その後の廃車体

岩手県交通12(観光タイプ)

岩手県交通の廃車体のうち、メトロ窓の観光バスタイプを集めました。

廃車体
BU20KP

撮影:岩手県(2016.7.9)

岩手県交通 いすゞBU20KP(1971年式)

住宅地の公園の集会所になっている観光タイプ。雫石営業所によくあった元富士急グループ。非常口の形状などから、元富士急行の岩22か1004、1005のどちらかと思われます。
何度か塗り直されたようですが、今は桃色にペイントされています。
(情報提供:わんこ様、トーマス様)

廃車体(岩22か1123)
RC320P

撮影:岩手県交通ファン様(滝沢村 2004.3.22)

岩手県交通 日野RC320P(1971年式)

雫石営業所で活躍していた富士重工製ボディの日野車です。私も1987年にこの場所で廃車直後のこの車両を撮影しています。約15年を経て、窓ガラスがかなり割れていたりと激しく損傷しているようですが、珍車がよく今まで残っていたという感じです。
(撮影者によると、2008年3月現在撤去済み)

廃車体(岩22か221)
BU15KP

撮影:岩手県交通ファン様(一関営業所 2003.10.25)

岩手県交通 いすゞBU15KP(1972年式)
BU15KP

撮影:53様(一関営業所 2003.8)

一関営業所の片隅にある元岩手中央バスのオバQの廃車体。現役時代の登録番号は,「岩22か221」です。
この廃車体は,“その頃”からこの場所にありました。
(一関市民様によると、2009年4月現在撤去済み)

廃車体
BU20KP

撮影:岩手県交通ファン様(滝沢村 2009.2.9)

岩手県交通 いすゞBU20KP
BU20KP

撮影:岩手県交通ファン様(滝沢村 2009.2.9)

元国際興業の観光タイプ。県内全域の長距離路線から観光路線、短距離路線まであらゆる役割をこなし、相当数が存在していました。しかし、廃車体として残っているのが報告されたのは、これが初めてです。同時期の路線タイプであるBU04が多数残されているのに対して、これが少ないのはちょっと不思議です。
この車体、側面の後ろのほうにある社名表示の字体が、ちょっと斜体字になっていて特徴があります。

廃車体
BU15KP

撮影:一関市民様(藤沢町 2004.12.19)

岩手県交通 いすゞBU15KP(1974年式)
BU15KP

撮影:一関市民様(藤沢町 2008.3.9)

岩手中央バスオリジナルの観光タイプです。花巻地区の貸切車として納入された岩22か511〜513のうちのどれかです。
当初は花巻電鉄カラーでしたが、岩手県交通発足後、新車と同様に青銀カラーに化粧直しされ、その際にいすゞのエンブレムも新品に交換されました。末期は、一関あたりで特急バスに使用されていました。
なお、最初の撮影から3年後の姿が右側ですが、色が綺麗に塗り直されていました。県交通のカラーが失われたのは残念ですが、こまめに化粧直しをすることで廃車体も長生きします。

廃車体(岩22か1141)
RC320P

撮影:一関市民様(一関市 2006.3.5)

岩手県交通 日野RC320P(1974年式)
RC320P

撮影:一関市民様(一関市 2006.3.5)

県交通にも日野の観光型はかなりありましたが、譲受車が多く、1両1両形が異なりました。中でもこれは帝国ボディ末期のスマートな外観を持つもの。岩手県北バスには数多く見られましたが、県交通では1両のみ、岩22か1141の成れの果てと思われます。
譲受車の割に年式が若く、当時の「岩手県交通」のロゴも誇らしげに貸切車として活躍しましたが、最後は特急バスに格下げされました。今でも「貸切」の文字を消して「一般乗合」表記をした跡が残っています。
好きな車両だっただけに、廃車体が綺麗に残っていて嬉しく思います。

廃車体
CRA580

撮影:岩手県交通ファン様(北上市 2004.12.11)

岩手県交通 いすゞCRA580

元国際興業のハイデッカー1型の廃車体。1978年式くらいでしょうか。湯本営業所のシールが張ってあります。
このハイデッカー1型というスタイルは県交通のオリジナル車にはなく、1988年からの譲受車は最初からこの国際興業カラーで就役したため、青銀カラーというのは最初から存在しません。

廃車体
CRA580

撮影:岩手県交通ファン様(雫石町 2007.8.20)

岩手県交通 いすゞK-CRA580

元国際興業のハイデッカー1型の廃車体。雫石所属のシールが残っているそうです。
リアの「V10S」マークや小さいリアウィンドウから1979〜80年式と推察します。

廃車体
CRA650

撮影:岩手県交通ファン様(大船渡営業所 2004.4.25)

岩手県交通 いすゞCRA650

元はとバスのハイデッカー2型の廃車体。色々な部品が外れてしまっていますが、その跡からはとバスの黄色が見えてきているのがご愛嬌でしょうか。ちなみに現役時代の角張ったライトべゼルは、オリジナルの丸型の上にかぶせたものだったということが、この写真を見て分かりました。
このタイプの固定窓車が最終的に何両くらい転入したのか把握してはいないのですが、岩22か2353と塗分けラインがよく似ています。
(2011年の東日本大震災で営業所が被災し、撤去されました)

廃車体(岩22か2389)
CCM370

撮影:岩手県交通ファン様(沢内村 2003.7.27)

岩手県交通 いすゞCCM370
CCM370

撮影:岩手県交通ファン様(沢内村 2003.7.27)

私が出会ったことのない中型車の廃車体です。ヒサシのない観光タイプの顔は、CCM初期(1977〜79年)のスタイル。後付けの方向幕と、銀色の下にうっすらと見える前塗装からして、自家用を譲受した車両と思われます。
県交通カラーに塗られていることや、「一般乗合」の文字からして、廃止代替ではなく、路線バスとして使用されていたようです。(注1)

廃車体(岩22か2389)
CCM370

撮影:岩手県交通ファン様(西和賀町 2017.12.11)

岩手県交通 いすゞCCM370

上の廃車体の14年後の姿です。
うっすらと見えていた元カラーがだいぶよく見えるようになってきています。やはり、CCMのカタログに使われていたブルー系のカラーで、元々が自家用バスだったことがよく分かります。
14年前とは同じ場所でありながら、向きは変わっていたとのこと。また、所在地は、沢内村が湯田町と合併し、西和賀町と名前を変えています。

注意事項
本ページは、「廃車体は文化遺産である」と言う趣旨によって作成しております。当サイトを訪れる方は、この趣旨を御理解いただける方だと思いますが,万が一,本ページの悪用による廃車体への損傷等があった場合は,本ページ及び関連する事項は即刻削除いたします。
(注1) 終点北藤根様より現役時代の写真をいただき、「岩22か2389」であったことが判明しました。なお、1994年発行の「BJハンドブック」には掲載されていませんので、1994年までに廃車になった車両であると考えられます。
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80s岩手県のバス“その頃”