地図-東南アジア
(Map of Southeast Asia, -Multinational-)

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 ■東南アジア(Southeast Asia)

 東南アジア(とうなん―、Southeast Asia)は、アジアの東南部。ヴェトナム(ベトナム)ラオスカンボジアタイミャンマー(ビルマ)フィリピンマレーシアブルネイシンガポールインドネシアを含む。

 ▼東南アジア西部の地図(Map of the west part of Southeast Asia)

 ▼東南アジア東部の地図(Map of the east part of Southeast Asia)

 (1)インドシナ半島(Indochina peninsula)
      - ヴェトナム(ベトナム)/ラオス/カンボジア/
        タイ/ミャンマー(ビルマ)

 インドシナ/印度支那[半島](―[はんとう]、Indochina [peninsula])は、アジア大陸の南東部、太平洋とインド洋の間に突出する大半島。インドと中国の中間に位置するから言う。普通ベトナム/ラオス/カンボジア3国(←旧仏領)を指し、広義にはタイ/ミャンマーをも含む。亜熱帯・熱帯のモンスーン気候稲作地帯。古くから中国文化インド文化が交錯した地域で、仏教徒(上座部仏教)(※1~※1-4)が多い。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

 ▼インドシナ半島の地図(Map of Indochina peninsula)

 ●ヴェトナム/ベトナム(Vietnam、越南)は、正式名ベトナム社会主義共和国(Socialist Republic of Vietnam)。インドシナ半島東部の社会主義共和国。面積33万k㎡。人口7454万(1995)。前2世紀以来中国の支配に服したベトナム民族は10世紀に独立して大越と号し、版図を拡大。1803年現在の領域を統一して越南と号したが、1883年にフランスの保護国と成り、1887年ラオス/カンボジアを含めてフランス領インドシナ連邦を形成。1941年ベトミンが結成され、45年ホー・チミンの下にベトナム民主共和国(首都ハノイ)として独立、これを認めないフランスの介入を招いた。54年のジュネーヴ協定に依り、フランスは撤退したが、アメリカが介入して55年南部にベトナム共和国(首都サイゴン)を建てた。これに対して、60年南ベトナム解放民族戦線が結成され、ハノイ政権の支持の下に69年臨時革命政府を樹立、民族解放戦争を展開し、73年米軍は南ベトナムから撤兵、75年ベトナム共和国は崩壊した(ベトナム戦争(※2))。76年南北ベトナムは統一して、ベトナム社会主義共和国となる。首都ハノイ。尚、旧サイゴン市はホー・チミン市に名称変更。住民はベトナム人87%、他にムオン族/タイ族(※3)/クメール族(※4)など。言語はベトナム語(公用語)(※2-1、※5)。宗教は仏教/カオダイ教/カトリック/伝統的宗教など。政体は共和政。元首は大統領。通貨単位ドン(dong)。北部は亜熱帯気候、南部は熱帯モンスーン気候。農業の中心は稲作で、工業は繊維工業が中心。1986年から南シナ海で石油を採掘し、石炭はホンゲイ炭田が在る北部が主産地。「ドイモイ(刷新)」政策に依り1988年以降、民営企業の設立、外国からの投資が活発。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

 ●ラオス(Laos、老檛)は、(ス(s)はフランス植民地に成って以後に付加された文字か)正式名ラオス人民民主共和国(Lao People's Democratic Republic)。インドシナ半島中央部、メコン川中流域を占める人民民主共和国1353年ランサン王朝が興起。1893年以来フランスの保護領1945年独立。住民の大部はラオ族(=タイ族)(※3~※3-1)で仏教徒。言語はラオ語(公用語)(※3-2)の他、フランス語・英語。面積23万6千k㎡。人口488万(1995)。首都ヴィエンチャン(ビエンチャン)、中国名は万象。政体は共和政。元首は大統領。通貨単位キープ(kip)。熱帯モンスーン気候(主食はモチ米(糯米))/トウモロコシ/サトウキビ/アヘンなどを生産、豚/水牛/牛などを飼育。森林資源が豊富で、木材は同国第1の輸出品。スズを採掘。工業は木材加工/繊維など。電力も重要な輸出品で大部分をタイに輸出ラオ。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

 ●カンボジア(Cambodia、柬埔寨)は、正式名カンボジア王国(Kingdom of Cambodia)。インドシナ半島南東部の国。1世紀以来扶南、7世紀以来真臘(しんろう)が扶南を併合。8世紀初頭に陸真臘水真臘に分裂。9世紀前半にジャヤバルマン2世が統一し、都をアンコールに置いた。このアンコール朝は12世紀が全盛期で、アンコール・ワット(※6)、アンコール・トム(※6-1)を建設したが、13世紀後半からタイやベトナム人に圧迫され、15世紀にアンコールを放棄。1863年フランスの保護国1953年立憲王国として独立。75年国名を民主カンボジアと改称。78年以来の内戦の後、93年カンボジア王国が成立。面積18万1千k㎡。人口984万(1995)。首都プノンペン。住民はクメール族90%(※4)、ベトナム人5%。言語はクメール語(公用語)(※4-1~※4-2)、フランス語。宗教は仏教95%。政体は立憲君主政。元首は国王。通貨単位リエル(riel)。メコン川/トンレサップ川流域の平野が中心。熱帯モンスーン気候稲作を中心とする農業国。トンレサップ湖は雨季の漁業が盛ん。現地名カンプチア(Kampuchea)。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

 ●タイ(Thai, Thailand[英]、泰)は、正式名タイ王国(Kingdom of Thailand)。インドシナ半島中央部に在る王国旧称シャム(Siam)タイ族(※3)は中国西南部から南下した民族と言われ、1257年北部にスコータイ王国を建国。1351年南部にアユタヤ朝が建国し、東南アジア有数の強国へ発展したが、1767年ビルマ軍の侵攻で滅亡1782年先住のモン族クメール族(※4)などを合せ現チャクリ王朝が成立、1932年立憲君主制。面積51万3千k㎡。人口6020万(1995)。国民の大多数が仏教徒。第二次世界大戦後はクーデターが相次ぎ、軍事政権と文民政権が何度も交替して居る。首都バンコク(クルンテプ)。住民はタイ族75%、中国系14%。言語はタイ語(公用語)(※3-3)・中国語・マレー語(※10-1)。宗教は仏教(上座部仏教)95%、イスラム教4%。政体は立憲君主政。元首は国王。通貨単位バーツ(baht)。西部をチャオプラヤ川(メナム川)が南流し、下流にデルタを形成。東部はコラート台地。熱帯モンスーン気候で高温多湿。農業は稲作(主食はモチ米(糯米))が中心で、タピオカ/粗糖/天然ゴムなども産出。1970年代から工業化が進み、特に1980年代以降は輸出志向型工業に重点が置かれ、食品/繊維/電気/電子機器部門が急成長した。スズ/岩塩/カリ鉱石などを産し、タイランド湾で天然ガスを採掘。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
 補足すると、タイ族は中国雲南省景洪市にも少数民族として分布してますが、民族的には同じで元々は中国西南部が本貫地です。タイという国家を「泰(Thai)」と言うのに対し、中国の少数民族を「傣族(Dai zu)」と言います。

  インドシナ半島の地図

 ▼タイのプーケット島とパトン・ビーチの地図
   (Map of Phuket island and Patong Beach of Thailand)

  ○プーケット島(―とう、Phuket[ island])は、タイ南部、マレー半島の西に在る、南北約50km、東西約20kmのタイ最大の島。面積約800k㎡。19世紀後半からスズ鉱山が開発され、精鉱・鉱石を南東岸のプーケット港から積み出す。近年は観光開発が急速に進み、海洋スポーツ基地として発展。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
 補足すると、2004/12/26現地時間07:59(日本時間09:59)スマトラ島沖地震(Mw=9.3)が発生 -1960年のチリ地震(Mw=9.5)に次ぐ観測史上2番目の大地震- し、地震津波に因る犠牲者29万人以上に上ぼり、プーケット島でも甚大な被害を被りました。現地住民の「津波に関する無知」が指摘されました。

   ★パトン・ビーチはプーケットで最も繁華なビーチ。
   ★ラチャヤイ島(ヤイ島)付近ではクジラ(鯨)が見られる。

 ●ミャンマー(Myanmar)は、正式名ミャンマー連邦(The Union of Myanmar)。東南アジア大陸部の西部に在る国。旧称ビルマ9~10世紀頃チベット東方からビルマ族が南下し、11~13世紀パガン朝が栄え、19世紀イギリス領インドの支配下に入り、第二次世界大戦中は日本軍が占領1948年ビルマ連邦として独立したが、62年クーデターでビルマ社会主義連邦共和国に、再びクーデターで89年に軍部主導のミャンマー連邦と成り、アウン・サン・スーチー女史を自宅軟禁に処した。面積67万6千k㎡。人口4652万(1995)。首都ヤンゴン(ラングーン)。住民はビルマ族68%、シャン族9%、カレン族7%(※7)など約50の少数民族。言語はビルマ語(公用語)(※7-1)/シャン語/カレン語など。宗教は仏教89%。政体は連邦制・軍政。通貨単位チャット(kyat)。国土の3/4は森林で、南部は熱帯モンスーン気候、北部は温帯多雨気候。農業は稲作が中心で、サトウキビ/トウモロコシ/ジュート/綿花/天然ゴムなども産出。タイ/ラオスとの国境地帯はケシ栽培アヘン製造が盛ん「黄金の三角地帯」と呼ばれたが、近年解放が進む。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

   ★ビルマ(Burma、緬甸)は、東南アジア大陸部西部の国。1989年国名をミャンマー連邦と改称。

  インドシナ半島の地図

 (2)フィリピン(Philippines)

 ▼フィリピンの地図(Map of Philippines)

 ●フィリピン(Philippines、比律賓)は、(スペイン国王フェリーペ2世の名に因む)正式名フィリピン共和国(Republic of the Philippines)。スペイン語名フィリピナス(Filipinas)。アジア大陸の東方、ルソン島を主島とし、ミンダナオ・サマル・ネグロス・パナイ・パラワンなど七千余の島嶼から成る共和国。主にマレー系民族が多数のグループに分かれて住み、統一国家は生まれなかった。マゼランの来航を経て、16世紀以来スペイン領、米西戦争の結果1899年アメリカ領1946年独立。古くから日本と交渉を持つ。面積30万k㎡。人口7026万(1995)。首都マニラ。言語はタガログ語(※8~※8-3)/セブアノ語(※8-4)など80数種に上る。公用語はフィリピノ語(=タガログ語)(※8-3)と英語。宗教はカトリック83%、プロテスタント9%、イスラム教5%。政体は共和政。元首は大統領。通貨単位ペソ(peso)。環太平洋火山帯に位置し、地震・火山活動が盛ん。大部分が熱帯モンスーン気候に属す。主食のや輸出用のヤシ油/砂糖/バナナ/トウモロコシ/パイナップルなどを産出。水産業は発展中。工業も石炭/銅/ニッケル/耐火クロム/金/鉄などを産する。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

 (3)マレー系(Malay) - マレーシア/ブルネイ

 ●マレーシア(Malaysia)は、正式名はマレーシア(Malaysia)だが、マレー半島南部の11州と、ボルネオ島北部のサバ州/サラワク州から成る連邦制国家。14世紀にスマトラ島のシュリーヴィジャヤ王国が滅び、マレー半島に逃れた難民が15世紀初頭マラッカ王国を樹立したが、1511年ポルトガルに占領され香料貿易の初期の中心地と成った。1641年オランダがマラッカを占領18世紀後半からイギリスが進出し1786年ペナン島を獲得して以後、シンガポール/マラッカを獲得し、1826年海峡植民地とした。1867年イギリス領インドの管轄から直轄植民地へ移行。第二次世界大戦中は日本軍に占領された。1946年イスラム首長国とマラッカ/ペナンを含めてイギリス保護領マラヤ連合が発足。1957年に半島部がイギリス連邦内の独立国マラヤ連邦となり、1963年シンガポール/サバ(旧北ボルネオ)/サラワクを加えて独立連邦国マレーシアが発足。65年シンガポールが分離・独立イギリス連邦(※9)に属する。マレー人(※10、※8-2)と華人(※11)とが人口の大部分を占める。面積33万k㎡。人口2014万(1995)。首都クアラルンプール。言語はマレー語(公用語)(※10-1)の他、英語/中国語/タミル語(※12)。宗教はイスラム教/仏教/儒教/道教/ヒンドゥー教。政体は立憲君主政。元首は9州の世襲制スルタン(※13)の中から5年毎に選出される国王。通貨単位リンギ(ringgit)。国土の40%はマレー半島、60%はボルネオ島に在る。熱帯雨林気候/カカオ/天然ゴム/パーム油/木材/石油/天然ガス/スズなどを産出。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

 ●ブルネイ(Brunei)は、正式名ブルネイ・ダルサラーム国(State of Brunei Darussalam)。北ボルネオに在る君主国。イスラム教国。16世紀頃迄広大な領土を有したが、16世紀以降はヨーロッパ人や海賊に荒らされ衰退。1888年イギリスの保護領、1959年自治領、84年独立セリア油田が有名。面積5765k㎡。人口28万5千(1995)。首都バンダルスリブガワン。住民はマレー系64%、中国系20%。言語はマレー語(公用語)(※10-1)と英語・中国語。宗教はイスラム教63%、仏教14%、キリスト教8%。政体は立憲君主政。元首はスルタン(※13)。通貨単位ドル(dollar)。大部分は熱帯雨林に覆われ、ボルネオ島最大のマングローブ湿原が在る。熱帯海洋性気候で高温多湿。石油天然ガスに依存。財政は豊かで、義務教育・保健サービスは無料国民の生活水準が高い。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

 ▼マレーシア/ブルネイの地図(Map of Malaysia and Brunei)

 マレー系のマレーシア/ブルネイの地図は▼下のリンク▼から、東南アジア西部の地図を参照して下さい。

  東南アジア西部の地図

 (4)華人系(Chinese) - シンガポール

 ●シンガポール(Singapore、新嘉坡)は、(梵語で「獅子の都」の意)
 [1].正式名シンガポール共和国(Republic of Singapore)。マレー半島の最南端の島。1819年イギリス植民地、第二次世界大戦中は日本軍が占領し昭南島と命名。1963年独立したマレーシアに加盟65年マレー人優先政策をとる連邦政府との対立から分離独立。面積618k㎡。人口298万(1995)。首都シンガポール。住民は華人(中国系)77%、マレー系15%、インド系6%。言語は中国語マレー語(※10-1)・タミル語(※12)・英語(以上公用語)。宗教は仏教29%、キリスト教19%、イスラム教16%、道教13%。政体は共和政。元首は大統領通貨単位ドル(dollar)。略赤道直下の熱帯に在るが、海洋性気候で比較的凌ぎ易い。月平均気温は25~27℃前後と略一定。工業が主で、電気/電子/一般機械/造船/石油精製/化学などで、地下鉄も在る。国名の由来を表すマーライオンはシンガポールの象徴。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
 [2].[1]の首都。シンガポール島南岸に位置し、交通・軍事上の要地。又、工業/金融 -シンガポール国際金融取引所(SIMEX)アジアの金融センター- の中心。東南アジアの貿易上の拠点として発展。元イギリス軍の極東に於ける根拠地。星港

 ▼シンガポールの地図(Map of Singapore)

 (5)インドネシア(Indonesia)

 インドネシア(Indonesia)は、(ネシアはの意、他にメラネシア/ミクロネシア/ポリネシアなど)は、[1].広義では、西南太平洋の島嶼群スマトラジャワボルネオ(カリマンタン)セレベス(スラウェシ)ティモールニューギニア島西部(イリアンジャヤ)の諸島及びその付近の島々を総称。

 ●インドネシア(Indonesia)は、正式名インドネシア共和国(Republic of Indonesia)旧蘭領東インド地域に生れた共和国1945年独立宣言、49年オランダから主権を譲られ連邦制共和国と成り、翌50年単一共和国に改めた。首都ジャカルタ。面積190万4千k㎡。人口1億9375万(1995)。住民はジャワ族45%、スンダ族14%などマレー系を主とする約300種族。言語はインドネシア語(統一言語)(※14~※14-2、※8-2)、ジャワ語(※14-3、※8-2)など。宗教はイスラム教87%。政体は共和政。元首は大統領通貨単位ルピア(rupiah)ジャワ島スマトラ島ボルネオ島南部(カリマンタン)セレベス(スラウェシ)島ニューギニア島西部(イリアンジャヤ)など、赤道を挟む約6,000の島々に人が住む。400余りの火山が在り、特にジャワ島/スマトラ島/小スンダ列島に多く分布。7世紀にスマトラ島でシュリーヴィジャヤ王国(仏教国)が興り、9世紀にジャワ島のシャイレーンドラ朝が王統を継承。13世紀末ジャワ島でマジャパヒト王国(ヒンドゥー教国)が興り、14世紀にマレー半島・ミンダナオ島も勢力下に置いたが、15世紀にイスラム勢力に圧迫されて衰退。16世紀にジャワ島でマタラム王国(イスラム教国)が興ったが、この頃からヨーロッパ人が進出。オランダ東インド会社(※15、※15-1)はイギリスを駆逐して香料貿易を独占し、マタラム王国の内紛に介入して保護下に置き植民地とした(←1619年にジャカルタを「バタヴィア」と改める)。1816年オランダ王室の直接統治に移行。第二次世界大戦中は日本軍が占領。一年中高温多湿の熱帯雨林気候の特色を示す。米/トウモロコシ/サトウキビ/コーヒー/天然ゴム/コプラなどを産出。原油/天然ガスの輸出が外貨獲得に貢献。近年は繊維/機械/鉄鋼/ガラスなどの工業が急速に成長。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

 ▼インドネシアのバリ島の地図(Map of Bali island of Indonesia)

  ○バリ島(―とう、Bali[ island])は、ジャワ島の東に隣接する小火山島で、最高峰アグン山(活火山にして霊峰)は3142m。イスラム文化圏に在るインドネシア共和国の中でヒンドゥー教を信仰する唯一の島。古典舞踊ガムラン音楽で有名。

 ▼インドネシアのジャワ島の地図(Map of Java island of Indonesia)

  ○ジャワ島/ジャヴァ島(―とう、Java[ island]、爪哇/闍婆)は、東南アジア大スンダ列島南東部の島。インドネシア共和国の中心を成し、首都ジャカルタが在る。17世紀以来オランダの影響が強く、1945年まで同国領。面積は属島マドゥラを合せて13万k㎡。

 ▼インドネシアのスマトラ島の地図(Map of Sumatra island of Indonesia)

  ○スマトラ島(―とう、Sumatra[ island])は、東南アジア、大スンダ列島の北西端にある島。7~11世紀にパレンバンを首都とするシュリーヴィジャヤ王国が栄えた地。 1508年ポルトガル人が来航、後オランダ領。第二次大戦後独立運動が起こり、インドネシア共和国の一部と成った。面積43万k㎡。主な都市はメダンパレンバン。高いバリサン山脈が縦走し、多数の火山が在る。最高峰はクリンチ山(3805m)。土地は肥沃で、農業が盛ん。石油など鉱物資源が豊富。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

   ★アチェ特別自治州(Aceh Special Autonomous Province)は、インドネシアのスマトラ半島最北部に位置する特別地区で、嘗てアチェ王国が在った地。1945年のインドネシア独立後、イスラム国教化政策を採らない政府に対し分離・独立を主張、1959年特別州と成った。東ティモール独立に影響され、独立機運が高まっている。州都はバンダアチェ。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>
   ★アチェ王国(Aceh Kingdom)は、スマトラ島北端に在ったイスラム国家。アチェ(Aceh)族が16世紀に建設、17世紀前半にはコショウ貿易で繁栄。1873年からはオランダと戦い、スルタンが降伏した後も民衆ゲリラが1912年頃迄抵抗した(アチェ戦争)。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>
   ★パレンバン(Palembang)は、インドネシアのスマトラ島南東部の商業都市。7世紀頃よりシュリーヴィジャヤ王国の首都として繁栄。ゴム・石油の集散地で、大精油所がある。人口135万2千(1995)。
 

 ▼その他のインドネシアの地図(Map of other Indonesia)

  ○ボルネオ島(―とう、Borneo[ island])は、世界第3の大島。ジャワ島の北、セレベス(スラウェシ)島の西に位置し、大半は密林で覆われ、粗放農業石油の産出などを除いて未開発。南部は元オランダ領1945年よりインドネシアの一部と成る。19世紀半ば以降北部はイギリスの勢力下に在ったが、63年サバサラワクマレーシアに加入、84年に残るブルネイも独立。面積74万k㎡。インドネシア語名カリマンタン(Kalimantan)

  ○セレベス島(―とう、Celebes[ island])は、インドネシア共和国の一島。フィリピン群島の南、ボルネオ(カリマンタン)とモルッカ諸島との中間、赤道に跨る大島。面積17万9千k㎡。原住民はブギス族など。17世紀以来オランダの貿易の根拠地であった。中心都市ウジュンパンダン(マカッサル)。インドネシア語名スラウェシ(Sulawesi)

 以上の地図は▼下のリンク▼から、東南アジア西部の地図を参照して下さい。

  東南アジア西部の地図
 

  ○ティモール島(―とう、Timor[ island])は、オーストラリア大陸の北方、小スンダ列島東部の島。ビャクダンの茂る島として知られ、元代から中国船が来航して貿易に従事。17世紀ポルトガルオランダの係争地となり、以後両国が分割支配。オランダ領は1949年よりインドネシア領ポルトガル領(東ティモール)は1975年インドネシアが占領し翌年併合を強行した為、住民との間に紛争が続いている。1998年5月、国連の監視下で独立の是非を問う住民投票が行われ、独立派が圧勝。面積約3.4万k㎡。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

  ○イリアンジャヤ(Irian Jaya)は、インドネシア東端、ニューギニア島西半部を占める州。面積42.2万k㎡。州都ジャヤプラ。石油・金・銀・銅などを産出。西イリアン

  ○ニューギニア島(―とう、New Guinea[ island])は、オーストラリアの北に横たわる世界第2の大島。住民はパプア人メラネシア人で、千を超える言語が在り、多種多様な伝統的生活を続ける。19世紀後半、西半分がオランダ領、北東部がドイツ領、南東部がイギリス領と成る。その後東部のドイツ領・イギリス領はオーストラリアの直轄領・信託統治領となり、1975年パプアニューギニアとして独立。西半分(西イリアン)は69年インドネシア領と成り、73年イリアンジャヤと改称。総面積77万k㎡。パプア島。

 以上の地図は▼下のリンク▼から、東南アジア東部の地図を参照して下さい。

  東南アジア東部の地図
 

【脚注】
※1:上座部[仏教](じょうざぶ[ぶっきょう]、Theravada[パーリ語])とは、〔仏〕部派仏教の一派。仏滅後百年頃、仏教教団は保守的な上座部進歩的な大衆部に根本分裂し、後上座部は更に説一切有部(せついっさいうぶ)など多くの部派に分裂した。東南アジアに伝わる仏教(南伝仏教)はこの上座部の流れに属する。
 補足すると、上座部仏教とは即ち小乗仏教のことであるが、小乗とは大乗の立場から批判的に言ったものなので、上座部仏教と呼んだ方が良い。
※1-1:小乗[仏教](しょうじょう[ぶっきょう]、hinayana[梵])とは、〔仏〕(劣った乗物の意)衆生済度を忘れて自己の解脱だけを求める声聞や縁覚の立場を、大乗の立場から批判的に名付けたもの。←→大乗[仏教]
※1-2:大乗仏教(だいじょうぶっきょう、mahayana[梵])とは、〔仏〕(大きな乗り物の意)紀元前後頃からインドに起った改革派の仏教。従来の部派仏教が出家者中心・自利中心であったのを小乗仏教として批判し、それに対し、自分たちを菩薩と呼び利他中心の立場を取った。東アジアやチベットなどの北伝仏教は何れも大乗仏教の流れを受けて居る。←→小乗仏教上座部仏教
※1-3:南伝仏教(なんでんぶっきょう)とは、アショーカ王以後、南インド及びセイロン(スリランカ)/ビルマ(ミャンマー)/タイ/カンボジアなどに伝播した仏教。上座部仏教の流れを受け、パーリ語の三蔵を聖典とする。←→北伝仏教。
※1-4:北伝仏教(ほくでんぶっきょう)とは、仏教の内、中央アジア/中国/朝鮮/日本に伝播したものと、ネパール/チベット/モンゴルに行われるものとの総称。大乗仏教を中心とする。←→南伝仏教。

※2:ヴェトナム戦争/ベトナム戦争(―せんそう、Vietnam War)は、1960~75年の北ベトナム/南ベトナム解放民族戦線とアメリカ/南ベトナム政府との戦争。第二次インドシナ戦争とも言い、周辺諸国のカンボジアやラオスなどをも巻き込む。アメリカは軍事費の増大と国内及び世界で高まった反戦運動に苦しみ、1973年1月パリ和平協定に調印し撤退。1975年4月解放戦線/北ベトナム軍が勝利して終結。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
※2-1:ベトナム語(―ご、Vietnamese)は、ベトナム民族に依って用いられる言語。ベトナム社会主義共和国の公用語。オーストロ・アジア語族に属するという説が有力。ローマ字に補助記号を付した文字を使用。安南語。

※3:タイ族(―ぞく、Thai race)は、タイ/ラオス/ベトナム/ミャンマー/アッサム地方から中国南部に広く分布し、タイ語族を構成する民族の総称。人口は約5,800万人。中国の長江以南を故地とし、漸次南下。13世紀頃には東南アジア各地に王国を建設。多くは水稲耕作蒸したモチ米(糯米)が主食)。上座部仏教が浸透。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>
※3-1:ラオ族(―ぞく、Lao race)は、ラオス及び北部・東北部タイでタイ系の言語を話す民族の総称。平地の水田耕作が主な生業で、蒸したモチ米(糯米)を主食とする。上座部仏教であるが、精霊信仰も根強く、東北部タイからラオスに掛けては千年王国的な信仰も有る。家族制度はタイ族と同じく母系的。人口はラオスに約280万人、北部・東北部タイに約2000万人。<出典:「縮刷版 文化人類学事典」>
※3-2:ラオ語(―ご、Lao)は、ラオスを中心に話される言語。カダイ語族中のタイ語派に属する南西語群の一
※3-3:タイ語(―ご、Thai)は、タイ王国の公用語。タイ語派の一。多くの語が子音-母音-子音から成る単音節で、五声を区別。文字はクメール文字の系統に属する独自の体系。タイ国語はその代表的方言で、中国の四川・雲南・海南島からマレー半島に及ぶ地域で、約5,000万の人々に依って使用される。シャム語。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※4:クメール族(―ぞく、Khmer race)は、カンボジアの人口の90%を占める民族。カンボジア語でクマエ(Khmae)と自称。カンボジア人とも言われる。タイ東南部、ベトナム南部のメコン・デルタにも居住する。言語はモン・クメール語族に属す。AD1世紀頃の扶南、6世紀頃の真臘(しんろう)、9~13世紀のクメール王国など、歴史上幾つかの王国を建てた。アンコール・ワットアンコール・トムを建設。唐書には「古蔑」と記す。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
※4-1:モン・クメール語派(―ごは、Mon-Khmer)は、インド北東部アッサム地方からミャンマー/インドシナ半島/マレーシアに分布する一群の言語。オーストロ・アジア語族の一
※4-2:オーストロ・アジア語族(―ごぞく、Austro Asiatic race)は、アジア南部に分布する言語。インドシナのモン・クメール語派、インドのムンダー諸語、インドのニコバル諸語の3群に分れる。アウストロ・アジア語族。南アジア語族

※5:公用語(こうようご、official language)とは、国内で数種の言語が用いられている国家で、その国の公けの目的(特に政府の媒体として)用いられる言語。その国が定めた公式な言語

※6:アンコール・ワット(Angkor Vat)は、カンボジアに在る12世紀古代クメールの石造大寺院遺跡。初めヒンドゥー教のビシュヌ神が祭られたが、後仏寺と成った。東西約200m、南北約160mの砂岩造りの殿堂は3重の回廊に囲まれ、回廊壁面の浮き彫りはクメール芸術の粋と言われる。世界遺産に登録。ワットは「寺」の意味。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>
※6-1:アンコール・トム(Angkor Thom)は、カンボジアのアンコール朝の都城址。アンコール・ワットの北1.5kmに隣接する、濠で囲まれた一辺約3kmの方形の区域で、中央には2重の回廊で囲まれた中央祀堂(しどう)を持つバイヨン(仏教寺院)が在る。9世紀末にヤショーバルマン王がこの地に遷都し、ジャヤバルマン7世(在位1181~1220頃)の時代に現在の形と成る。呼称は「大王城」の意。世界遺産に登録。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>

※7:カレン族(―ぞく、Karen race)は、ミャンマー南東部/タイ西部の山地に住む少数民族。言語はチベット・ビルマ語派に属するとされるカレン語。宗教は元アミニズムで、次いで仏教、今はキリスト教徒が多い。推定人口約3百万。
※7-1:ビルマ語(―ご、Burmese)は、ミャンマー連邦の公用語。シナ・チベット語族中のチベット・ビルマ語派の一。基本的に単音節語から成り、孤立語的特徴を持つ。文字はインド系文字を変形したもの。

※8:タガログ語(―ご、Tagalog)は、フィリピンのタガログ族の言語。同国の主要な言語で、オーストロネシア語族中のインドネシア語派に属する。
※8-1:タガログ族(―ぞく、Tagalog race)は、フィリピンのマニラを中心とするルソン島中部に住む、同国の主要民族の一。水稲耕作ココヤシ栽培を主とし、都市部では商業に進出。スペイン支配の影響を受けて大部分がカトリック教徒タガログ語を使用。人口は約千百万。
※8-2:オーストロネシア語族(―ごぞく、Austronesian race)は、マダガスカルからインドネシアフィリピン台湾メラネシアミクロネシアポリネシアに及ぶ地域に分布する諸語の総称。東経130度付近で、西部諸語東部諸語に分ける。西部諸語にはジャワ語/マレー語/タガログ語/台湾諸語など約300語が含まれる。東部諸語にはメラネシア語群/ポリネシア語群/ミクロネシア語群を含め約400語に及ぶ。アウストロネシア語族。マライ・ポリネシア語族。南島語族
※8-3:フィリピノ語(―ご、Filipino)は、フィリピンの公用語。フィリピン共和国の国語で在ることを明確にする為の、タガログ語の別称。
※8-4:セブアノ語(―ご、Sebuano)は、フィリピンで広く用いられる共通語オーストロネシア語族の一言語。公用語であるフィリピノ語(タガログ語)より使用者が多く、フィリピン最大の言語

※9:イギリス連邦/英連邦(―れんぽう/えいれんぽう、The Commonwealth of Nations)とは、イギリス連合王国(英本国)と、嘗て英帝国に属しその後独立した国即ちカナダ/オーストラリア/ニュージーランド/インド/スリランカ/ガーナ/マレーシア/ナイジェリア/キプロス/シエラレオネ/タンザニア/ジャマイカ/トリニダードトバゴ/ウガンダ/ケニア/マラウイ/マルタ/ザンビア/ガンビア/シンガポール/バルバドス/ボツワナ/ガイアナ/レソト/モーリシャス/ナウル/スワジランド/トンガ/西サモア/バングラデシュ/バハマ/グレナダ/パプアニューギニア/セーシェル/ソロモン諸島/ツバル/ドミニカ/セントルシア/キリバス/セントヴィンセント及びグレナディーン諸島/ジンバブエ/バヌアツ/ベリーズ/アンティグアバーブーダ/モルジヴ/セントクリストファー・ネイヴィス/ブルネイ/パキスタン/ナミビア/南アフリカ共和国/モザンビーク/カメルーン/フィジーの53の独立国(1997年)及び直轄植民地/自治地域/保護領との連合体。アイルランドは連邦より離脱。ミャンマー/イラク/エジプト/スーダンなどは元英帝国支配下に在ったが、独立後は連邦に属さず。

※10:マレー人(―じん、Malay)は、マレー半島・インドネシア・フィリピンに広く分布し、オーストロネシア語族のマレー語を話す人々の総称。その多くはインド・中国・イスラム文化の影響を受け、人種的にも混交水稲耕作水牛飼育漁労などを主な生業とし、交易にも活躍。
※10-1:マレー語(―ご、Malay)は、マレー半島及びその周辺諸島で用いられる言語。オーストロネシア語族のインドネシア語派に属する。マライ語。

※11:華人(かじん)は、[1].中国人。
 [2].移住先の国の国籍を有する中国系の人。

※12:タミル語(―ご、Tamil)は、インド南部/スリランカで用いられている言語。インドの15の公用語の一で、タミルナドゥ州の第1公用語。ドラヴィダ語族の中の南ドラヴィダ語派の一。最も古い記録としてアショーカ王時代(紀元前2百年頃)のバラモン教石碑が残っている。

※13:スルタン/サルタン(sultan[アラビア])とは、(権威の意)イスラム王朝の君主の称号の一。オスマン帝国ではカリフ(=ムハンマドの後継者)を兼ねた。現在ではオマーン/マレーシア/ブルネイで用いられる。スルターン。

※14:インドネシア語(―ご、Indonesian)は、インドネシア共和国の公用語。交易語として広く用いられて居たマレー語が国家の独立に伴い改称。
※14-1:インドネシア語派(―ごは)は、オーストロネシア語族の一語派。インドネシア諸族の住む地域に分布。
※14-2:インドネシア諸族(―しょぞく)は、インドネシア語派の言語を用いる諸族。フィリピン東インド諸島を始め、マダガスカル島インドシナ南東部マレー半島台湾ニューギニア西部にも分布。蒙古人種系統に属し、総人口は1億以上
※14-3:ジャワ語(―ご)は、ジャワ人の用いる言語。オーストロネシア語族中のインドネシア語派の一。古代には梵語、中世にはアラビア語の影響が大。複雑な敬語体系を持つ。従来ジャワ文字が用いられて居たが現在ではローマ字化

※15:東インド会社(ひがし―がいしゃ、East India Company)は、17~19世紀、西欧諸国が東洋貿易の為に設立した独占的特許会社イギリスは1600年、オランダは02年、フランスは04年に設立香料などの物産を輸入することが初期の目的であったが、特にイギリスとオランダは、本国の重商主義政策を背景に、王室から特許状を得、アジアに於いて産物を買い占め、政治力・軍事力で同地域の植民地経営に当たった。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
※15-1:蘭印(らんいん)は、蘭領東印度(オランダ領東インド)の略で、現在の略インドネシアを指す。

    (以上、出典は主に広辞苑です)


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