(え)の
   春の葉の 茂きがごとく 思へりし 妹にはあれど
   頼めりし 子らにはあれど 世間(よのなか)を 背きしえねば
   蜻火(かぎろひ)の 燃ゆる荒野に 白布(しろたへ)の 天領巾(あまひれ)隠(かく)り
   鳥じもの 朝発(た)ち行(いま)して 入日なす 隠りにしかば
   我妹子が 形見に置ける 若き児の 乞ひ泣くごとに
   取り与ふ 物しなければ 男(をとこ)じもの 脇ばさみ持ち
   我妹子と 二人吾(あ)が寝し 枕付く 妻屋のうちに
   昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし
   嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ
   大鳥(おほとり)の 羽易(はかひ)の山に 吾(あ)が恋ふる 妹はいますと
   人の言へば 岩根さくみて なづみ来(こ)し よけくもぞなき
   うつせみと 思ひし妹が 玉蜻(かぎろひ)の 髣髴(ほのか)にだにも 見えぬ思へば
0213  うつそみと 思ひし時に 手たづさひ 吾(あ)が二人見し
    出立(いでたち)の 百枝(ももえ)槻の木 こちごちに 枝させるごと
    春の葉の 茂きがごとく 思へりし 妹にはあれど
    恃(たの)めりし 妹にはあれど 世の中を 背きしえねば
    かぎろひの 燃ゆる荒野に 白布の 天領巾隠り
    鳥じもの 朝発ちい行きて 入日なす 隠りにしかば
    我妹子が 形見に置ける 緑児(みどりこ)の 乞ひ泣くごとに
    取り委(まか)す 物しなければ 男じもの 脇ばさみ持ち
    吾妹子と 二人吾(あ)が寝し 枕付く 妻屋のうちに
    昼は うらさび暮らし 夜は 息づき明かし
    嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ
    大鳥の 羽易(はかひ)の山に 汝(な)が恋ふる 妹はいますと
    人の言へば 岩根さくみて なづみ来し よけくもぞなき
    うつそみと 思ひし妹が 灰而座者

 槻の木→おおくの枝の出ている槻の木、ニレ科ケヤキ属の落葉高木、ケヤキの古名。 漢字― 欅・槻
0216  家に来て妻屋を見れば玉床(たまとこ)の外(と)に向かひけり妹が木枕(こまくら)

 木枕(こまくら)→木枕(当時は枕は魂の宿るところと考えられた。
   大意:家に帰って わが家を見れば 寝床の 向きと別な方を向いている 妻の木枕は
0217  秋山の したべる妹 なよ竹の 嫋(とを)依る子らは
   いかさまに 思ひ居(ま)せか 栲縄(たくなは)の 長き命を
   露こそは 朝(あした)に置きて 夕へは 消(け)ぬといへ
   霧こそは 夕へに立ちて 朝(あした)は 失すといへ
   梓弓 音聞く吾(あれ)も 髣髴(おほ)に見し こと悔しきを
   敷布(しきたへ)の 手(た)枕まきて 剣刀(つるぎたち) 身に添へ寝けむ
   若草の その夫(つま)の子は 寂(さぶ)しみか 思ひて寝(ぬ)らむ
   悔しみか 思ひ恋ふらむ 時ならず 過ぎにし子らが
   朝露のごと 夕霧のごと
0228 0228 妹が名は千代に流れむ姫島の小松の末(うれ)に蘿生すまでに
0230 0230 梓弓 手に取り持ちて 大夫(ますらを)の 幸矢(さつや)手(だ)挟み
   立ち向ふ 高圓山(たかまとやま)に 春野焼く 野火(ぬひ)と見るまで
   燃ゆる火を いかにと問へば 玉ほこの 道来る人の
   泣く涙 霈霖(ひさめ)に降れば 白布の 衣ひづちて
   立ち留まり 吾(あれ)に語らく 何しかも もとな言へる
   聞けば 哭(ね)のみし泣かゆ 語れば 心そ痛き
   天皇(すめろき)の 神の御子の 御駕(いでまし)の 手火(たび)の光そ ここだ照りたる
0231  高圓の野辺(ぬへ)の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人なしに
0233  高圓の野辺の秋萩な散りそね君が形見に見つつ偲はむ
巻第三
0241  皇(おほきみ)は神にしませば真木の立つ荒山中に海を成すかも
0257  天降(あも)りつく 天(あめ)の香具山 霞立つ 春に至れば
   風に 池波立ちて 桜花 木晩(このくれ)茂み
   沖辺には 鴨妻呼ばひ 辺つ方(へ)に あぢ群(むら)騒き
   ももしきの 大宮人の 退(まか)り出て 遊ぶ船には
   楫棹(かぢさを)も なくて寂(さぶ)しも 榜ぐ人なしに
0259  いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に苔むすまでに

 桙杉(ほこすぎ)→鉾(ほこ)のように真っ直ぐな杉
0260  天降りつく 神の香具山 打ち靡く 春さり来れば
    桜花 木晩茂み 風に 池波立ち
    辺つ方は あぢ群騒き 沖辺は 鴨妻呼ばひ
    ももしきの 大宮人の 退り出て 榜ぎにし船は
    棹楫(さをかぢ)も なくて寂しも 榜がむと思(も)へど
0262  矢釣(やつり)山木立も見えず降り乱る雪に騒きて参らくよしも
0267  むささびは木末(こぬれ)求むと足引の山の猟師(さつを)に逢ひにけるかも
0277  早来ても見てましものを山背(やましろ)の高槻の村散りにけるかも

 高槻の村→高の槻群→槻はケヤキの古名→けやきの林の意 ニレ科の落葉高木
0281  白菅の真野の原往くさ来(く)さ君こそ見らめ真野の榛原
0289 天の原振り放け見れば白(しら)真弓張りて懸けたり夜道は行かむ
0291  真木の葉のしなふ勢の山偲はずて吾(あ)が越え行けば木の葉知りけむ

 真木→建築材としてすぐれている檜や杉
0295  住吉(すみのえ)の岸の松原遠つ神我が王(おほきみ)の幸行処(いでましところ)
0310  東の市の植木の木垂(こだ)るまで逢はず久しみうべ恋ひにけり
0324  三諸(みもろ)の 神名備山(かむなびやま)に
   五百枝(いほえ)さし 繁(しじ)に生ひたる 栂(つが)の木の いや継ぎ嗣ぎに
   玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく ありつつも 止まず通はむ
   明日香の 旧き都は 山高み 川透白(とほしろ)し
   春の日は 山し見がほし 秋の夜は 川し清けし
   朝雲に 鶴(たづ)は乱れ 夕霧に かはづは騒ぐ
   見るごとに 哭(ね)のみし泣かゆ 古思へば

 栂(つが)→ マツ科の常緑高木。「樛」の字は、枝が垂れる。くずやつたなどの蔓性植物がまつわりつく木を    表す
0330 藤波の 花は盛りに なりにけり 奈良の都を 思ほすや君

 藤波→藤の花、藤の花房を波にたとえた歌語
0379  久かたの 天の原より 生(あ)れ来(こ)し 神の命
   奥山の 賢木(さかき)の枝に 白紙(しらが)付く 木綿(ゆふ)取り付けて
   斎瓮(いはひへ)を 斎ひ掘り据ゑ 竹玉(たかたま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂り
   獣(しし)じもの 膝折り伏せ 手弱女(たわやめ)の 襲(おすひ)取り懸け
   かくだにも 吾(あれ)は祈(こ)ひなむ 君に逢はぬかも

 賢木(さかき)の枝→榊 ツバキ科の常緑樹。古くから神のよりましの代表的な植物としてしられる。
 木綿(ゆふ)→本来は楮の繊維
0386  この夕へ柘(つみ)のさ枝の流れ来(こ)ば梁(やな)は打たずて取らずかもあらむ

 柘→野桑(のぐわ)/山桑、クワ科クワ属の落葉樹。山法師 ミズキ科ミズキ属の説も。
0387  古に梁打つ人の無かりせばここにもあらまし柘の枝はも
0391  鳥総(とぶさ)立て足柄山に船木(ふなき)伐り木に伐り去(ゆ)きつあたら船木を

 鳥総(とぶさ)→枝葉の茂った木末。船木→船の材料
0392  ぬば玉のその夜のを手(た)忘れて折らず来にけり思ひしものを

 梅→バラ科サクラ属の落葉高木。
0394  標(しめ)結ひて我が定めてし住吉(すみのえ)の浜の小松は後も我が

 松→マツ科マツ属
0398  妹が家(へ)に咲きたるの何時も何時も成りなむ時に事は定めむ
0399  妹が家(へ)に咲きたる花のの花実にし成りなばかもかくもせむ
0400  梅の花咲きて散りぬと人は言へど我が標結ひし枝ならめやも
0422  石上(いそのかみ)布留(ふる)の山なる杉群(すぎむら)の思ひ過ぐべき君にあらなくに
0423  つぬさはふ 磐余の道を 朝さらず 行きけむ人の
   思ひつつ 通ひけまくは 霍公鳥(ほととぎす) 来鳴く五月(さつき)は
   菖蒲(あやめぐさ) 花橘を 玉に貫き 蘰(かづら)にせむと
   九月(ながつき)の しぐれの時は 黄葉(もみちば)を 折り挿頭(かざ)さむと
   延(は)ふ葛(くず)の いや遠長く 万代に 絶えじと思ひて
   通ひけむ 君を明日よは 外(よそ)にかも見む

 蘰(かづら)→カヅラ 蔓性植物一般
0431  古に ありけむ人の 倭文幡(しつはた)の 帯解き交へて
   臥屋(ふせや)建て 妻問(つまどひ)しけむ 勝鹿の 真間の手兒名(てこな)が
   奥津城(おくつき)を こことは聞けど 真木の葉や 茂みたるらむ
   が根や 遠く久しき 言のみも 名のみも我は 忘らえなくに
0434  風早(かざはや)の美保の浦廻の白躑躅(しらつつじ)見れども寂(さぶ)し亡き人思へば
0446  我妹子が見し鞆之浦(とものうら)の天木香樹(むろのき)は常世にあれど見し人ぞなき

 天木香樹(むろのき)→杜松(ネズ)ヒノキ科の常緑高木。備後地方ではモロキと呼び寿命をつかさどる神の木と見なされている。
0447  鞆之浦の磯の杜松(むろのき)見むごとに相見し妹は忘らえめやも

 杜松(むろのき)杜松(ねず) ヒノキ科の常緑高木
0448  磯の上(へ)に根延(は)ふ室の木見し人をいかなりと問はば語り告げむか
0452  妹として二人作りし吾(あ)が山斎(しま)は木高(こだか)く繁くなりにけるかも

 木高(こだか)く→梢が茂って
0453  我妹子が植ゑしの木見るごとに心咽(む)せつつ涙し流る
0455  かくのみにありけるものをが花咲きてありやと問ひし君はも
0477  足引の山さへ光り咲く花の散りぬるごとき我が王かも

 花だけでなく山までも光る
0478  かけまくも あやに畏し 我が王 皇子の命
   物部(もののふ)の 八十伴男(やそとものを)を 召し集へ 率(あども)ひたまひ
   朝猟(あさがり)に 鹿猪(しし)踏み起こし 夕猟(ゆふがり)に 鶉雉(とり)踏み立て
   大御馬(おほみま)の 口抑へとめ 御心を 見(め)し明らめし
   活道(いくぢ)山 木立の繁(しじ)に 咲く花も うつろひにけり
   世間(よのなか)は かくのみならし 大夫(ますらを)の 心振り起こし
   剣刀(つるぎたち) 腰に取り佩き 梓弓 靫(ゆき)取り負ひて
   天地と いや遠長に 万代に かくしもがもと
   恃めりし 皇子の御門の 五月蝿(さばへ)なす 騒く舎人は
   白栲(しろたへ)に 衣取り着て 常なりし 咲(ゑま)ひ振舞ひ
   いや日異に 変らふ見れば 悲しきろかも

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