被告第6準備書面

 以下は、2004年11月17日に被告側代理人より提出された準備書面である。固有名詞は必要に応じてイニシャルとした。
 被告第6準備書面では、慢性肺血栓塞栓症について、2項には「病理解剖」と書く一方、7項には「鑑別診断」と書いています。「鑑別診断」は虚偽です。
一つの事項について、「事実」と「虚偽」を書く、この書面では実に多いのです。


1. 原告の主張に対する被告の反論は、被告準備書面(2)〜(5)ですでに十分行ってきたところであり、その反論が医学的に相当であることはS本人調書、乙A4号証並びに他関係証拠から認められるところである。

2. 亡E子の診断名について

 亡E子の死亡時の臨床診断名は、原因不明すなわち原発性肺高血圧症である。そして、病理解剖によって慢性肺血栓塞栓症と診断されたものである。まず、このことを明確にしておく(乙A3号証248・250頁、S本人調書2・3頁)。

3. 平成10年12月15日の診断について

 原発性肺高血圧症の診断の手引きによれば、その主要症状及び臨床所見として息切れ、疲れやすい感じ、労作時の胸骨後部痛などの6項目が挙げられており、その診断のためにはそのうち3項目以上の所見を有しなければならないとされている(乙B1号証)。

 しかし、亡E子の訴え動悸、頻脈であり、また心雑音も聴取していない(乙A1号証9・12頁)。すなわち、原発性肺高血圧症を疑うべき所見は一つも認められていない。

 同診断の手引きによれば、検査所見として胸部X線像で肺動脈本幹部の拡大、末梢肺血管陰影の細小化、心電図での右室肥大所見(右室負荷所見ではない。)が挙げられている。

 しかし、亡E子の胸部X線像では、右肺動脈下行枝は16mmで特に拡大しているとは言えないし(乙A10号証、乙B2号証、S本人調書4・5・20・21頁)、肺血管陰影の細小化が認められるという証拠もない。

 また、心電図では、P波が0.25とかろうじて肺性P波に該当するが(乙B4号証436頁・同調書21・22頁。なお、S医師は調書上「5ミリ}と供述しているとされるが、これはP波の高さが「5mm」のことで「0.25mV」のことを意味する。)、右室肥大の所見は右軸偏位などであるところ(乙B4号証916頁の表12・2)、その所見は認められていない(同調書41・42頁)。

 いずれにしても、胸部X線像及び心電図は、原発性肺高血圧症を疑わせるものではない。

 したがって、S医師が、平成10年12月15日の診察時に原発性肺高血圧症を疑わなかったことが注意義務違反に当たるとは言えない。

4. 平成10年12月26日の診察について

 心電図では右軸偏位の所見は認められていないし(同調書41〜44頁)、心エコーで右室の拡大所見も認められていない(同調書5・6頁)。

 また、GOT・GPT高値は、結果において心臓(右心不全)に対する治療を行わず翌11年1月19日には正常範囲内になっており、心臓を原因をするものとは言えない(乙A1号証15頁、同調書7・8頁)。

 さらに、下肢の浮腫が認められているが、この所見は前述診断の手引きの6項目の所見としては挙げられていない。

 しかも、その後S医師は亡E子を外来通院させていた。

 したがって、担当医が、亡E子を精査目的で入院させなかったことに注意義務違反を認めることはできない。

5. 平成11年4月20日の診察について

 その前の診察時である3月16日に下肢(脛骨前)浮腫の所見が認められたが、GOT・GPTは34・38と正常範囲内である(乙A1号証20頁、同調書7頁)。そして、利尿剤が5回分しか処方されていないが(乙A1号証20頁、その1ヶ月以上たった4月20日段階で体重が増加したということもない{体重は、平成10年12月15日kろ50kgで(乙A1号証11枚目)、同11年5月18日段階でも同じ50kgである(乙A1号証21頁)}。すなわち、心臓(右心不全)に対する治療が行われていないにもかかわらず体重は増えていない(同調書9・10頁、乙A4号証4頁)。

 また、心雑音は、収縮期のものが聴取されているが、原発性肺高血圧症で聴取される収縮期の心雑音は三尖弁口部に聴取されるところ(乙A1号証21頁)、原発性肺高血圧症を疑わせるものではない(同調書8頁)。

 さらに、胸部X線像は前回12月15日のものと比べて心胸郭比・右肺動脈下行枝とも明らかな変化は認められず(乙A1号証21頁、同4号証2枚目)、肺聴診でラ音を聴取していない。

 以上からすれば、S医師が、下肢の浮腫や心雑音は原発性肺高血圧症を疑わせるものではないとしたことに注意義務違反を認めることはできない。

6. β遮断薬について

 亡E子がβ遮断薬(アーチスト・テノーミン)を服用したと考えられるのは、平成10年12月15日から翌11年1月5日までと(乙A1号証12、13頁)、同月20日である(原告啓子本人調書10頁)。

 その服用していた段階で、前述のとおり、亡E子の病状は、原発性肺高血圧症を疑われるものではなく、また右心不全が認められていたこともない。

 そもそも、亡E子の右心不全の症状が明らかになったのはβ遮断薬の服用をとめてから2ヶ月以上経ってからであり、β遮断薬が亡E子の病状を悪化させたことも裏付ける証拠はないS本人調書30〜32頁)。

 また、亡E子の肺高血圧は慢性肺血栓塞栓症であり、β遮断薬自体がその病態を悪化させることもない(β遮断薬自体に血栓形成を促進させるという薬理作用はない。甲B8号証参照)。

 そして、β遮断薬に変更したことによる効果は認められている(乙A4号証1・2頁)。

 したがって、S医師がβ遮断薬を処方したことに注意義務違反を認めることはできない。

7. プロスタグランディン持続静注法について

 プロスタグランディン持続静注法は、その添付文書(能書)によれば、原発性肺高血圧症と診断された患者にだけ使用する、とされている(乙B5号証)。また、原発性肺高血圧症及び膠原病に伴う肺高血圧症以外の肺動脈性高血圧症における安全性・有効性は確立されていない、とされている乙B6号証)。

 しかし、亡E子の肺高血圧症は、原発性のものではなく慢性肺血栓塞栓症によるものである(乙B1号証の「原発性肺高血圧症診断書」の「IV鑑別診断」を参照)。

 すなわち、亡E子に対し プロスタグランディン持続静注法を行うことはできず(最高裁平成8年1月23日のいわゆる「能書」判決)、また仮に行ったとしても効果は期待できない(同調書11・33〜35・47・48頁)。

 したがって、S医師が亡E子に対し、プロスタグランディン持続静注法について説明しなかったことを注意義務違反とすることはできない。

以上


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