病状の経過


    1. 入院まで (1998年12月15日〜1999年7月27日)

    2. 入院後  (1999年7月29日〜1999月8月31日及び2000年1月5日)

    3. 剖検 顕微鏡所見 (2000年4月22日)



1. 入院まで

 母は脳神外科での二度目の手術後、1998年6月30日退院し、その後月一回脳外科外来へ、また週一回リハビリに通院していましたが、母は階段を昇ったり、歩くと息切れがすると、しょっちゅう言っていました。トイレに行って戻るだけでハアハアと肩で息をしていました。また母は脈が速くなっていました。動悸がするとも行っていました。疲労感も訴えていました。


1998月12月15日

午前中脳神外科外来の際、その旨訴えたところ「心臓の病気は見つけにくいから、循環器に行きなさい」と言われ、脳外科教授より循環器内科のS医師を紹介され、受診することにしました。そのため午後からのリハビリをキャンセル、胸部X線検査、心電図検査及び血液検査を脳外科で予約し、行いました。循環器内科の新患は再診の人が全員終わってからで、呼ばれたのは4時を過ぎていたのです。

治療と検査の結果は、本態性高血圧との診断であり、心電図検査で洞性頻脈を認め、胸部X線検査CTRは13.5/23でした。既に服用していたカルシウム拮抗薬(エマベリンL)をβ遮断薬(アーチスト)に変更し、次回の予約を1999年1月5日にしました。
 後で分かったことですが、S医師は母の前記のような訴えを問題とせず、頻脈の原因をカルシウム拮抗薬(エマベリンL)とし、それ故に頻脈の原因をこのときも、その後も究明しませんでした。


母はその後、労作時の息切れが強くなり、下肢のしびれが生じました。


1998年12月26日

脳外科教授に電話をし、救急外来に行きました。脳外科のMRI検査は以前と変わらず、このあと循環器内科T医師の診察を受け、検査をしました。

 四 枝  :下肢の浮腫(+)
 心電図 :洞性頻脈 100/分
        II、III、aVF、ちいさなq、
        陰性TinIII、 aVF
 心エコー :びまん性左室肥大、収縮良好を伴う
        心電図上のII、III、aXF、ちいさなq、陰性Tについては記録不良だが、壁運動異常は認めず。
 血液検査 :GOT82  GPT89

この時の血液検査で右心不全を疑わせる肝機能障害GOT82、GPT89の上昇がみられました(ちなみに、12月15日の検査ではGOT23,GPT23でした)。T医師は、薬をテノーミン(β遮断薬)に変更、精神安定剤ホリゾンが出ました。
薬をもらって帰ろうとしたところ、T医師は「気になるのでもう一度部屋に来てほしい」と言い、再度心エコー検査をしましたが、そのままでした。
T医師は薬を同系統のテノーミン(β遮断薬)に変更しただけで、母を帰宅させました。


その後も症状は悪化する一方でした。


1998年12月31日

ホテルへ行く途中の駅の階段で歩けなくなり、その後も歩行が困難な状態が続きました。


1998年12月31日〜1999年1月3日

気分が悪く、1月3日には下肢の脱力感も生じてきました。そこで、同日、脳外科教授に電話をし、1月4日、急きょ脳外科の外来を受診することにしました。


1999年1月4日

脳外科外来の血液検査でもGOT53、GPT107の高値、LDH670、ALP420と上昇していました。
母は、朝起きた時気分が悪い、心臓がドキドキする、頭がフラフラすると訴えました。
なお、息切れ、歩行困難がひどくなったため、1月4日の通院から入院までタクシーを利用していました。                 


1月5日

循環器内科を受診し、β遮断薬をカルシウム拮抗薬(エマベリンL)に戻し、様子を見ることにしましたが、外来予約をした1月5日までに、二度(12月26日と1月4日)も予定外の受診をし、症状が悪化したにもかかわらず、S医師は、薬を変更するだけで検査をせず、原因を究明することをしませんでした。


1月12日

リハビリの問診の際、脳外科で調子は少し戻ってきたと母は言いました。


1月19日

S医師は常々β遮断薬を使用したいと思っていたので、血液検査による肝機能値がよければβ遮断薬に戻したいと考えていました。
循環器内科の外来時に、血液検査ではALP434,LDH524、GOT22、GPT20と軽快していると判断。また、脈が速くなっていたことに対し、「エマベリンだと心拍数が上昇する。」と言い、原因を究明することもせず、再びβ遮断薬(テノーミン)に変更しました。
β遮断薬で症状が悪化したにもかかわらず、「薬に慣れてほしい、脈拍数を少なくすることに慣れてほしい」と言いました。


1月21日

母は「やはり具合が悪くなる」と言ったので、私が「薬を変えてもらいに病院に行く?」と尋ねると、母は「来週火曜日にリハビリで行くのでその時でいい」と言っていました。薬は20日に服用しただけで、その後は止めていました。


1月26日

リハビリの問診の際、脳外科で下肢の脱力感悪化、しびれ、吐き気の症状と、薬に慣れるまで体がもたないと訴え、循環器内科へ薬の変更の依頼の手紙を書いてもらいました。隣の部屋から脳外科教授が来られて、「Oさんがこれほど言うことは今までない」と言いました。

循環器内科へ行った時、S医師は「我慢できないですか。」と言っていました。また、薬をベルベッサーR(カルシウム拮抗薬)に変更しましたが、原因究明はしませんでした。


2月16日

外来を受診をしましたが、単に血液検査を行うだけでした。


3月2日

リハビリで病院へ行こうとして母に靴を履かせた時に、靴ひもの余裕がなくなっているのに気づきました。

両下肢の浮腫が顕在化してきたのです。


3月11日

母と私は、午後4時からテレビ東京のレディス4「異常発見、足・まぶたのむくみに注意」を見ました。番組で「カルシウム拮抗薬が原因でむくみが生じることもあるので、この場合は担当医とよく相談して下さい。」と言っていました。
次週の火曜日の外来時に、S医師に尋ねることにしました。


3月16日

外来時に、下肢の浮腫が生じたことを言い、11日のテレビ番組の内容についてS医師に尋ねると、「そんなことはありませんよ。」と返答がありました。
血液検査を行うだけでした。この時から利尿剤(ラシックス)が加わりました。


4月20日

外来で胸部X線検査を実施、右の第2弓の突出が軽度ながら存在、右心拡大を積極的に示唆する所見なしと判断しています。
心音に関しては心尖部の収縮期雑音の記載があります。しかし、この時点でも高血圧症との診断でした。

この頃、母は歩行することが一層困難になってきました。利尿剤の影響もあり、頻繁にトイレに行くのですが、トイレの前に椅子を持っていって座っていました。


5月18日

S医師は、4月20日の外来での胸部X線検査結果として、右心拡大を否定しました。この日の外来では、S医師は右心が拡大し浮腫を起こす病気以外の浮腫を起こす病気として甲状腺機能低下症を疑い、検査をしましたが、正常でした。


6月15日

下肢の浮腫は一向に改善しませんでしたが、再度検査もせず、降圧剤、利尿剤の投与を行うだけでした。


6月29日

脳外科の外来時には、母は下肢だけでなく、顔面の浮腫も目立っており、脳外科教授もその旨循環器担当のS医師に指摘しました。
この時、S医師はようやく心電図と心エコー検査をしました。そのあと診察室に行きましたが検査結果について説明がなく、7月2日の肺血流シンチの予約をしただけでした。

検査結果と検査結果をもとに分かったことについては一切説明がありませんでした。仮に、S医師から説明があったとしたら、次のような内容が必要です。詳しく書きますと下記の通りです。

 

この後いつも通りにリハビリに行きましたが、リハビリ終了後、母にストッキングをはかせた時に私は手がぬれているのに気づきました。
2〜3箇所下肢から水が滲み出ていたのです。


7月2日

肺血流シンチ検査を行いました。


7月6日

リハビリの問診の際、脳外科で下肢より水が滲み出していることを説明し、皮膚科を紹介してもらいました。

この時母と私が、「S医師はやっと検査を始めた」と言うと、隣の部屋から脳外科教授がわざわざ出て来て「先生を替えても…」と言いました。
脳外科教授は6月29日の検査結果についてS医師より報告を受けていましたが、そのことについては、母や私たちに全く言いませんでした。

また、そのあと循環器内科に検査結果を聞きにいきました。肺血流シンチについては右中肺野に一部もやもやしているものがあるということと、右心がむくんでいるとしか聞かされず、これ以上の説明はありませんでした。
7月14日経食道超音波検査の予約をしました。


7月14日

経食道超音波検査をしました。

そのあと、母と私はS医師から、心臓を出入りする血管についてのほんを見せられ説明を受け、また、心臓も肺もどちらもはっきりしたところはない、と言われました。この時、母も私もどこか悪い所があるのなら、入院してからの検査でないとわからないと理解していました。
そして7月29日からの検査入院と入院中の検査予約をしました。
 7月30日:胸部CT
 8月2日 :Cardic MRI
 8月3日 :心臓カテーテル


7月21日

脳外科のMRI検査と血液検査を行いました。


 7月24日

母は病院へ行く時、着ているリハビリパンツが「Lの方がいい(今まではM)」と言うので、私が買いに行きました。
この時、腹囲の増大に気づいたのです。右心不全の症状である腹水が原因ですがS医師は一切説明をしていませんでした。


7月27日

脳外科外来とリハビリに行きました。脳外科教授は血液検査の方が問題だと言い、肝臓が悪いのではないか?とも言いました。
脳外科教授も肺高血圧、右心不全を知っていながら、ついに黙ったままでした。

ALP404、GOT41、GPT31、LDH754、γ-GTP168、UA9.2mg/dl

帰宅した時、マンションの階段の途中で、母はもう上がれないと言って座り込んでしまい、父が帰ってくるまで待っていました。


2. 入院後


7月29日

リハビリパンツがなかなかあがりませんでした。病院へ着ていくズボンのチャックが半分しか上がらなかったのです。
27日より腹囲の増大が著明でした。階段も歩いて下りることができないと言うので、私とタクシーの運転手さんとで担いでおろしたのです。

1号館9A(呼吸器内科の病棟)に入院しました。ナースステーションの前でS医師に会いました。この時、S医師は初めて顔のむくみと腹囲の増大に気づき、母の姿に驚いた様子でした。

病棟担当医である循環器内科のO医師は外勤で留守でした。A医師は女性で研修医でした。しかし研修医という説明はありませんでした。

 血圧:     126/76
 心音:     systolic murmursIII/VI
          no rale
          以後ともにずっと続く
 胸部X線検査:肺動脈やや増強   CTR15/23.5≒63.8%
 心電図検査: sinus rhythm X1〜X3 P波
          X1、X2 abnormal q波 iRBBB
          ST-T change(−)


7月30日

母 「まな板の鯉になった気分よ。早く良くして欲しいわね。」

私は、母が昼食をすませた頃を見計らって電話をしました。母は「用意していたパジャマのズボンがきついので、Lのパジャマを買ってほしい」と言い、私は6着買いました。これは腹水の影響です。
母は、「塩分を制限した食事でおいしくない。水分を制限されている」と言い、私はなぜ初めからこんなことが行われるのか不思議に思いました。
「『よくこんな低酸素状態でいられましたね。普通ならぶっ倒れていますよ』と言われた」とも言いました。
足が不自由な母は、病院内の移動は車椅子ですが、「看護婦さんがおしっこが大変と言っていると聞いた」と母から聞かされ、私は頭を抱えてしまいました。

1ヶ月前に比べて体の状態が違ってしまったことと、S医師がとにかく検査をやらなかったこともある故に、母は「私退院したらあの人もういいわ」と言い放ちました。

 血液検査: RBC523万 赤血球増多、呼吸機能低下を疑っている。
         T-BiL 1.97
         GOT71、GPT64、ALP384、γ-GTP151、UA8.4
 [room air]  PH7.480、PCO224.5、PO249.5、SpO287.8

 胸部CT検査実施 (結果判明は8月2日)
   両側に中等量の胸水、腹水(+)
   右肺動脈のAVb内にfilling defect認められ、肺血栓塞栓症を疑う所見。
   造影剤で描出できる範囲の肺動脈内の血栓塞栓は認めません。


7月31日     

母 「今朝は今までの中でも一番らくだったような気がするわ。調子いいわ。」

O2投与にもかかわらずSpO2の改善はみられない。浮腫の軽減はみられない。

 BNP値 389pg/ml


8月1日

母 「このバックがついているから、気分悪いわ。」

父と私は母の見舞いに行き、病棟担当医である循環器内科のO医師とA(研修医)医師から話を聞きました。

「最初は心臓を疑っていたが、現在最も疑わしいのは肺である。
肺動脈→右心室→右心房→静脈→全身という順序でうっ滞があり、浮腫という症状が現れている。
原発性肺高血圧症と肺血栓塞栓症の二つの病名をあげ、最も疑っている疾患は「肺梗塞」であり、肺血栓塞栓症という、びまん性に肺の細い動脈がつまる病気である。

検査目的で入院したが、心臓の検査は延期して治療をする。同時に呼吸器内科と一緒に肺の検査を行っていく。

今、血中酸素が40〜50%しかなく、これは健常人の半分であり、現在6リットルの酸素を送っているが、10リットル以上になると人工呼吸以外方法がない。そうすると話ができなくなる。」とのことでした。

「どうしてもっと早く気づかなかったのですか」と言う私の質問に、「ゆっくり進んでいて、本人の体が慣れると訴えは少なく、病気は隠れてしまう」とO医師はこの時答えました。


8月2日

母 「昨日来てもらってから気分が楽よ。」

尿量が少ないため、ラッシクス増
O210リットルリザーバーで、SpO2は90%弱を示している。
安静時には呼吸困難を訴えていないが、車椅子への移動などの体動時には、息切れが増している。かなり拡散機能は低下。
血圧が90台まで下がってきている。ドパミン必要か?

胸部X線検査: 肺動脈↑↑ CTR=16.5/23.3≒70%、胸水
胸部MRI検査: 右室の拡大。右房著明に拡大。右房と連続する血管を認める。右房へのflow voidは明らかでない。胸水。


8月3日

母 「今日は呼吸が楽なような気がするわ。手もこんなにむくんできちゃって採血するの大変よ。」

私は、朝刊の一面の広告欄で『毎日ライフ』9月号特集、呼吸器の病気の中で肺高血圧症の文字を見つけました。8月1日循環器内科のO医師から、疑っている病気として、原発性肺高血圧症と肺血栓塞栓症を聞きましたたが、最も疑っている病気は肺血栓塞栓症と聞きましたので、肺高血圧症とのつながりが分からず、すぐには購入しませんでした。

呼吸器内科F教授 外来診察
1. 両側胸水を伴う多発性肺血栓塞栓症 R/O
2. 下肢から滲み出している、注目すべき浮腫
1と2との関係が問題ですか、両側胸水、腹水は心不全というより下大静脈の血栓があるか否かによって対策を考えるべきでしょう。


8月4日

母 「何だか寝られなくて1時間ごとにおきちゃうの。調子悪いわ。息苦しさ、動悸はありません。」

呼吸器内科医師が胸水穿刺した。淡黄色透明で漏出性、右心不全による胸水と考えている。
プロスタグランジン製剤点滴に関しては、呼吸器内科に一任。


8月5日

母 「リザーバーマスクをして寝ると苦しいの。暑くてむれるし、鼻だけにするにはいかないのよね。」

 腹部CT(骨盤部)検査 腹水は著明、子宮筋腫


8月6日

母 「突然首にカテーテルを入れろと言われてもねえ。イヤだよ。」

母が昼食をすませた頃を見計らって、私は電話をしました。「CCUが空いたので、突然カテーテルをやるという話があった。」と言うので、私はこの後病院に電話をしてA医師に、「突然言われて、本人が困惑している。説明が悪い。」と言うと、「普通は当日に言うのです。」と平然と話すので、きついやり取りがありました。

肺動脈造影検査をDSAで実施。
通常の造影剤を比較的多量に使用する血管造影は、母の状態が悪く実施できませんでした。

肺動脈造影検査の結果について、カルテによれば、「肺血栓はなさそうである。ウロキナーゼは必要ないであろう。ドルナーで血管拡張させる。治療効果をみるためにスワンガンツカテーテルで肺動脈圧をモニターする。」


 8月7日

朝早く私は母に電話をし、「どうするの」と尋ねると、母は「『是非やってほしい』と呼吸器内科の医師から言われたのでやることにした。大丈夫。」と言うので、私は「それなら私もいい。お昼頃には行くから」と言うと、母は「O医師があなたの意思を確認するために電話をすると言っていたよ。」と言いました。O医師から電話があった時「承諾します」と返事をしました。

母 「ちょっと痛かったよ」

CCUへ転棟

浮腫は昨日と変わらず、腕、手、足、にしわがみられる。立った時に力が入れられるようになってきた。

 肺動脈圧:   70/36
 心拍出量:   1.785(熱希釈法)
 肺動脈楔入圧:17/13(平均14)

 ドルナー(1錠=20μg)120μgを3回に分けて投与開始

私は入院中の検査結果を聞きました

循環器内科O医師の説明
「肺血管造影の結果、肺血栓塞栓症の可能性は低い。可視範囲の太さの血管には血栓が認められなかった。細すぎる血管につまっている可能性は否定できないが(8ヶ月以上も経て分かったことですか、可視範囲の太さの血管とは主肺動脈。細すぎる血管、8月1日説明の細い血管とは区域動脈を指していました。)原発性肺高血圧症の可能性を考える。但し、全部の原因を否定しないといけない。」

私の「どんなお薬を使うのですか」という質問に、循環器内科O医師は「ドルナーです。血圧が低下して薬が中止されることもありうる」と答えました。母は今は小康状態だが、何かのきっかけに急に悪化する可能性もありうるという説明でした。

呼吸器内科O医師は、「肺高血圧症になるには、色々な原因がある。先天的な心奇形はあるが、今回の原因になるほどではない。原発性肺高血圧症という病気は珍しいもので、20〜30代の女性に多い。60才を越えてからの発症はさらに珍しい。」と説明しました。

私は「原発性肺高血圧症の可能性を考える」と聞いたのをきっかけに、帰りに書店(丸善)で毎日ライフ9月号を買いました。内容に驚き大変な病気になったと思いましたが、なぜこのような内容を聞いていないのか、またドプラーエコー法なんてやっていないと、このときは思っていました。

帰宅後、私はドルナーについて、『医者からもらった薬がわかる本(法研)』で調べました。何気なしにβ遮断薬(商品名アーチストとテノーミン)についてのページをめくり、「[使用上の注意]@服用してはいけない場合…肺高血圧による右心不全」と書いてあるのをみて、驚きとともに怒りが込み上げてきました。
循環器内科のS医師はこのことを知っていたのか、β遮断薬の投与で症状が悪化した理由がやっと分かりました。


8月9日

昨日軽度呼吸苦あり、リザーバーマスクO212リットルへ変更。

母 「よく眠れたわ。息苦しさありません。」

 血圧:   96/56
 肺動脈圧:70/30 平均45
 CTR:   17/25=68%
 ドルナー:160μg 4回に分ける。
 肺血流シンチ検査:延期


8月10日

母 「脚が痛いの。つっている感じ。」

浮腫:脚のしわは深くなっている。

 血圧:   100/64
 ドルナー:160μgであるが肺動脈圧は変わらず
 肺動脈圧:午前 70/27(平均42)
        午後 60/30(平均40)

この日より塩酸ドブタミン(ドブトレックス)点滴で開始。2γの予定でしたが、肺動脈圧が上昇したため1γに減量。

PO2上昇を期待して3リットル+リザーバーマスク12リットルへ。

 心エコー検査実施:
 右房、右室は著明に拡大し、左室を圧排し、左室の狭少化
 中等度の三尖弁逆流、流速4.0m/sで右室圧65〜75mmHgと肺高血圧(+)
 下大静脈も拡大
 右房に流入する異常血管を認めるが起始部のdetectは困難。


8月11日

母 「脚も腰も痛くて眠れなかったわ。」

 血圧:   102/72
 肺動脈圧:70/30(平均40)
 ドルナー:240μg分4と増量しているが、肺動脈圧は変わらずNO吸入療法についても考えてみる。

循環器内科Y教授、呼吸器内科F教授とSE医師三人一緒にやってきて、明日家族に話をするとのことでした。母は「娘が来ます」と答えました。

 腹部超音波検査実施: 腹水、胸水、門脈圧亢進症 所見なし。


8月12日

母 「もうごはんいらないよ。」 ミキサー食で飲みやすい形にする。

私が母を見舞った時、呼吸器内科SE医師から話があると聞きました。 

循環器内科O医師の説明:
「スワンガンツカテーテルを入れて、肺動脈圧をモニターしながら、ドルナー(PGI2経口剤)を投与した。今は240μg投与しているが、効果は出なかった。副作用の肝障害なども出ていない。」
呼吸器内科SE医師の説明:
「肺高血圧の原因はわからないままで、重症度ではかなり重症で一ヶ月もつかどうかわからない。通常の原発性肺高血圧症と比べてかなり急激にきている。治療法としては、あとは肺移植とNO吸入療法がある。NOの場合は全身の血管が拡張して血圧が低下することはない。J大学病院では小児外科(新生児)、胸部外科(ope中患者)で用いられている。
NOによって血管拡張がみられる時はPGI2を用いたい。PGI2(点滴)をやる場合、国立循環器病センターへ行きます。但し血圧が低下している場合はダメですと、国立循環器病センターの医師から言われている。」

私が「血圧が低くなったのはなぜですか?」と尋ねると、「肺の圧力が高すぎて、肺へ血液がまわらずvolumeが減っているから」また、私が毎日ライフ9月号の話をすると、「肺高血圧症について書かれている栗山教授は厚生省の研究班の班長です。インターネットで説明しています。」と SE医師から聞きました。

翌日15時からNO吸入療法の作用、副作用について詳しく説明を聞くために、父と共に行くことになりました。

私は病室に戻ったら涙が出てきました。どうしてこんなことになってしまったのか。循環器内科S医師を許せないと思いました。


8月13日

母 「今日はよく眠れたから朝も気持ちいいよ。食欲はミキサー食にしてから少し出てきた。」

Fe欠乏性貧血

父と私は説明を聞きました。

呼吸器内科SE医師の説明:
「今までに肺心臓などの検査をしてきたが、特にどれといった悪いところはない。現段階ではすべてやったわけではないが、原発性肺高血圧症として診断してよさそうである。NO吸入について、J大学病院では成人の肺高血圧にこの治療を行ったことはないが、アメリカでは頻繁に用いられている。NO吸入が効くかどうかトライする。よくなれば数日間やってみる。それでよくなればPGI2に移行する。NOは100ppm位までは試す。」

インターネットでとった原発性肺高血圧症についての記述を見せると、情報提供者の国枝先生は前の国立循環器病センターの先生です、と教わりました。

NO吸入療法について、父と私は了承することにしました。とにかく出来ることは何でもしたいと思いました。


8月16日

母 「昨日は胃のあたりが気持ち悪かった。今日はちょっといいよ。」

 血圧:   92/64
 肺動脈圧:70/33(平均45)


8月17日

母 「今日はどうなるだろうねえ。先生達のモルモットになった気分だよ。」

 血圧:108/66

父と私は母の見舞いに行き、今日NO吸入施行すると聞きました。14時からテスト。1ppmから順次上げて効くかどうか調べる。15分ぐらいで終わる。

呼吸器内科SE医師の説明:
「効果はみられませんでした。1ppmから始めて5、10、20、40、50ppmまで上げたところ、ベースライン46〜48から45〜44とわずかに下がっただけでした。100まで上げなかったのは、40〜50の間に差がなかったからです。次にやれるとしたら、ペルサンチン+NO吸入で肺動脈を開く。最終手段はPGI2である。点滴で入れるので全身の血管が開いてしまい血圧が下がってしまうので、今は使えない。」

父が、「日を改めてもう一度チャレンジできないのか」と尋ねると、「今回は50ppmで5mmHgダウンだから効果は薄かったと言える。」と答え、父が、「寝ているよりも座っている方が楽だと本人が言いました」と言うと、「横になると心臓に戻ってくる血液が増えて肺にも負担がかかっている」と答えました。


8月18日

母 「昨日はおしりがつらかったよ。ずうっと同じ体勢なんだもの。実際にあれで治療するとしたら、ずっと上向いて寝ていないといけないのかな。」

父と私が母の見舞いに行った時、3号館のエレベータの前で脳外科教授(院長)と会い話しをしました。
脳外科教授は「あの病気は仕方がないんだ。PGI2は効かない。NOは効かない。」と言い「あの病気は仕方がないんだ」と何度も繰り返しました。循環器内科S医師をかばっているなと思い、腹が立ちました。

私が、「β遮断薬が肺高血圧による右心不全に禁忌の薬だと本に書いてあったが、循環器内科で出てくる人、出てくる人、β遮断薬ですが、どうしてですか」と尋ねると、一瞬の沈黙の後、「あの薬はYさんの薬なんだよ。」と言いました。Yさんとは、循環器内科教授のことです。
それにしても、母の症状が悪化し、薬に慣れるまで体がもたないと訴えたことを知っていながら、脳外科教授はこのことを黙っていました。
このあと、呼吸器内科SE医師に会った時「明日、呼吸器内科F教授が国枝先生に会うので、何か他に出来ることがないか聞いてみます」と話しました。


8月19日

母 「おなかが痛いの。昨日はほとんど何も食べていないのに下痢っぽくて。」

 血圧:     104/72
 肺動脈圧:  80/40(平均55)
 心電図検査:入院時と比べて著変なし

午後、呼吸器内科のK医師より、「再度NO吸入療法を行うので、説明をしますから来て下さい。」と電話があり、父と私は病院へ行きました。

呼吸器内科SE医師の説明:
「呼吸器内科F教授が千葉大栗山教授と話をした。原発性肺高血圧症で水がたまるのは珍しい。肺静脈がつまる病気があって肺高血圧がでてくる。太い所がつまる場合と狭い所がつまる場合がある。但し、解剖しないとわからない。肺静脈に血栓がある場合、NO吸入を行うことによって肺の血管をひろげると悪くなる。腹水にしろ、胸水にしろ原発性肺高血圧症とすると、かなり末期である。今一番効果があるのはPGI2の点滴であるが、血圧低下してショック状態となる可能性が高い。」
ペルサンチン+NO吸入は中止。


8月20日

母 「食べると下痢になる。自分で食事量減らすわ。」

 血圧:   124/90
 肺動脈圧:75/35(平均45)


8月21日

母 「おしり痛いよ。」

 血圧:   112/76
 肺動脈圧:99/37(平均53)

CCUから9階の病室へ戻りました。入院時とは変わってナースステーション前の5912号室(既に8月7日に荷物は移しておきました。)

午後7時30分頃、母から電話がありました。明日来る時マスクのゴムが緩いから直すので黒いゴムを持ってきて、と元気な声をだしていました。

午後10時30分 ドクターコール。 SpO270台が続いている。 呼吸苦なし。 血圧60/-。 心拍数99.。

午後10時50分 O2リザーバーマスク15リットル+カヌラ15リットッル。 ドブトレックス3γへUP.。 血圧70/-。 心拍数99。

午後11時15分 PH7.501  PCO232.5  PO232.9  SpO270.1

午後11時20分 血液検査

      38分 胸部X線検査

      40分 心電図検査


8月22日

午前0時     血圧90/62  ドブトレックス4γへUP

午前0時30分  呼吸器内科SE医師より電話。「血圧が低下してきている。意識ははっきりしている。」

父と私はタクシーで病院へ行きました。

 心エコー検査  AR 約2.0m/sec(大動脈弁逆流)
           TR severe(三尖弁逆流。重度)

午前1時     血圧102/64  心拍数100  SpO294

午前2時

呼吸器内科SE医師の説明
「今日血圧低下がみられた。今回の血圧低下の原因として、左の肺が圧排されていることが考えられるが、何故肺が圧排されることになったかは不明。今は救命目的に昇圧剤を増やし、血圧を維持しているが、これ以上低酸素血症がすすむと、生命がおびやかされる。十分な酸素が行き渡らない時は、人工呼吸器で多量の酸素を送り込むしかない。人工呼吸器にのせた時に、突然死ぬ可能性もある。その時はクレームをつけないでほしい。一度人工呼吸器にのせたら、回復して離脱しない限りは途中ではずせない。今は病気が急激に変化してきている状態。本人は自覚症状はないが、これからつらく感じる時期もくるであろう。原因を探す検査はそれ自体が負担になるので出来ない。」

父は「人工呼吸器はいざとなったらつけてほしい」と言いました。

午前4時     血圧94/64

午前7時     血圧102/78

母 「何だかすごい騒ぎだね。」

午前7時30分  胸部X線検査 左肺 胸水

午前10時35分  PH7.489  SpO293.5%   PCO232.8  PO263.8

呼吸器内科SE医師の説明
「右肺はガス交換がいい。左肺は悪い。血液中のガスは80台後半〜90台と上昇。X線検査は上の方がつぶれている。空気が入らないと肺は縮んでしまう。肺炎をおこしている可能性がある。炎症反応が陽性だから抗生剤で治療していく。咳は肺がつぶれたことによる。栄養は中心静脈栄養を入れる。なるべく口の方がよい。今日は胸水穿刺をする。」

  胸水は、黄色 透明 漏出性。

午前中は父の弟夫婦が、午後は神戸から母の二人の妹が来ました。

この日から父と私は交替で近くのホテルに泊まることにしました。


8月23日

母 「苦しくて息ができない。」

午前6時30分 激しい呼吸困難、胸痛
         血圧112/62  SpO298

午後3時30分 再び呼吸困難
         血圧66/54  SpO287

心電図検査  特に変化なし

BGA  PH7.516  PCO233.3  PO251.8

塩酸ドブタミン(ドブトレックス) 4γから5γに変更。


8月24日

母 「具合良くないよ。何だか息苦しいのが続いている。」

血圧104/76  血圧が上がると、SpO2保たれる傾向あり。

ドルナーは効果が認められないのでデパーリング

胸部X線検査  左肺は透過性↓


8月25日

母 「息苦しいよ。左を下にしている方がましだよ。」

明日の腹部CTキャンセル 体動時にSpO2低下するため。

 BNP値  1270pg/ml

夕方、循環器内科O医師が一人でスワンガンツカテーテルを挿入していました。
 肺動脈圧  84/44(平均60)
 右房圧    25/15(平均20) 

循環器内科O医師は、私に「原発圧勝敗高血圧症では、肺動脈圧はもっと高い(90〜100位)人がいて、それでも大丈夫な人がいるんですけどね。」と言いました。


8月26日

母 「お通じのたびに体を動かすのがつらいわ。もっと回数を減らせないかな。」

午後、循環器内科O医師から頼まれて胸部外科K医師が母を診察しました。K医師は「先天的な奇形が大人になって現れるのはありうることですよ。肺が原因ではないか。」と私に話しました。

 ANP値  330pg/ml

夜、呼吸器内科のSE医師の説明 「左肺はクリアになって右肺は水がたまっている。これは原発性肺高血圧症としては非常にまれである。患者が重篤な状態なので検査が出来ない。今ははっきりしたことは分からない。画像の見直し、スワンガンツなどで血管の奇形などを見直している。」

父     「PGI2はどうなっているのか?」

SE医師 「使いながら血圧が下がっていって、戻らない可能性があり、治療として用いるのは危険な賭けである。経口のPGI2類似体を飲んでいるが効いていない。」

父    「今は何も手を出すことはできないか?」

SE医師 「他の病院に移すよりは、ここで多くの機械と医者がいる方がいいだろう。」


8月27日

母 「胃薬変えたら、お通じとまったよ。今日は苦しい。」

午後2時30分 目がまわると言って、呼吸器内科のSE医師とO医師を呼びました。
         冷たい手ぬぐいで目を冷やすとなおったと言った。
         脳外科での入院中にも2〜3度同じことを起こしたと言った。
         医師が少し安定剤を飲むかと言いました。

午後4時    循環器内科O医師 超音波装置持参。
         X線で右胸に胸水と違う水がたまっていたような感じがしたので、心臓を調べました。
         推定肺動脈圧 100mmHg(Max)
         右心は相変わらずはれているが、左心は問題ないことがわかった。

午後4時50分 胸部X線検査

動脈からの採血の時、母は「痛いやめてよ。」と大声を出しました。採血の場所を手から足に変えました。息苦しさ強く、ナバースになっていました。

私は国会図書館へ行き、厚生省研究班の報告書をコピーしました。

わたしは、病室で看護婦が手ぬぐいを絞りながら「大変だったら薬を飲ませていいと先生から言われている。」と言っているのを聞き、驚きました。

夕方、翌日アメリカへ一年間留学のため出発する脳外科教授(院長)が病室へ来ました。母が「苦しい、苦しい」と言っているのを聞き、「そういう時は薬をもらったほうがいいよ」と言っていました。私は「S医師は許せない」と言いました。

私は病室に泊まりました。


8月28日

母 「左肺の下の方が痛い。咳は多い。」

午後4時30分 
循環器内科O医師 「(利尿剤+α)の入りと(尿の出る量)の出との出入りでは、出の方が多いから、それだけ水が減っている。但し、いっぺんに大量というわけにはいかない。顔のむくみがなかなかとれない。食事は食べられるものは食べてください。」

イソジンの口腔内ケア後、口の中や舌がヒリヒリすると言いました。これは、看護婦がイソジンを薄めずにそのままつけたのが原因です。

午後6時頃   天井が逆さに見えるといって、冷たい手拭をもってこさせました。

午後6時30分 食事

午後7時20分 呼吸音多少荒くなる。腹をさする。

午後9時頃   血圧80台のため足部を上げる。

午後9時25分 苦しいと言い出す。


8月29日

午前6時30分 ラシックスの反応が悪く、ラシックス40mg/dayに増量。

胸部X線上、右肺部の浸潤影は軽快せず。

母 「今日はもう最悪。舌も乾燥してピリピリしてるよ。」

顔のむくみがすごい。

私は病室に泊まりました。


8月30日

午前0時〜 「冷たいタオル」と母は何度も言い、私は冷蔵庫に入れておいたタオルを渡しました。「苦しい、苦しい」と言っているので気になり、看護婦を呼びに行きました。

午前5時 呼吸困難症状あり、とのコール。SpO298
循環器内科と呼吸器内科の当直医が来ました。私は心配になり、循環器内科の当直医に尋ねると、「我々は病状を把握していないので、挿管する時は担当医の指示を仰ぎます。現時点では行いません。」と言いました。
前に聞いた話とは違うなと私は思いました。

母 「上が横に感じるようなめまいがあるよ。白いフワフワしたものが見える。幻覚だよ。お腹(下腹部)が痛い。普段は食事の後、お通じで楽になるんだけど、今日はずっと痛いの。胸の圧迫感は毎日あるの。」

浮腫も増強している。顔がすごい。眼球まで。肺うっ血もひかない。

母のおいの妻と息子が見舞いに訪れました。

午後、お腹が痛いと言っていたので、呼吸器内科の医師が湿布をはりましたが、重いと言って結局はがしてしまいました。
咳がすごい。ヴィックスをぬりたいから買ってきてと言われ、私は買いに行きましたが病院の売店には売っていないと言うと、外まで買いに行ってきてと言われ、出かけました。そして、ヴィックスを胸にぬりました。

先生に咳が今の半分でもいいから少なくなる薬はないか聞いてきてと言われ、呼吸器内科のO医師を外来に訪ねると、咳を完全に止める薬はないけど、少なくするのはあるので、処方しますと言われ、頼みました。

リップクリームをぬり(酸素吸入で唇が荒れている)、父と交替し、私は帰宅しました。

午後6時30分〜9時 二回程冷たい手拭で目を冷やす。循環器内科O医師は「尿が昨日から余りよく出ていないので、むくみが増えた。」と言いました。

夕食抜き。


8月31日

午前6時    父は、緊急として病院より呼び出し。

午前7時    大体落ち着いて睡眠。

午前8時20分 息苦しいと訴える。SpO289%  血圧74mmHg

午前8時30分 意識レベル低下 呼名に対し開眼あり。
          父へ(ホテル)へ電話

午前8時35分 呼名に対し開眼せず。睫毛反射消失。対向反射消失。

午前8時40分 私へ(自宅)電話
              呼吸停止。脈拍38 血圧測定不可

午前8時45分 心臓マッサージ(手動)スタート

午前8時50分 気管内挿管

午前9時50分 心電図波形がなく、刺激すると出てくる状態。心臓も動かないと判断した。

午前10時過ぎ 私 病室へ到着

午前10時21分 死亡確認
          私は、「S医師許せない。一体あの7ヶ月は何だったの」と言って泣きました。

この後、看護婦が母の体をふくというので、父と私は一旦病室から出ました。

ほんのしばらくしてから、ナースステーションから「あー今日からゆっくり寝られるわ」と夜勤の看護婦の声がしました。入院一ヶ月間に、この看護婦の非常識な発言は三回ありました。

母の顔のむくみはすごかった。

母死亡後、呼吸器内科と循環器内科の両科の医師から説明を受けました。

呼吸器内科 SE医師の説明:
「朝ステッキを持っていたのは自分の体を支えるためでしょう。酸素はほぼ100%投与したが、酸素飽和度は低かった。
原発性肺高血圧症としては、年齢60才以上はまれであり、腹水、胸水は末期でないと出ていない(ステージV〜W)、経過が早い。
肺動脈圧50mmHgと低いのに症状が出るのが早すぎる。
他に考えられる病気としては、心奇形があるが、しかし状態が悪くて検査が出来なかった。
肺炎には注意をはらってきている。
今朝様態が急に変わってしまった。蘇生術を行ったが戻らなかった。
死因は肺高血圧症。原発性肺高血圧症というには合致しない点が多く、説明がつけにくい。
原因解明のために病理解剖をさせてほしい。今日は肉眼所見、後日顕微鏡所見(約10ヶ月後)目的は原因検索、病気の主座を調べる」

「解剖すれば原因がわかるのですか」との私達の質問に、「血管壁についてきっちりみられる。肺と心臓のつながりも確認できる。ただし、100%原因がわかるとはいえない。」との返事でした。
そこで、家族としては解剖に同意しました。

循環器内科 SA医師の説明:
「病気がかなり進んでいた。原発性肺高血圧症の可能性があるので、呼吸器と二科でみせてもらった。
胸水、浮腫などの症状に対して治療はしたが、その原因はわかっていない。原因に近づくために解剖させてもらう。」
さらにSA医師との間で次のような問答がありました。
「外来では頻脈に対して、β遮断薬を使った。」と言った時、私は「β遮断薬が肺高血圧による右心不全に禁忌の薬だと書いてあった。この薬が循環器内科Y教授の薬だと脳外科教授(院長)から聞いた。教授の薬だということは、何を意味するかは私だってわかっている」と言うと、「β遮断薬が病気を悪くしたわけではない。」との返事。
「エコーでは、肺高血圧がはっきりしていた。その結果をみてから…」と言った時、私は「何も聞いていない」と言うと、「あなたはいなかった」と言うので、私と父は「いつも付き添っていた」と反論しました。
「普通の原発性肺高血圧症では、経過がゆっくりなので、検査などを待てる余裕があります」と言いました。

解剖後、母の顔のむくみがなくなっていました。肌はツルツルして、母本来の顔に戻ったような顔でした。

 剖検時肉眼所見は次の通りでした。
   右上肺動脈 下行枝 100%閉塞
   右中肺動脈 上行枝 50%閉塞
   右肺動脈拡大
   右室拡張
   両側胸水
   心エコーとMRIで指摘されたfistulaは拡大したcoronary sinus(冠静脈洞)であることが判明。


2000年1月5日

 アメリカから一時帰国していた脳外科教授(院長)と父と私は面会をしました。この時院長から、肺高血圧症の専門家であるK氏が知人であるとの発言がありました。
院長は母の病気について報告を受けていたにもかかわらず、当時こうした情報を提供しませんでした。


3. 剖検 顕微鏡所見

2000年4月22日

父と私はJ大学病院へ行き、呼吸器内科SE医師から、病理解剖の結果を聞きました。

 1. 右A3 100%閉塞 器質化
 2. 右A4 50%閉塞  内皮が形成されている状態
 3. 慢性血栓塞栓性肺高血圧症

私は「これだけ?」とびっくりし、剖検報告書の開示と取得を申し込むことにしました。


剖検報告書の主要な点は、下記の通りです。

 病理診断: 慢性肺動脈血栓塞栓症、化膿性肺炎

慢性肺動脈血栓塞栓症;
右A3に100%、A4に50%の閉塞を認める。血栓はA3、A4に分枝する直前から同動脈末梢に沿って続く。A3は白色血栓であり陳旧性の病変と考えられるが、A4の血栓は組織所見にて血栓に内皮が形成されている時期であり、死前数日以内に発症したものと考えられる。
小動脈の閉塞は、左右上〜下葉に多発性に見られる。一部、小静脈の血栓も確認できる。
血栓に伴う内膜の不整な肥厚は認めるが中膜の肥厚はなく原発性肺高血圧症は否定的と考えられる。plexform patternも見られない。
化膿性肺炎;
右上葉、中葉、左上葉を中心に肉眼所見上白色浸潤像。組織所見において肺胞内に好中球浸潤、出血など炎症像を認める。グラム染色、グロコット染色は陰性。
右心不全;
右室、肺動脈の拡大を認める。右室壁8mm。
全身浮腫、肺、肝うっ血が著明。肺高血圧に伴う右心不全が原因と考えられる。
組織所見上、肝は中心静脈周囲に著明なうっ血を認め、付近の肝細胞壊死が目立つ。

 死因: 慢性肺動脈血栓塞栓症、肺炎に伴う呼吸不全。