reiko yamamotoのトーキョーオープンハウス・レポート

畳のリビングに吹き抜け──江東区のうなぎの寝床

2007/02/16

東京都江東区。商店街を抜けた静かな住宅地の一角に、建物間口2.9m、奥行き11mという“うなぎの寝床”のような住宅ができた。今回は、オープンハウスではなく、実際に竣工・引き渡しから2カ月ほど経過した新居にお邪魔させていただいた。

外観

[写真]外観
2階は一部吹き抜けになっている

[写真]2階は一部吹き抜けになっている。直射日光が入らなくても十分明るい

 “うなぎの寝床”を建てたのは、40代の夫婦とその母親である。建て主と設計を担当した久保宗一氏(設計工房/Arch-Planning Atelier)は、狭小住宅専門のマッチングサイト「small-house」を通じて出会った。共働きの夫婦は看病を必要とする母と同居するため、母が通う病院や自分たちの職場にも近い場所に家を建てたいという要望をもっていた。そして見つけたのが、敷地面積48.62m2という小さめの土地。夫は当時を振り返って次のように語った。「大きな家を求めて都心を離れると通勤が不便になる。実は狭小住宅そのものにも興味がありました。この土地はコストや利便性の面で、自分たちの生活サイズにあった大きさだと思いました。雑誌やネットで情報を集め、この土地で小さくて面白い家を建ててくれるような設計者を探していたところ、久保氏を紹介されたのです」。

 夫婦と久保氏は年齢が近いこともあり、最初の打ち合わせで意気投合した。久保氏が描いたラフ案に、夫婦のアイデアや生活の条件などがどんどん盛り込まれていった。

 一番のポイントはゆったり過ごせることだ。普段は仕事で忙しいこともあり、家に居るときくらいは好きなことをしてのんびり過ごしたい。また、夫婦はそれぞれ音楽鑑賞やピアノ演奏、将棋といった多彩な趣味を持ち、時間や周囲を気にせず楽しみたい。この家には、至るところにそうした思いが実現され、「夫婦+母」のための工夫や使い勝手の良さが散りばめられている。

 夫婦のメーンの生活の場は2階にある。奥行き11m分の長いワンルームが、リビング、ダイニングキッチン、洗濯機置き場などの水回りと大きく3つの緩やかなセグメントで構成されている。その中で特に印象的なのは、窓のそばの一番日当たりのよい場所に設けた和風のリビングだ。

2階、和のリビング。ダイニングから見たところ

[写真]2階、和のリビング。ダイニングから見たところ
2階、和のリビング。3階のロフトから見下ろしたところ

[写真]2階、和のリビング。3階のロフトから見下ろしたところ
畳に座ってダイニング・キッチンを見る

[写真]畳に座ってダイニング・キッチンを見る

「休日は畳にゴロっとしていたい」という夫のたっての希望で、家の一番良い場所に三畳分の琉球畳を敷いた。昨今、和室が再び人気のようだが、メーンのリビングとして使うケースはそう多くはない。設計者の久保氏は、「最初、ここに畳を敷きたいという話を聞いたときは驚きました。リビングであると同時に、3階に上がるための動線にもなっているので、移動のためにはフローリングの方がよい。ところが、実際にやってみたら大成功ですね。実に気持ちの良い休日の居場所ができました」と満足げだ。

 実際に畳に座ってみると、茶室のような雰囲気で落ち着く。三畳分なので決して広くはないが、天井が吹き抜けになっているので圧迫感もない。妻が小さなちゃぶ台代わりの箱を見せて、「ここでお茶を飲むんです。隠居生活みたいでしょう」と楽しげに笑う。

 ガラス張りで吹き抜けであるにもかかわらず、外断熱の効果なのか家の中は暖かい。「最初は吹き抜けにしたら光熱費がどのくらいかかるんだろうと心配していましたが、予想していたほどでもありませんでした。昼間は窓から日も差すので明るく、エアコンをつけっぱなしにしておく必要もありません」と夫は説明した。

 2階の壁一面に造り付けの収納棚を設け、蔵書のほかテレビやステレオ、パソコンなどを収納している。ダイニングと和室を行き来するには、中央に置かれたテーブルをよけるために身体を少しよじって移動する必要があるが、それもまたこの家の“味”だ。そのほか、ムクのヒノキを使ったフローリングや、火山灰の壁材など、手作り感のある仕上げにも夫婦は、満足しているようだ。

壁一面に設置した収納棚

[写真]壁一面に設置した造作収納棚。間口が狭くてもすっきり見えるのは、追加で収納家具などを置かなくてよいからだろう。設計時には建て主の所有物をすべて計算に入れた
ヒノキのフローリング

[写真]2階のダイニングと3階ロフトはヒノキのフローリング。肌触りが気持ちいい。ほんのりピンク色をした木肌が室内を暖かく見せている
2階から3階に続く階段

[写真]2階から3階に続く階段。白で統一することによって、視覚的に間口の狭さを感じさせない

 1階の奥には、車椅子を利用している母のための居室がある。玄関ホールから母の居室までコンクリートのたたきが段差なく続き、車椅子で一直線に移動できる。コンクリートは一見冷たく見えるが、床暖房が入っているので実際は素足でも気持ちがよいくらいだ。1階にもダイニング・キッチンがあり、ここで家族3人で食事することが多いという。

1階

[写真]1階。コンクリートのたたきを車椅子で一直線に移動できる
1階の玄関

[写真]1階の玄関はガラスの扉をすべて開けることができる。「夏などには、ここを開放して縁側のように使い、ご近所の人との交流を楽しみたい」と夫婦が話す
1階の玄関ホール

[写真]1階の玄関ホール。階段の1段目のR部分は、腰掛けて靴を履くのに便利だ。階段の下は収納になっている

 3階は「趣味の階」だ。電子ピアノや将棋盤、マッサージチェアなどが置かれ、そこから2階のリビングを見下ろすことができる。趣味の多い夫婦が思い思いに過ごしていても、空間につながりがあるのでいつもお互いの存在を感じられる。奥にある二重の扉を開くと、「音楽室」になっている。内側に100mmのグラスウールと防音シートを施した防音室だ。ここは妻が趣味のバイオリンを時間を気にせずに練習できる部屋であり、夜は夫婦の寝室にもなる。

3階

[写真]3階
3階の「音楽室」

[写真]3階の「音楽室」。夜は寝室になる

 「引き渡しから2カ月しか経っていないのに、もうずいぶん長くここに暮らしている感じです。すっかりなじんでいます」と夫婦は口をそろえて言う。満足のいく家を建てるための成功ポイントを尋ねたところ、「制約条件をネガティブに考えず前向きにとらえて上手く使うこと。設計者と密にやり取りすること」という答えが返ってきた。

 実際、夫婦と久保氏はメールなども使って頻繁に連絡を取り合い、しばしば酒を飲む機会も設けた。そうした席では、プロジェクトの話だけでなく、趣味や生活の話もずいぶんしたという。久保氏は、「仕事の話だけでなくいろいろな話をしていくうちに、建て主がどんな価値観をもっているのか、どんな暮らしの場を求めているのかということが理解できてきました」と語る。

■所在地
東京都江東区

■建物概要
用途:専用住宅
構造:木造、地上3階建て
敷地面積:48.62m2
建築面積:27.80m2
延床面積:77.20m2
設計者:設計工房/Arch-Planning Atelier(久保宗一)
設計協力者:構造=サカノ構造設計
施工者:匠恵塾

■設計者の連絡先
設計工房/Arch-Planning Atelier
住所:東京都品川区北品川5-9-43 セザール御殿山106
電話:03-3440-2526
ウェブサイト:http://www5e.biglobe.ne.jp/~apa/
Eメール:sekei-kobo@mue.biglobe.ne.jp

設計工房の久保宗一氏

[写真]設計工房の久保宗一氏